第1話 すべては校長が悪い
部活動に青春は求めていない!
第1話 [すべては校長が悪い]
4月といえば、始まりの季節。
会社では新年度を迎えるし、学校ならば進級や新学期の時期になる。
入社式やら入学式やらを経て、新しい舞台へと大きな一歩を踏み出す者もいれば、順風満帆な人生を送っていたのに、 突然の解雇を言い渡され職を失う者、『勉強やってるの? 』と言う母の言葉に苛立ちながら、『ちゃんとやってるよ』と返しながらも、当然勉強なんてしていないもんだから、受験に失敗し、『大丈夫、また来年頑張ろう? 』なんて母から慰められ、あの時の自分を悔いながら、浪人性活を送る破目になる者。などなど、立ち止まって前に進めずにいる方々も存在する。
勘違いされては困るが、俺は前者だ。当然、解雇もされていないし、受験にも失敗していない。
今年4月から、県立鳴春高校の新1年生として、華やかで心躍るエキサイティングな高校生活を送らんとしている16歳、佐伯 タケル。それが俺の名前だ。
身長は、高校生男子の平均よりも少し高めの173センチ。 体重は軽めの55キロ。これといって突出した特技を持っている訳でもなく、趣味は読書くらいか(バイブルはラノベ全般)。中学の頃は部活にも入らず、家でもっぱら本を読んでいた記憶がある。なので運動は並以下。それでも体育の成績は常に3を維持していた。
これからもそのつもりでいたのだが、うちの母は、『本ばっかり読んでないで、何か部活にでも入りなさい! 何か! 』なんて、投げやりな事を言う。もちろん、殊更入りたい部活動も無いので丁寧に断っておいた。実際、本を読んでいる方が俺にとっては有意義だし、時間の無駄だとも思っていない。故に当たり前だが、俺は帰宅部を渇望する。
そして今日、4月1日は鳴春高校の入学式。
俺は、1年A組として、この新しい環境に、前進を試みようとしている。
まぁでも、そう上手く事が運ばないのも、幕開けのシーズンには付き物である。
◆◇
「えー、であるからして、新入生の皆さんには是非、短い高校生活を満喫して頂きたい。えー、本校では部活動にも力をを入れておりー、全部制として――」
学校長の挨拶にも聞き飽きた頃、俺は長時間立ったままで凝った体を解すべく、軽い伸びをしていた。コキコキと鳴る音が耳に届き、実に心地良い。
ふと、横に目を逸らすと、口に右手を当て、こりゃあまたデカいあくびをしている人が視界に入ってきた。
背丈は俺より少し高めだろうか。がっちりとした身体つきだ。髪はスポーツ刈り、釣り上がった目元の内に見えるブラウンの瞳はとても大きい。すっきりと整っている顔は、また随分と黒く焼けていて、元気なサッカー少年という印象が、取り付き俺の頭に思い浮かぶ。
俺の視線に気づいてか、こちらに顔を向け、彼は万編の笑みで挨拶をしてくる。
「よう。オレぁ志水 高気ってんだ。よろしく! 」
「俺は佐伯 タケル。席だと、君の1つ前だね。こちらこそよろしく」
新環境になってから、人間関係の面では少し不安があった。中学の頃の友人とは当然、離れ離れになる。そのため、他人との接し方に戸惑う者や、友人を作れない者が現れる。場の流れに完全に乗り遅れるわけだ。するとどうなる? 仲の良い友人も出来ず、孤立してしまう。そうしたら華の高校生活もパーだ。
俺も、中学の友人と離れた一人だ。だからこうして、相手から友好関係を築こうと、声を掛けて来てくれるのは、素直に嬉しい事だし、実にありがたい。俺もそれに乗じて会話を弾ませるのだ。
「志水君で、いいかな? それにしても、校長先生の話は長い」
「高気でいいぜ、佐伯。でも、校長の話が終わったら、入学式も終わりだ」
「だな、高気。その後は確か、ホームルームだったなかな」
他愛のない会話ではあるが、良い流れではあると感じる。名前で呼ばせて貰えるのも、中々に気分が良い。席も近いし、彼との関係は深まるだろうと、確信を得た俺は、つまらない学校長の言葉へとまた、耳を傾け直す。順調なスタートダッシュに自然と笑みが零れる。
