第十六章 知られざる話
時は10日ほど戻り、ルルが竜人を倒した時……
ルルは竜人を倒し、そして自分も倒れた……
ルルからは今まで神々しさは消え、普通の女の子になっていた。
少なくとも俺にはそう感じられた。
極度の疲労からか高熱を出していたルル。
そのルルを抱きかかえユー爺に声をかけるが……
ユー爺はガタガタ震えながら恐怖を帯びた声を絞り出した。
「……カノン……何故お前は“触れられる”?」
何言ってんだよ、んなの当たり前だろ?
「変な冗談言ってんな!」
「冗談では無い!」
何言ってんだよ……まさか敵にやられすぎて錯乱してんのか?
「……まぁ、落ち着けよ」
「これが落ち着いていられるか!
いいか?先程のルル様が放った魔剣。あれは古代に失われた魔王の剣、デーモン・ラピス。何故ルル様はこれが扱えた?
そしてその前に使用した呪文、“嘆きの雨”。これは神にのみ使用が許された秘術なのじゃ」
ユー爺は辺りを歩き回りながらブツブツ独り言を……
先程までの事なんかすっかり頭には無いらしい。
不謹慎だが、ユー爺は他人に流されやすく、マレホンショッピングで直ぐ買うタイプだな、と思った。マレホンショッピングとは、通信販売の事だ。
「何故神と魔王、相反する者が共にある?
神に愛されるならばわかる。三賢者の末裔でもあらせられるからな。
だが何故魔王が……」
「……ユー爺」
だが俺の言葉を無視してユー爺は歩き続けている。
俺はユー爺に歩み寄り、思いきり頭をひっぱたいた。
「……伝説はコレだけでは無かっ……ビョヘッ!
……な、何するんじゃ!?」
ようやく我に返り、頭をさするユー爺。
そんなユー爺に俺はキチンと言ってやった。
「……ちょっとはルルを信用しろ。ルルはルルだ。それ以外の何者でもねーんだよ。俺が言いたいのはそれだけだ。
……それからムーン。お前なら何か知ってんじゃないのか?」
ガサガサ……
茂みの中から2足歩行でムーンがトボトボと歩き出てきた。
「……怖かったニャ〜……」「……どうだか……」
「あっ、何ニャその目つき。
……未来見てるからいいニャ〜みたいな目ニャ!」
流石に鋭いな……
完全に当てられた。
「……ボクは時空を横に見ていくパターンが殆どニャ!だから怖い物は怖いのニャ!時は複雑で困ったヤツなのニャ」
まぁいいか……多分嘘は言ってないだろう。
「……まぁいいや。
それより俺らの馬は?」
「……どこかに行っちゃったニャね……」
「……しょうがないの……なるべく魔法は使いたく無いんじゃが……」
するとユー爺は両手を地面に置き、静かにハッキリと詠唱し始めた。
「……ノ……ヤ…汝の力を、いざ」
途中は小さくて聞きづらかったが(ムーンがひたすら騒いでいたので)詠唱が終わったと思われる頃、突然地震が発生した。
揺れは徐々に大きくなり、遂には立っていられなくなった。
そして次の瞬間……
ドォーン!
