第十二章 撤退か逃走か
「……ハッ」
飛びたってから数分後、私は麓から恐怖を感じました。
何か、とてつもなく怖いものが、冷たい心を持ったものが……一片の慈悲も持たずに敵を惨殺するような……
「……いけませんね。カノンなら大丈夫です。きっと……」
私は自分に言い聞かせるように呟きました。
「……急ぎましょう。シルフ、何か良いの無いですか?
パァ〜って飛べる奴!」
声に出す必要は……無いとは思いますが、まぁ念のため。
すると、また口が勝手に……
「風よ、我に纏いて神速の翼となれ。
“エア・ウィング”」
「き、きゃぁ!」
その魔法を使うと余りに速くて……
気づくと、もう小屋の上空でした。
あれ?
……どうやって止まるんでしょうか?
「シッ、シルフ……」
呼びかけに応えるように、前から突風が吹き、何とか小屋のすぐ上で止まれました……
死ぬかと思いました。真面目に……
「ユー爺ぃ!」
ちょうど小屋からバケツを持ってユー爺が出てきたので、これ幸いと呼びかけます。
叫びながら垂直飛行する私を見たユー爺は、真っ青になってしまいました。
「ル、ルル様!?」
地面ギリギリで速度を落とし、着地、いえ着陸します。
その直後、今度は顔を真っ赤にして待ち構えていた、ユー爺にガミガミと怒られました……
「……まったく、死ぬ気ですか?一体何を考えて……」
「ちょっと待って下さい。実は……」
私は今までの事を話しました。
話しが進むに連れて、ユー爺の顔は真剣になっていきました。
「……マズい……奴らは気づいたのか?
……ルル様、私、カノンの下へ……」
「……いや、その必要はない」
ハッとして後ろを振り向くと、血まみれのカノンが立っていました。
「……あぁ、先に言っとくけど、これは俺の血じゃないからな?
あと……」
カノンはユー爺の方を向いて言いました。
「……バレた。それから下の村は全滅だ……」
「なんじゃと!?」
「それだけじゃない。敵側には、ダークエルフもいた。
確認したのは一人だけだけど、数がいたら面倒だ」
「では狙いはアレと……」
ユー爺はチラッとこちらを見ました。
……私ですか……
「とにかく、こうしてはおれん。今すぐに旅立ちますぞ!
向かうは、王都、セントラルじゃ。
カノン、準備して来なさい。
わしは馬をひいてくる」
言うが早いか、ユー爺は既に馬屋へ急いでいきました。
さて、私はムーンを……
「ムーン!どこですかぁ?」
とりあえず呼びかけてみます。
すると……
「……ニャ?」
足下にいました……
ユー爺達は慌ただしく荷物をまとめています。
馬を曳いてくると、荷物を積み、荷物を積み、です。
30分も経たない頃には、粗方の支度は終えるところです。
私は異界の扉の鍵に紐を付け、それを首から下げました。
いついかなる時も、忘れないように……
荷物の支度を終えると、私達はすぐに出発しました。
魔法を使うと痕跡が残るので魔法は“なるべく”使わない旅らしいです。
私はカノンと、ユー爺はムーンと一緒に馬に乗りました。
ムーンは最後まで抵抗していましたが……
西にある王都、セントラルに向かうために山の、道無き道を急ぎます。
街道は封鎖が予想されたので。
山の奥の奥で大量の血痕を見つけました。
ある程度開けた場所で、木々は少ない所です。
「……オークか?」
カノンが、もう嫌だと言わんばかりの声で呟きました。
「……そうじゃろ。恐らく、下の村の連中はここで喰われたか……」
「ルル様、オークとは、闇に付き従い、凶暴で、破壊を好みます。そして、とてつもなく汚い奴らで……」
……気持ち悪い……
……きもちわるい
……キモチワルイ
真っ赤に染まる両手。
目の前に広がるニンゲンだったモノ。
手から血がしたたり落ち、それに口元を歪ませ、喜びを感じる……
恐怖、絶望、破壊……
そこに垣間見える狂喜……
私には人々が殺された瞬間が見えるようでした。
「ですからオークに会ったら……ルル様?ルル様、大丈夫ですか?」ユー爺は、私の様子が変な事に気づいたようです。
その顔はひどく怯えていました。
「……大丈夫ですよ?ちょっと気分が悪くなっただけです。さぁ、先を急ぎましょう……」
「そうはいかないな……」
「……っ!?」
木の上には、大きな剣をもち、えんじ色のマントを羽織った怪物がいました……
怪物だと判断した理由は、鱗で覆われた肌、鹿のような角、鋭すぎる爪、そして巨大な翼があったからです。
「……獣人?