◆◇
入学式が終わり、今はホームルーム。1年A組の教室は3階の右端に顕在している。 クラスの人数は43人。俺の席は教卓に背を向けて左の二列目。後ろから数えて2番目の席だ。俺背後には、志水 高気が座る。席がもう1つ、後ろにずれていたら危なかったと内心、安堵しながら俺は志水 高気の机に目をやった。彼はまだ来ていないようだ。俺は改めて教室の全体を見渡す。 男子と 女子の比率は同等くらいだろうか。やはり慣れない環境、皆それぞれ、個々の作業に専念しているように見える。互いが互いを知らず、張り詰めた空気もまた新鮮に感じる。すると突然、ドスンと重い音が耳に入った。音源の方向に目を動かすと、彼、志水高気が、随分なサイズの荷物を降ろしているところだった。
「それ、なに? 」
俺の率直な質問に、志水は自身の荷物を見直し、快く答えてくれた。
「あぁ、これか。野球で使う道具が入ってる。グローブやら、ボールやら、ユニフォームやらだな。俺は、特待で入ったんだ。A特待でな。ここの監督はどうやら俺の力が欲しいらしい。今日からの練習は、ちょっとキツイけどな」
なんか自慢げだな。しかし、野球だったか。やはり人は見た目で判断しかねるな。A特待だと、授業料は、全額免除だとパンフレットには記載されていた。どうやら、志水の野球の腕は確からしい。
「凄いんだな、お前。それで、どっちなんだ? 」
「ん? 何がだ? 」
志水の疑問形の返事に、こちらが疑問を持ったが、自分が主語をつけ忘れていることに、今更気が付く。
「あぁ、悪い。その、ポジションって言うのかな?ピッチャーとか、キャッチャーとか」
志水は、この質問を待っていたかのように、両目を見開いて、机から身を乗り出して答えた。
「俺はな! ピッチャーをやってるんだ! ストレート140キロ出せる! 」
「おぉ、凄いな」
「あとな! バッターもやってる! ホームランとか打てるぞ!」
「おぉ、二刀流か。凄いな」
「だろ! スゲーだろ! 」
「あぁ。凄い凄い。ホントにスゲーよ」
俺の反応が、徐々に雑になって来ているのに気付かないのだろうか。自己主張の強い人は嫌いではないが、得意でもない。自身の感情を、表に赤裸々に出来る人はそういない。その点では、敬意を表するが、決まってうるさいという難点もある。
自慢話を続けようとする志水だったが、教室に先生が入って来たのを境に、彼の話は止まる。眼鏡が似合う、若い男性教師だった。
だが俺は、入って来た教師に違和感を抱いた。
「なぁ高気、俺らの担任の名前って、たしか高村 美樹だよな。なんで男の先生が来たんだ? 」
俺の疑問に、志水も納得したらしく、同じように頭を抱える。
「言われて見ればそうだな。なんでだ? 」
しかし俺らの疑心は、生徒に着席の合図を掛けた男教師により、直ちに解決された。
「えー皆さん、入学おめでとうございます。僕は1年、数学担当の笠間です。本日、1年A組担任の、高村 美樹先生は、風邪の為お休みしています。変わって、僕が連絡事項をさせて頂きます」
なるほど。入学式当日に風邪なんて、運のない教師である。対面するのは明日か明後日になるだろうか。
初日から、自身の担任の顔を知れないのは、少し残念であるが、高村先生も風邪を引きたくて引いたつもりもないだろうし、俺はこれ以上の中傷になる発想を強引に抑え、 笠間先生の話に思考を向け直した。
「昼からは部活動紹介があるので体育館に集まって貰います。これで今日の予定は終了です。では今から体育館に移動しましょう」
もちろん俺は、部活動になど興味は無い。しかし
部活動紹介は絶対参加だそうなので、行くしかない。少し面倒くさくはある。先程、元気の良い志水に、『おい佐伯! 野球やろうぜ! 野球! 』なんて、お熱い勧誘を受けたが、野球はこれっきりダメなので、これをまた、丁重に断っておいた。
◆◇