地面が割れ、中から雄鹿が飛び出してきた。
「……ようこそ。我が友、ヘラスよ……」
牡鹿の毛並みは茶色で、動く度に夕日に反射し、金色に輝く。
力強く、且つしなやかなその動きは見る者を虜にするだろう。
事実、この俺でさえも例外ではなく、この瞬間が永遠に感じられた。
「……おぉ、我が最良の友にして最高の理解者、ヘラスよ……」
「……久しぶりだな、ユーマ・クリービー……」
ヘラスと呼ばれたその牡鹿は口を使わずに心に直接伝えてきた。
「……なんか、変な感じニャ……」
「……あ、あぁ」
すると牡鹿はこちらを見、警戒するような顔で言った。
「……お前がカノンか?ユーマがよく話してくれる。
そして……そこのお前は?」
俺もムーンを見下ろす形になった。ムーンはと言うと……
こちらをチラッと見た後、真剣な面持ちでゆっくりと発音した。
「……ルス・ヴイアス・メタシュ・ラディゲルドン……」
俺には意味不明だったが、ヘラスにはわかったようだ。
「……ほう、お前があの有名な……」
「……タイア・ルル・ウォスト・ヴァーム・ランドル」
ヘラスの言葉を遮って、再びムーンが意味不明な言葉を発した。
俺が唯一聞き取れたのは“ルル”の一言だけだった。しばらくの沈黙の後、どちらからでもなく笑みが生まれた。
「……じゃあ、そろそろ行こうかの。ルル様とわしはヘラスに乗る。カノンは走った方が速いの。ムーンはどうするのじゃ?」
「ボクも走るニャ。久々だけどニャ」
ムーンは言いながら四つ足歩行に戻る。
俺はこの時、何で、気づかなかったのか……
ずっと後悔する事になる。何故なら……
バサッバサッバサッ……
ドドドドドッ……
「……魔法と血の匂いがするから来てみりゃ、良い獲物はっけ〜ん」
ムカつくような声と共に、魔物が大挙して後ろの林から現れた。
その数、100体以上……
流石にやり合うにはキツいか……?
この時のユー爺の判断は早かった。
「……カノン、逃げるぞ!“力”の解放を許可する。
ヘラス!最高の走りを見正式ておくれ」
“力”とは“水の輝き”の事。
水属性の者にしか扱えず、多大な魔力が秘められた魔具の一種だ。
その恩恵に与った者は神速、つまり光速を超えたスピードが出せる。
色々と反動があるけどな……
周りには竜人、ダークエルフ、さらには巨人族まで……
さすがに逃げなきゃヤバいな……
「……我、封印の守人、カノンなり。汝の力、解放を許可す……」
俺の周りに5つの魔方陣が浮かび上がり、水色に輝き始めた。
「……ケケッ、逃がさねぇよぉ……」
恐らく、デビル族の下っ端が気持ち悪い笑みを浮かべながら周りを煽った。
ユー爺がルルを乗せ、ヘラスが第一歩を踏み出した時、奴らは同時に飛びかかってきた。
上、右、左、後ろ……
手に手に刃物、鈍器を持って俺らまで約2メートルまで来た。
俺の周りにあった魔法陣はゆっくりと旋回し、俺を中心に一つにまとまった。
次の瞬間、ヘラス、俺、ムーンは同時に動いた。
一瞬で敵の視界から外れ、光すら置き去ることから呼ばれた力、それが“水の輝き”の由縁だ。
奴らは俺らがいなくなった事にすら気づかず、互いが互いを殺戮し始めた。
そこで殺戮が殺戮を呼ぶ地獄と化したのは、すぐに予想できるだろう。
その後あまりに凄惨で生々しく、ここには話せない。
10キロほど離れてもなお叫び声、血の匂いは途切れる事は無かった。
それにしても……
俺は血を吐いた。
これが“水の輝き”の代償。
あともう少し使っていたら確実に命は無かったな……
血を払い、死にかけてでも超人的な力を欲するバカは腐るほどいる。
だから俺とユー爺は山奥に住んだんだ。誰にも気づかれないように……
「……大丈夫ニャ?」
ムーンが息も絶え絶えで話しかけてきた。
全員スピードが速いという点では同じだが、僅かずつ違った。
故に10キロも走るとかなりバラつきが出てしまう。
「……あぁ。
にしても、お前なかなか速いな。“力”使った俺と同速かよ……
お前、ホントに猫か?」
するとムーンは2本足で立ち、手を腰に当てながらニヤリと笑った。「これからはムーン様と崇めるニャよ?
……まぁ猫かと言われば……時が来たら教えてあげるニャ」
この時点で、ただの猫じゃない時自ら暴露してんじゃないのか……?
