第十章 友の教え
私は小屋をあとにすると、すぐ裏にある広大な庭に向かいます。
「……遅い」
カノンは木にもたれながら言いました。
「……すみません」
「じゃぁ、早速始めるか。今から俺を先生、もしくは師匠と呼べ」
背景にキラキラした物が見える気がするセリフを……
さ、寒気が……
「嫌です」
私は即答しました。これ以上ないって位のはっきりした声で……
「……まぁ、冗談だ。安心しろ。俺にそんな趣味はない」
……へぇ、どうだか……
「ん?なんだその目は?」
おっと、顔にでてしまいましたか。
でも、
「……目が緑だぞ?」
私は気づき、確信しました。カノンはバカだという事を……
「……では、始めますか……?」
いろいろと顔に出ないように注意しながら私は言いました。
「……そうだな、風のマスター」
前言撤回です。ちょっとは頭いいみたいですね。
「まず、魔法ってのは思念だ。知ってるな?
属性は、諸説あるが、過去にあった経験、家系、性格が反映される事が多い。
基本系の良いところは全ての派生系が使えるって事だ。
例えば“土”を例にすると、錬金術や岩、砂などが使える。
逆に派生系は、例えば“岩”は“土”は使えるけど錬金術は使えないっていう細かい決まりがある」
へぇ、よくわかんないですが、私はラッキーなタイプですね。
「……細かい事は、後々勝ってにわかっていくから。
さて、魔法を扱うのに一番手っ取り早い練習は何だと思う?」
いきなり出された質問に戸惑いましたが、私は答えました。
「……実戦?」
するとカノンはニヤリと笑って、言いました。
「……大正解。
いいか、心に従え!行くぞ!」
そういうとカノンはぶつぶつ唱えながら突っ込んできました。
「えっ……ちょっ……」
「……ウンディーネよ、我らが水の精霊よ、今こそ我に溶けぬ氷の力を……ブリザード!」
ブッ、ブリザード!?
何も知らない私ですが、かなり危険だと、直感が告げています。
だってブリザードですよ!?
「……っ!」
身構えると頭の中に、いえ、心に言葉が響き渡りました。
『……汝、我力を欲するか?ならば……』
すると、私の口から勝手に言葉がでてきます。
「我を護る盾となれ、“ウィンド・カーテン”!」
しかし、その時、私の目の前には氷やら何やらが迫っていました。
とっさに目をつむると、私を中心に凄まじい暴風が吹き荒れ、私と外界を遮断します。
ハッとして目を開けると、ブリザードはかき消されています。
カノンは驚き半分、喜び半分な顔をしています。
ですがすぐに落ちつきを見せ、カノンはまたぶつぶつと唱え始めます。
ですが、詠唱は私の方が遥かに速かったのです。
「風の精霊シルフよ、我に仇なす敵を払いたまえ。
“ウィンド・アロー”!」
手のひらを前に突き出すようにすると、そこから無数の風の矢がカノンに向かって飛んでいきます。
その時、カノンも詠唱を終え、カノンの手から氷のナイフが放たれました。
それらはちょうど私達の中間でぶつかり、共に砕け散ります。
粉々になった破片はキラキラとダイヤモンドダストのように、日に当たって輝き、地に落ちていくのでした。
カノンが警戒を解いた時には、めちゃくちゃ疲れてました。時間にして一分かかってないでしょうが……
「……やるな。ここまで出来るとは思わなかった。
いったん休憩しよう。
そうだな、昨日お前が倒れてた場所まで行ってみるか。何か落としてるかもしれないし……」
「……そうですね」
急に緊張が解けたので間の抜けた声がでてしまいました。
「……飛んでな」
「……はい?」
「だから飛んで行くぞ。翼持ってんだろ?」
さも当然というような顔でカノンは言いました。
「き、休憩は?」
「……日々修行だ」
さっき言った事を今思い出したという顔をしています。
前言撤回を撤回です。
この男はやはりバカでした。
そして人でなしです。
仕方なく、本当に仕方なく、私は飛ぼうと翼を広げました。
羽ばたいてみると……
おや、案外簡単にいけますね。
普通に2、3メートルは飛んでいます。
初めてにしては上出来でしょう。
にしても、うわぁ、ホントに飛べるんですねぇ……
すると……
「……おい、俺を忘れてるぞ」
「え?だって……」
「ほら」
カノンは腕を広げ、抱えていけという意図がうかがえます。
「……信じらんない」
しょうがなく、両腕をひっつかんで飛ぼうとしました。
腕が抜けるんではと思うほど思いっきり……
が、しかし、初めて飛ぶのに、当然2人は無理です……
「しょうがないなぁ……」
カノンを掴んでいる部分が徐々にヒンヤリとしていくのがわかります。
「……今、俺の魔力を送ってるからな」
翼をはためかせると、だんだんと体が浮き上がっていきました。
そんな訳でゆっくり、のんびり、初めての空の散歩を楽しみました。
素晴らしい眺めですね。木々が生い茂り、黄色や赤の絨毯ががどこまでも続いています。
麓の方には小さな村があり、ずっと向こうの山々には冬が訪れているようです。
あぁ、それから、私はカノンの弱点を発見しました。どうやら、高い所が苦手なようです。
「……お、おいっ、も、もっと低く飛べよっ……」
声が震えて、今にもチビりそうな顔で訴えてきます。
腕疲れるんですよねぇ……
やっぱり、もうちょっとこう、感謝の意を示して欲しいもんです。
決めた!ゆっくり高ぁ〜く飛んでやりましょう。
「……あ、おい、そこだ」
すると、なんともタイミング悪く、カノンにとっては良く、目的地に着いてしました。
「……ここ……ですか……」
「……ここ……だ……ろ?」
「なんで聞いてくるんですか?