部活動紹介は1時間弱で終わるそうだ。体育館に移動し、腰を下ろした俺は、前方のステージを眺める。
始まった部活動紹介を、ボーっと眺めながら、俺は志水に声を掛けられたことに気が付く。
「なぁ、佐伯。お前はどの部活に入るんだ」
「いや、俺は部活には入らないよ。どの部にも好奇の目がいかないものでね」
しかし直後、志水の笑みがハテナの顔を作った。俺は、何も問題になる発言はしなかったはずだが、どうしたのだろう。
理由は直ぐに判った。俺はこの後、志水の一言により、驚きの表情を隠せなくなる。
「なに言ってるんだ佐伯。うちの学校は全部制じゃないか」
ん? 全部制? 何かの聞き間違いだろうか。俺は一瞬、意味が理解出来なかった。というか、認めたくなかった。
「まて高気、全部制って、パンフレットには書いてなかったぞ? 」
「パンフレットに書いてたかどうかは知らないけど、校長、入学式で言ってたじゃん? 」
「言ってた? 校長先生が? 」
「あぁ。言ってた言ってた」
俺は学校長の話を聞き逃したのだろうか。そう悟り、学校長の挨拶を懸命に思い返した。
『 えー、であるからして、新入生の皆さんには是非、短い高校生活を満喫して頂きたい。えー、本校では部活動にも力をを入れておりー、全部制として――』
全部制として......。あ、言ってた気がする。しっかりと言ってたような気がする。いや、えー、俺がスルーてしただけ? え、じゃあ俺、どうすんの? 目ぼしい部活もないし、なんにも入れないじゃん。
部活動紹介が続く中、俺は自身の行く末を狼狽しながら、それでも、必死になって模索した。
だがここでもまた、志水による一言が、更なる追い打ちを、俺へと襲わせる。
「あ因みに、部活に入らない奴は、校長の趣味を手伝わされるらしい」
「......校長先生の趣味って、何? 」
「盆栽」
お互い、しばしの沈黙。あぁ、お爺さんか。お爺さんじゃないか。どうして俺が校長のお爺さん趣味を手伝わなきゃならん。一緒に盆栽やってたら、俺の精神年齢までおかしくなるぞ。
俺の反応を気にも止めず、志水は調子付いて口を動かし続ける。
「でも凄いんだぜ? 校長の盆栽を手伝ってる生徒は、年に3回行われる、高校生盆栽技能大会で必ず優勝するらしい」
「ガチじゃねーか」
「そうなんだよ。皆最初は毛嫌いしてたらしいけど、やって行く内に心が浄化されたみたいに盆栽と向き合うようになってさ。「盆栽サイコー」って、狂ったように言うんだぜ? 」
「洗脳か......」
「終いには、爺さん言葉になるし、話は遅くなるしで、生徒は皆、盆栽部と聞くと引いてしまうらしい」
「やっぱ洗脳か......。てか盆栽部って、もう部活じゃねーか」
「だよな。佐伯も盆栽やりたくなかったら、しっかり部活を探すことだな! 」
笑いながら説明をする志水に、だんだん腹が立ってきた俺は、喋り続ける彼を無視して、部活動紹介へと体を向け直した。
盆栽......。盆栽だけは絶対にやりたくない。これは何としてでも部活動に入らねばなるまい。
決意の実った俺は、入る部活を探すべく、部活動紹介へと身を集中させた。
だが。盆栽が、盆栽部が、頭を離れず、部活動紹介は、何一つ耳に入るものはなかった。
◆◇
部活動紹介が終わり、俺ら1年A組は、教室に戻り、帰宅の支度をしていた。
部活が見つからず、盆栽部に入るしかないのかと、決意が揺らぎつつある俺の前に、志水が、スポーツバッグを持って歩いて来た。
「その様子だと佐伯、部活見つからなかったみたいだな! 」
「エスパーかお前? でもまぁ、見つからないもんはどうしようもないよ」
未だ思考が完全回復していない俺は、志水の話を流すようにしか聞けなかった。しかし、
「俺はこの後仕事があるから一緒には行けないが、まだそこらで部活動勧誘やってるみたいだぞ? 行ってみたらどうだ? 」
部活動勧誘を、まだ行っていると。その言葉が逃げないように、俺は反射的に耳を両手で塞ぐ。
「本当か? 助かったぞ高気! 」