いや……まさか……竜人族か!?」
ユー爺の声が辺りに響き渡ります。
「……何っ!?」
カノンも驚いていますが……
私にはよくわからないので……
「……ご名答。流石は元王室付き魔術隊隊長だな。そこにいるガキ2人連れてど……風と水のマスターか?」
えっ?カノンは水のマスターだったんですか!?
そういえば、確かに青い宝石の付いたピアスつけてますが……
ピーン……
空気が張り詰めます。
これは………殺気?
「……だったらなんだ?
それよりも、お前が殺したのか?ここで……」
カノンはチラッと後ろの血だまりを見て言いました。
「……あぁ、そうだ。
おい貴様、人間如きが竜人族様に向かって何様だ?
イライラすんなぁ……お前らまとめて、死んでもらうぞ?」
カノンとは対照的にユー爺は冷静に言いました。
「……何故わしらを狙うのじゃ?そして何故罪の無い人々を殺すのじゃ?
そもそも、わしはそんな権力者じゃないぞ?生い先短い、ただの老人じゃ」
「お前バカか?何当たり前な事聞いてんだ?
お前ら殺せば階級アップだろ?何せマスターだからな。
殺す理由?楽しいからだ。以上」
急に空気が冷たくなりました。
その根源がカノンだと気づいた時、カノンは呪文を唱えていました。
怖い……
初めてカノンが怖いと感じました。
絶対なる力、そんな感じです。
「……彼の者に久遠の苦しみと、静かなる眠りを与えたま」
「させるか」
「……っがっ!」
「カノンっ!」
詠唱の途中に敵の攻撃が……
手のひらから放たれた赤い火の玉は、空中で不死鳥のようになり、カノンの体にもろに当たってしまいました。
「カッ、カノン……」
私とユー爺が駆け寄ろうとするも、近づくことすらままなりません。
そうしている間に、カノンはどんどん燃えていきます。
まるで、カノンの命を燃やしているように……
「……貴様、カノンを殺す気か!?」
ユー爺が取り乱して狂ったように叫びます。
「……殺すのって……楽しい……アハッ……アハハハハッ……」
最初見た時はクールな顔をしていた竜人は、今や狂気の塊です。
「……カノン!カノン!」
ユー爺が必死に呼び掛けていますが、既にカノンは地面に倒れています。
私は、怖くて動けなくなっていました。
「……“ダーク・ランス”」
竜人の詠唱と共に、どこからともなく銀の槍が現れ、再びカノンを襲いました……
しかし、その魔槍はカノンに当たらず、手前のユー爺に……
「……んぐっ!」
「ちっ、当たらなかったか……じゃあこっちだ」
すると今度は私の方に向かって槍が……
もうダメだ……
逃げ切れない……
ドスッ
あれ?
「……ルル様、に……げて……はや……」
ユー爺は血を吐きながら、私を守ってくれました。
そして、そのせいでユー爺とカノンは今にも死にそうです……
……死なせない……
……死なせたくない……
死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死……
シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ、シ…
私の頭の中で何かが弾けました。
種のような……淡い光の塊が………