第4話 伝説の舞台裏
アーネリア王国にはひとつの伝説がある。
国の名前の元になった聖剣アーネリアを振るい、魔族の脅威を切り払った英雄の伝説である。
建国王アーネリア1世はかつて聖岩に突き立った剣を引き抜き、聖剣の主となる事で勇者と認められ、魔王を打ち倒す偉業を為したらしい。
神官と供の騎士達が見守る中、後の建国王は『選定の剣』を見事に引き抜き、魔王を倒す力を得たのだと。
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「元々、聖剣は神や精霊のような超存在から授かったのではない。神殿が魔王に対抗すべく古の叡智により精製したものなのだ」
当時の神殿が挑んだのは魔王や配下の高位魔族と戦うための武器の創造。
開発は困難を極めたが、当時の術師がとある発想に活路を見出した。
『恒常的に強い武器を作ろうとするから難しいのであって、ほんの一瞬、短い間だけ凄い威力を発揮できる武器にすればいいんじゃね?』
それは言うなれば、蝋燭が燃え尽きる寸前に最も輝くような発想。
燃費を度外視し、ランプに火を灯すよりもランプ瓶の油を地面にぶちまけて火を放った方が瞬間の火力は強いという発想。
「宵越しの銭は持たない、刹那的な生き方っぽいですね」
「こちらには実利があったのだがな」
結果、聖剣は武器としての威力を極めるも、耐用年数は最長で2年。
戦時は数ヶ月で使い潰す事も珍しくなく──つまり建国王の時代から消耗品だったのだ。
「剣の魔力が切れれば壊れ、折れる事もある。そのため聖廟の岩に突き立てられた剣も定期的に交換しているのだが、今回折れたのは魔力量の不備、不良品による事故だな」
「そんな軽く言われても」
なんだかせつない。
「まあ、聖剣が人の手で造られた凄い剣だったのは分かりましたけど」
おおよその疑問は晴れてきた。
しかし疑問の解消で新たな疑問が生まれる。
国の成り立ちに関わる、大きな疑問。
「それがどうして、あんな伝説の作り話をする羽目になったんです?」
事実、聖剣の存在は魔王の討伐に貢献したのだ。
その功績は計り知れず。
しかし伝説上、神殿は神の授けし聖剣に建国王を導く役割を果たしたに過ぎない扱いである。
「後世への箔を付け、建国王の治政を世に認めさせる目的もあったが」
が?
「一番の理由は『聖剣の秘密を守るため』だ」
秘密を守る?
いや、作り話をしたから隠すべき嘘が出来たんじゃないだろうか。
「木こりよ。聖剣が天からの授かり物ではなく、神殿が作り出せる代物だと皆が知ればどうなると思う」
「え、えーっと、剣士の人は作って欲しがるんじゃないでしょうか」
魔王を倒せるほどに凄い剣である。
剣士であれば、いや、戦いを生業とする人ならば誰でも欲しがるに違いない。
「それは副次的な事だな。もっと大きな問題がある」
「?」
「それはな、『魔族や魔王の信奉者達が神殿を狙う』事だ」
魔王を倒せるほどの剣が人の手によって造り出せる。
逆に言えば、神殿を滅ぼせば魔王に対抗できる剣はこの世から消滅する。
その製造方法さえ失わせれば。
「魔王の脅威は去ったが、それが永遠である保障はない。現に魔族は未だ地上に存在し、魔王を信奉する狂信者もまた世を乱している」
そのため聖剣と名付けたそれを『天から与えられた唯一無二の神器』と祀り上げ、大国の聖廟で飾り立てる事にしたのだ。
大陸随一の軍事力を有したアーネリア王国に。
魔王の尻尾達が聖剣を付け狙っても、力でねじ伏せられる国の真ん中に。
「アーネリア王国は聖剣を守る囮となる事で魔王討伐後も神殿の協力を得る事になった──これは建国王と当時の大司教猊下が取り決めた誓約である」
伝説は作り話だった。
しかしその作り話は当時の、そして今なお続く一応の平和を守るために腐心されたものだった。
