第十三章 思いを力に
死を目前に控えたユーマは、天使を見た。
金色の翼をもつ天使。
それがルルだと気づいた時には、感覚を殆ど失っていた。
聴覚と視覚だけは辛うじて残っていたが……
彼には、ルルの髪が逆立ち、そして目が深い緑に染まっていくのが見える。
否。
感じた。
『……ラ・ヴェルドゥ・ヒアル・ラディア……癒やし』
ユーマは今までに聞いた事の無い呪文を聞いた。
まるで歌のような響きと共に、感覚が戻ってくる。
気づくと血は止まり、カノンもゆっくりと意識が戻ってきているようだった。ルルはおもむろにに、腰に着けてあるプレートを掴んだ。
そして胸の前に構えて呟いた。
『……ラ・ハルト・ルータ・テラン……』
金色の光と共に、プレートが巨大化した。
遂にはルルの身長ほどになり、形状は魔法の杖そのものだった。
「……なんだ?お前……それは……光?
……もしや……お前、ルル・アーヴィングか?」
竜人の問いに答えず、ルルは詠唱を続けた。
「答えろ……答えろ!」
同時にルル目掛けてナイフが投げられる。
カノンはやっと周りの変化に気づいたようで、自らも詠唱を始める。
「……“アイス・シェル”……」
自らを、そして仲間を守るために使われる氷系最強防御魔法アイス・シェル。
カノンにはそれが精一杯の支援だった。
キンッ……
アイス・シェルとナイフがぶつかり金属の弾かれる音が鳴り響く。
目の端に光を感じ、周りを見渡すと、ユーマは地面に巨大な円形の魔方陣が描かれていることに気づいた。
恐らくは古代魔法だろうが、ユーマにはこれが何かわからない。
その陣の大きさは半径100メートルは下るまい。
それに竜人も気づく。だが遅すぎた。
よく言われる言葉。“大きすぎて見えなかった”
「……な、なんだ?このデカさ……」
ルルは全く聞こえていないような、“感情を失い”考えられないような顔をしている。
ただ、その目には闇と光が渦巻いている。
『……ラ・ステア・ド・ヘルニス……破邪、“嘆きの雨・レインオブルイン”……』
すると陣が白金色に光り輝く。
途端に、竜人に向かって天から光の矢が降り注ぎ、その硬いウロコを貫いた。
「うっ……小娘……
貴様……」
ルルは杖を複雑に振り、最後に右手にあるブレスレットに当てて言った。
『……風よ、貫き、切り刻め』真空の波が竜人を襲う。
「……ギャァアァァ!」
全身から血が出ているようだ。
その血は……黒い。故に見にくく、恐らくという形になってしまう。
ルルは竜人を見据えて4つ目の呪文を唱えた。
『ル・カリス・バロイム・ヴァシス……』
次の瞬間、周りは闇に包まれた。
闇を愛する魔界の者でも恐れおののく闇。そんな感じだ。
「……ハァ、ハァ、な、なんだ?」
その闇の中心、そこにいるルルは悪魔の微笑みを浮かべる。
その微笑みに百戦錬磨のユーマ、カノンですら心が挫けそうになった。
自分の方を向いてすらいない。背を向けているのに、とユーマは思っていた。
見据えられている竜人は膝が震え、顔を恐怖で歪ませている。
『……滅べ……』
たった一言、冷酷に言い放った。
ルルを中心に渦巻いていた闇は、静かに形を変えた。
やがてそれは、ある形をなしていく。
柄は細く、刃は広い。刃の根元には黒い石がはめこまれている。
まがまがしい、闇の剣へと……
素早く、確実に剣先は竜人に向けられ、一直線に動く。
真っ直ぐに竜人を貫き、そして一瞬の後に消滅させる。
貫いたその瞬間、竜人は分子レベルまで崩壊し、無へと帰したのだった。
バタッ……
ルルは既に元の体に戻り、倒れた。
「……ルッ、ルル!」
カノンはようやく動けるようになり、ルルに駆け寄った。
いつの間にか、闇は晴れ、秋の夕暮れが辺りを照らしている。
「ルル?ルル!?
……ユー爺、すごい熱だ……」
カノンはルルの額に手をあてながら言った。