第十一章 破滅へのプロローグ
ルルが飛びたった頃、カノンは既に村に到着していた。
約10キロをすっ飛ばしてきたのだが、息は全く乱れてはいない。
「……な、なんだよ……これ……」
そう呟くのも無理はない。
建物は崩れ、辺りは煙と血の匂いでいっぱい。
その崩れた瓦礫にも血が飛び、見るに耐えない肉片がそこらじゅうに転がっている。
そして何より、先ほどの数倍嫌な感覚がカノンを襲っていた。
「……うぅ……タ……ス……ケ……」
50メートルほど離れた瓦礫の下から、一人の男性が呻き声をあげながら這い出てくる。
いや、男性かどうかもわからない。片手は吹き飛び、頭は赤くなっていない面積の方が小さい。
今やカノンの感覚は研ぎ澄まされ、些細な衣擦れの音や、空気の流れまでも感じとれるほどだ。
「……おい!大丈夫か!」
カノンが助けようと近づくと間もなく、男性の周りで爆発が起こり、彼は見えなくなっていた。
「さぁ〜て、だいぶ殺し終えたかな?」
爆発の粉塵がおさまる頃、煙の中から人が現れた。
その人物はとても美しく、中性的な顔立ちで銀色の長髪とを尖った耳を持っていた。
カノンはエルフかと思ったが、その予想は裏切られた。
その人物の肌は黒。
ダークエルフだった。
「……おっと、まだ元気な奴がいたか……」
ダークエルフはカノンに気づいてニタニタと笑いながら更にこう言った。
「……さて、お前はどんな風に死にたい?」
その言葉がカノンの心を揺さぶった。
「……お前がやったのか……?」
カノンは怒りに声が震えた。
「あぁ?なんだって?」
バカにしたような口調でダークエルフは聞き返した。
カノンの怒りは頂点に達した。
「てめぇがやったのかって聞いてんだよ!」
するとダークエルフはニヤリと笑って言った。
「そうだ。俺にそんな事言える度胸があるとはなぁ。ククッ……
お前、名前はなんて言う?」
「……答える義務はないな」
吐き捨てるようにカノンは言った。
「ダメだよ。一対一の時は名前を聞いてから殺すのが、俺の流儀だから」
「……カノンだ。
冥土の土産に教えてやるよ」
「そうか。カ〜ノ〜ンっと……」
ダークエルフは空中から手帳を取り出し、それにメモする。
すると下品にニヤリと口元を緩めながら言った。
「……おっ、お前は絶対殺さなきゃいけない奴じゃん。
“水の輝き”、持ってるな?」
“水の輝き”。それはこの世界の秘宝の一つ。
そしてそれは、“王家の守り神”でもある。
「……言うな」
だがカノンの言葉が聞こえなかったのか、ダークエルフは続けた。
「……お前は国王の……ヒッ……!」
周りの空気が一瞬にして冷たくなり、張り詰める。
そして次の瞬間、カノンが消えた。
ダークエルフは初めてある感情を覚えた。
そして、それが恐怖だと知る間もなく、自分の体を横から見ていた。
自分の首から噴水のような血柱が上がっているのを、数メートル離れた所から見てたのである。
「……言うなと言っただろ?
……お前らに“水の輝き”は渡さない。この国の為にも、父の為にも……」
ダークとはいえエルフ族。
人間の数十倍長生きし、魔力、剣術、腕力、知力、どれを取っても人間の及ぶ所ではない。
が、しかし、この場合カノンは人間ではなかったのかもしれない。
そしてカノンがそう言った時、一羽の黒鳥が飛びたっていった。
「ほう、マディスがやられたか……」
ククッと笑う声が木の梢から聞こえた。
「……しょうがないよ。いくらマディスとはいえ、彼の分身だから……」
先ほどの声より、幾分高い、少年のような声が答えた。
「……それにしても、国王め。こんな所に隠しておったか。
早々に消すとするか……守人、カノンを……」