第一、誰が崇めるか。
「……でもまぁ見直したよ」
ムーンは俺以上の力を持っている。
それは事実だろうからな。
ゆっくりと日は落ち、辺りには闇が広がり始めていた。
ぼんやりとだが、三日月が現れ、冷たい風が吹き始めた。
「……さて、ユー爺達を探すか……
もう少し下ると荒野になっているらしいから……」
きちんと準備しないと水の少ない荒野は越えられない。
もちろん魔法で出現させられるが、毎回人数分は出せない。
「……よし、じゃ何か探索系魔法使うニャ」
何故にお前が仕切る?
「……わかったよ。だけど、お前も手伝えよ?」
その後、あまり魔力を使えない俺はひたすら歩いて探した。
ムーンはどこかへ消えちまったから、きっと探してくれてるんだろう。
荒野の近くまで歩くと……
ドドドドドッ……
土埃を上げて、一頭の牡鹿が……
「……カノンか?」
ユー爺の声だ。姿は見えないけど。
「……あぁ、だから弓を収めてくれ」
何となくで言ったが、恐らく当たっていただろう。
警戒されてる空気が消えた。
同時に鹿の上空からルルを抱きかかえたユー爺が降りてきた。
「……わしがユー爺じゃなかったらどうするんじゃ?」
「……そんな間抜けな声出すのは、ユー爺しかいないよ。
もし違ったら……な」
かる〜く殺気を放っても軽くいなされてしまう。やはりユー爺だ。普通の敵ならビビる筈だしな。
「……カァノォ〜ン!」
ムーンの声だ。だがかなり遠い。
若干だが様子が変だ……
何かあったのか俺とユー爺は急いで声のした方に向かった。
もしや魔物か?
……まさか!?
俺の脳裏に最悪の結果がよぎる。
ユー爺もかなり焦っているようだ。
……くっ、間に合ってくれ!
ムーンはバシャバシャと小川でもがいていた。
俺は笑みを浮かべながららムーンに近づき、首根っこを掴み上げた。
「……あっ、カノン!助けに来てくれたニャね……」
その顔を俺の顔の前に持ってきた。
「……んで?なんで川で溺れてたんだ?」
「あ、いや、深い、深ぁ〜い事情があるニャよ?
カノンと別れてからすぐ、ボクはこの小川を見つけ出したニャ。
それで、あとで水が必要になると思って、この水が飲めるのか確かめようとしたニャ。
すると、お魚さんが泳いでいたから……」
「……採ろうとして落ちたと?」
「……ま、まぁそうなるニャ」
「……わかった。じゃあ魚を食い終わるままで、泳いでていいぞ……」
俺は静かに手を離した。
ヒューン……
バシャッ……
その夜、俺らはそこで野営をした。
火をおこすと煙で気づかれるため、火は使えなかった。
俺達は木のウロを使い休むため、なるべく見つからない場所を選んだ。
「……なぁ、ユー爺……」
真夜中過ぎ、さっきから考えていた事をユー爺に打ち明けた。
「……明日から、少しずつ“力”使って急いだ方が良くないか?俺なら大丈夫だから」
「……いや、しかし」
「……ルルがこのまま持つと本当に思うか?」
あれから、ルルが倒れてからずっと彼女は目を覚まさない。
酷い高熱のせいもあるだろうが、彼女から魔力を感じられないのが心配だった。
以前も言った事だが、魔力とは思念。
思いは力となる。
だが、魔力が感じられないというのは、心が死んでしまったからではないか?