志水から、本日初の、ためになる情報を聞くことが出来た。俺は急いで鞄に荷物を詰め込み、足早に教室から出ていく。
「じゃあな高気! また明日! 」
調子の戻った、明るい顔の俺の見て、志水も大きな笑みを返してくれた。
「あぁ! また明日な! 」
◆◇
「さて」
俺は鞄を持った右手を肩に乗せ、左手をズボンのポケットに突っ込み、部活動勧誘をしている中庭へと脚を運ばせた。
「おぉ、やってるやってる」
中庭では、恐らくほとんどの部活が勧誘を行っているだろう。それぞれ、多くの部活動生が、部のユニフォームを来て、看板を掲げたり、メガホンで叫んでいたりする。
とびきりうるさい声で勧誘をしている部が目に写る。
「野球部......。ん? 叫んでるの高気じゃん。仕事ってこれだったのか」
何処でも元気溌剌な志水に、再度関心をしつつ、俺は気を取り直して部活を探し始めた。
1.サッカー部。
「そこの高校生! 一緒に青春の雨をあびないか! 」
青春の雨とは、くっさい汗水のことなので、優しくお断り。
2.柔道部。
「そこの小僧、強くなりたくはないか? 」
口が悪いので、しっかりお断り。
3.卓球部。
「テーブル界最速の球を生み出さないか? 」
卑猥な意味に聞こえたので、真顔でお断り。
4.バトミントン部。
「スマッシュの最高は時速400キロ以上だ! 」
怪我しそうなので、露骨に痛そうな顔でお断り。
5.剣道部。
「剣道修練の心構え。剣道は剣の理法の修練による、人間形成の道である」
臭いので、普通にやだ。
6.筋トレ部。
「女の子に、モテモテだぜ! 」
脳筋野郎はお帰り下さい。
7.テニス部。
「錦織 ○ みたいになりたくはないかい?」
君達、テニスを語れる資格あるの?
8.陸上部、短距離。
「ボル○みたいに......」
お前らもか。
9.陸上部、長距離。
「インターハイ、目指そう! 」
一番妥当な勧誘だが、テレビで、走って疲れて顔がすごい事になってるのは、いつも見てて、直ぐにチャンネルを変えてしまうくらい嫌なので、ごめんなさい。
10.茶道部。
「心を、体を、静かに、落ち着かせ......」
読書で間にあってます。
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何故だろう......。入部に思い至るまでの部活が、ひとつも見つからない。ここまで探しているのに。
さすがに、途方にくれるしかなく、俺はベンチに向かい、気だるいため息を漏らし、腰を落ち着かせた。
部活動は、強制するものではないと思う。高校生活の思い出作りの為とか、人として大きく成長するとか。得られるものも多いだろうけど、かと言って強制させる事で、困る人もいるのではないだろうか? 必ずマイナス部分も存在するはずだ。
今頃、意味のない思考を繰り返し、俺の気力もどんどんと削られていく。もはやだるい。少し休もうか。それからもう一周、回るとしよう。
夕暮れ時に、俺は目をつぶり、ベンチに体を預ける。
そこに、ヒラヒラと、紙が風に揺られる音が聞こえてきた。飛ばされて来たのだろうか? 直ぐに何処かへ飛んでいくだろう。そう思っていたが、どうやら違うようだ。揺れる紙の音は、俺の近くでずっと鳴っている。さすがに気になり、俺は片目を開いて、その音の方向へと目をやる。
俺の目の前に、紙があった。誰かが握っている。紙には、【入部届け】と、書いてあった。
入部届けを握っている人は誰なのだろう? 正体を探ろうと、俺は顔を上げる。
女の子だった。身長は、それほど高くない。肩まで届く長い髪は優しいクリーム色。風に吹かれて、横へと靡いている。顔は、後ろから日で照らされていてよく見えないが、有無を言わさぬ美貌だと、心で感じとれた。
彼女は、俺に入部届けをつき出したまま、この先、俺が忘れることのないだろう言葉を、小さな口で、はき出した。
「好きです。......入部して下さい」
うん。わけが判らん。