「──となると、神託で神殿まで歩いて来いって言ったり」
「我々に過度の介入や干渉を禁じたのも?」
「剣の折れた理由に見当がついていたからだ」
シキョーさんの回答は淀みない。
「よって国の大事にする必要はなく、しかし事情を知らぬ者達に対し『神殿が啓示を受けて何かしらの対処をしている』ポーズと時間が必要だったのだ」
「……もしや陛下もこれらの事情はご存知で」
「無論だ。アーネリア王家と神殿は共犯関係にあるのだからな」
あ、なるほど。
僕は軟禁部屋で会った王様の様子を思い出す。
あの時の王様は全く慌てていなかった。
あれは聖剣が壊れる物だと知ってたからこその落ち着きだったんだ。
そしてサンジカンさんに丸投げしたのも、時間が経てば解決する事だと分かっていたからだ。
王家と神殿の秘儀を守るためとはいえ、彼もまた僕達と同じく真実を知らず空回りをさせられた囮だったのだろう。
王家がする必要のない対処を何かしているポーズとして。
「サンジカンさん、かわいそう」
「──これで全ての疑問は解消したかね」
半ば強引に口を開かせた割にシキョーさんも満足げな表情をしていた。
秘密というのは抱えているだけで心の重荷になるという。
気兼ねなく他人に話せる機会を持った事で、彼もストレスの発散になったのかもしれない。
「最後にひとつ。選ばれた者しか引き抜けない『選定の剣』、あれも王様の権威付けに考えたんですか?」
建国王に倣い、今なお国内で執り行われている儀式。
聖剣の伝説は作り話だったが、剣が岩から抜けないのは事実なのだ。
あれはどういうカラクリなのか。
「いや、あれは相性の問題でな」
「相性?」
「聖剣は人造の使い捨てではあるが、魔力の波長が合う人間にしか扱えないのは事実なのだよ」
誰もが等しく扱える汎用性を取り払った結果、波長の合う人間が使うと飛躍的に性能が伸びた反面、波長の合わない人間は鞘から抜く事も出来なくなってしまった。
「建国王の子孫達も大半は聖剣を扱えなかったらしいが、これも秘密だぞ?」
「口外したら首を刎ねられそうな真実を挟まんでくださいませんかねえ!!」
しかし万が一、魔王が復活した際に誰も聖剣を扱えないのは大問題。
そのため剣を扱える人材を念のため確保する事を目的とした儀式が行われるようになった、それが『選定の剣』の儀式。
つまり『抜剣者』が城に招かれるというスティーブの話も本当だったのだ。
「いざとなれば剣の精製法を見直し、魔力の波長を調整する事になるが」
「何故そうしないんです?」
「調整の結果で剣の形状が変わるかもしれん」
「……は?」
「それだけ今の聖剣が絶妙なバランスで造られておるという事だ。ひとつを弄った余波が他の箇所にどんな影響を及ぼすのか、想像できぬほどにな」
長年を懸けて完成させた聖剣の精製手順。
しかし元々は魔王に対抗するための『武器』の精製が目的で、その形が剣になったのはたまたまである。
「今も武器の研究は続けておる。しかし合金の比率を1%変更しただけで魔力保有量が大幅に下がったのだ。易々と出来る事では無いのだよ」
不可侵な部分に手を加えるとなると能力の低下、下手をすれば剣の形状では性能を発揮できなくなる可能性すらあるらしい。
「『突然聖剣が槍に変わった!』などという騒ぎは避けたいからな」
ひとつの事情、ひとつの嘘にも色んな思惑が絡んでいた。
世界の、歴史の舞台裏もなかなかに複雑怪奇であるようだ。
出来ればこんな大事に関わらず人生を過ごしたかったが、いずれにせよもう終わった事。
「では改めて、預けた聖剣を大神官に届けてくれ。後は事情を知る彼が上手くやってくれるだろう」
妹よ、兄の帰りを待ちわびる妹よ。
僕達の旅はこうして終わったんだ。
村に戻ったら色々話してあげるとしよう。
全ては話せないけどな、首とか刎ねられそうだし。