あの戦いのルルはルルじゃなかった。
それがまた、俺を不安にさせていた。
「……わかった。明日から“力”を使う。あと9日の予定じゃが、3日で到着するぞ」翌朝、まだ日も開け切らぬ頃には移動を開始した。
午前の間は力を使い、午後は歩いて移動した。
そしてこの日もルルが目覚める事はなかった。
ルルの高熱が時に暖かく感じられる気候のなか、俺達はひたすらセントラルを目指し、歩き続けたんだ。
この日は荒野の岩陰で寝た。
こんな何も起こらない日が毎日続けば……
しかし、俺の思いは翌日には裏切られた。
翌朝……
今シーズンの最低気温を叩き出した。恐らく山の方は雪が降り積もっているだろう。
つい一週間前には、こんな事になるなんて思ってもみなかった。
外の世界に出てみたい。そんな気持ちは常にあったが、余りに突然すぎて未だに実感がない。
ハハ……ホームシックってヤツか?
自分でこう思える分、まだ大丈夫だろう。
とにかく急がなければ……
敵は今この瞬間にも虐殺を繰り返し、王都へ向かっているだろう。そして、彼らが気づく時、国は滅びている。
……何よりルルにはもう生気が感じられない……
「……っ」
……殺気!
「……ユー爺」
隣にいるユー爺に呼びかける。しかし、ユー爺は既に警戒網を張っているようだった。
辺りの気配を探るように集中している。
「……カノン。今からわしの命令する事に従えるか?
わしが死んだら、まっすぐ西を目指すのじゃ。良いな?」
俺は幼い頃から目的のためには犠牲はつきものだと教わった。
そして、仲間を助けるために死ぬ事は、この上ない名誉だと知った。
ユー爺に曰わく、“滅びの美学”……
だが……
「……死ぬなら俺が死ぬよ。ユー爺が残っても敵を食い止められないかもしれないしな」
そう言った俺の心は何故だか、妙に心が穏やかだった。
「……ウンディーネ?」
俺の守護精霊、ウンディーネは水の精霊。美しい女性で強い“力”を持っている。
だが代償として俺が他の女に恋をすると、ウンディーネは俺を殺し、自殺する。両刃の剣ってヤツだ。
呼びかけたはいいが、さっきから応答がない……
一体……何故?ウンディーネ?ウンディーネ!?
一体どうしたんだ?
まさかっ……
俺は急いで自分の目を手鏡で確認した。
普段は魔力を水に変化させ、目を覆わせている。
よくわからないが、屈折率がどうのこうので、青を黒に見えるようにしているのだ。
魔力を解いて、目の色を確認。
だが、目の色は青で俺を安堵させた。
自分がマスターでなくなったのでは、と考えたが……
全く訳がわからない。
「……ノン、カノン?」
ユー爺が呼んでいる。
「……どうした?何かあったか?」
いや、きっと思い過ごしだ。考えすぎたんだ。もしかしたら偶然かもしれないし……
だが俺の心の底では叫んでいた。
思い過ごしではないと……
「……大丈夫だ。それより、敵は?」
「徐々にだが近づいて来てる……
……え?」
ユー爺が驚いたのも無理はない。
あれほどの高熱で、生気を失っていたルルが立ち上がったのだ。
だがその目には生気はなく、虚ろな目をしていた。
ルルは立ち上がった。まがまがしい殺気を放ちながら……
あの時と同じだった。
竜人を倒した時と同じ、あの目。
「……リ・ライル・ナカシアナ?」
ルルから発せられる不思議な声。
まるで精霊のように、直接心に入ってくる。
「……なんだ?何を言って……?」
俺とユー爺には訳わからなかったが、ヘラス、ムーンには理解出来るようだった。
事実、彼等は落ちつかせるような口調で口々に言った。
「……ワリミナ・ハタラ・ル・レイマ・カシル」
「……ミ・シルア・ヤカキマ・セイン」
「……は?」
誰か和訳してくれ!
「……ムーン!一体何言ってんだ?ヘラスも……」
「……教えられないニャ。いつかわかる時がくるニャ……」
「……そうだな、我が友、ムーン」
最後にムーンはルルに向かって一言?述べた。
「……マナーラハ」
するとルルは再び倒れた。
だが、今までとは違い、生気が余りあるほどで、魔力の渦が出来る程だった。
そして、今まで感じていた殺気も消え、その後は特に何もなく、セントラルに到着した。