というか、そもそも……何ですか?これ……鍵?」
私達の目的地、“私が倒れていた場所”には、何もありませんでした。
草の一本、虫の一匹いない不毛の大地が、おそらく私が倒れていたであろう場所を中心に、20メートルほど広がっていました。
知らない人が見たら、ミステリーサークルだと思うでしょう。
その中心に鍵のような物が落ちていまして、さっきの場面になります。
「……一体、何があったんだ?」
カノンは恐れるように言いますが、私にはただ嫌な雰囲気だな、としか思えません。
ただ首を傾げるだけの私に、信じられないようにカノンは言います。
「……わからないのか?
……この嫌な感じ…
…ハンパなくデカい、上級闇魔法を使いやがった……
でも……一体、誰が?……」
カノンは中心に歩いて行き、神妙な顔つきで分析を始めています。
「……ふむ、この位置から闇の上位魔法、もしくは召還陣を……いや……すると……やはり……」
「……わかりましたか?」
「……いや、全く。ただ、この魔法を使った奴はハンパじゃない。
……あれ?この鍵……おい、見ろよ」
カノンは私に鍵を放ってきました。
受けとった鍵には、これまた細かい技術が……
「……裏の持つ部分を見てみろ……」
言われた通り、見てみるとそこにはこんな文字が刻まれていました……
アーヴィング
【異界の扉】
「……アーヴィング、つまり、この鍵はお前の一族の物だ。
自然に考えると、やはり“扉”の鍵だろう。だが、問題はそこじゃない……」
「……どういうことですか?」
「いいか?
魔力が込められ、何か意図を持たされた物は、そう地面には落ちないんだ。
ましてや、賢者が作った物だ。
半永久的に落ちないだろう。
まぁ、誰かが“落とせば”話は別だけどな。
まぁ、結局は地面に落ちた。
……つまり“もういらない物”という事を暗示している」
えっ……じゃぁ……つまり……
「気づいたようだな。
“扉”は消えた。
つまり……その……境の国は……消えた。
もしくは、闇の国、“魔界”に吸収されたって事さ……」
「……えっ、じ、じゃぁ、向こうの人た……」
私は最後まで言えませんでした。
あまりに衝撃的だったのもありますが、山の麓の方から悲鳴が聞こえたからです。
ただならぬ声が木霊し、山が叫んでいるかのようです。
「……ま、まずい。
もし、魔界が開いて、魔物が進入していたら……」
カノンに曰わく、この世界にも魔物はいるらしいのですが、とても弱いらしいのです。
しかし、極々稀に進入してしまう魔界の魔物は村一つ破壊する力をもっているらしく……
聞くところによると、魔界の怪物はとても凶暴。
シャインの魔物と魔界の魔物が戦うのは、例えるならば竹の槍でメラ〇―マに挑むようなものらしいです。
え?例えが悪い?知りませんよ、そんなん。
「おい、俺は下を見てくる。お前は上に行って、ユー爺に伝えろ!」
そういうとカノンは呪文を詠唱し始めました。
「……偉大なるウンディーネ、水の精霊よ。今、我にその御力貸し与え給え……
“アクア・スピリッツ”……」
詠唱を終えたカノンは青白く光ったと思うと、一瞬でいなくなってしまいました。
私もこうしてはいられません。
早く戻らなくては……
翼を広げた私は鍵をしっかりと握り締め、飛び立ちました。
少しでも速く、小屋にたどり着けるように……