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1−10 そして、私はサブの職業が変わりました。


 邪神って……ゲームに似た世界だから有りなの? いきなり神とか、どうなのよ。しかも、邪神って、相当やばい感じしかしないのだけれど。

 これは、匂いや煙りが嫌だとか言ってる場合じゃないと思う。こんな危なそう物は、さっさと燃やしてしまおう。


 今の私に出来る最大の攻撃、【火炎魔法】を使おうと片手を伸ばし、スライムの時と同じように叫ぼうとするが……。


「もぉえ……あっ! 駄目よ、キキ。危ないから……」


 途中で、慌ててキャンセルする。

 胸当ての隙間から飛び出したキキが、邪神の触腕に向かって、走っていくのが見えたのだ。


 危なぁ!

 危うく、キキ諸とも燃やしてしまうところだった。


 けど、私が制止の声を掛けた時には既に、キキは邪神の触腕にかじり付いていた。

 私に、良いところを見せようとしてるのかしら。


「キキ! そんなばっちい物に齧り付いたら、お腹を壊すわよ!」


 キキは頭を上げ、きょとんとした顔をこちらに向ける。


「ほらっ、早く戻って来なさい」


 だが、私の再度の呼び掛けに、ようやくキキがこちらに戻って来ようとした時、それは起きた。


「ぎゅちゅり……」


 動きを止めた触腕から、禍々しい異様な音が鳴り響き、部屋の中にこだまする。それと同時に、本体から切り離され、濃い緑色の体液を滴らせる傷口から、ずるりと、蛸に似た頭部が現れた。そして、触腕の至るところから細い糸状の触手が無数に飛び出し、ぬちゃぬちゃと揺らめく。その触手がキキに伸びると、その体に絡み付いた。


「キキ!」


「キュウ!」


 キキは、自分の体に纏わり付く触手を、噛みちぎり引き剥がし抜け出そうとするけど、それ以上の触手に絡み付かれ、上手くいかないようだ。

 見る見るうちに、触手によってキキはぐるぐる巻きにされていく。


 あぁ、キキ……。

 このままだとキキが……どうしよう。

 火炎魔法を使うと、キキまで一緒に燃えてしまうだろう。それ以前に、火炎魔法が効くのかどうかも分からない。自分の安全を考えるなら、さっさと、この場所から逃げ出すのが正解なのだろうけど。

 それだと、キキが……。


 邪神の触腕とキキに目を向けると、キキは苦しげに顔を歪め、逃げ出そうと激しくもがいているが、じりじりと触腕の方に引き寄せられている。

 その先には、無数の吸盤の内側に並ぶ、鋭く尖った歯が、ガチガチと音を鳴らしていた。


 もう、時間がない。

 思い悩む私はそこで、はっと思い付く。


 そういえば、最初に見掛けた蜘蛛に似た魔物を弓で倒した時、集中して相手を見詰めると、弱点だと思える場所が赤い光点となって見えていた。


 もしかして、この邪神の触腕にも……。


 焦る気持ちを落ち着かせるため、一回、目を閉じ深く深呼吸して弓を手に取る。そして、矢をつがえ弦を引きながら……。


「平常心、平常心……」


 と、口の中で舌の上に転がしぶつぶつと唱える。すると、焦る気持ちや恐怖心といった邪念が、すうっと、潮が引くように消えていく。

 それは、細波さざなみひとつない湖面のように、濁りの無い澄みきった心。そして、未だかつて、味わった事もない、集中力と高揚感をもたらす。


 ――これなら、いける!


 そこで私は、かっと瞼を開けて、願いを込めて邪神の触腕を見る。


 しかし……。

 赤い光点は、どこにも見えなかった。


 当然といえば当然。ゲームに似た世界とはいえ、相手はかりにも神の名を冠する怪物。この世界に来たばかりの、右も左も分からない私が、どうこう出来る相手ではないのだろうと思う。それに、いつもなら、あぁしろこうしろと煩いチューさんが沈黙している。それは、今の私ではどうにも出来ない相手だという事なのだろう。


 ――だけど……。


 キキは今しも、触腕に食べられようとしている。


 ――このままだとキキは……。


 あの柔らかそうな頭部を狙えば或いは……。

 がっくりと気落ちして乱れる集中力を、強引に引き戻す。

 そして、引き絞った弓を、きりきりと音を鳴らして更に引き絞る。


 ――お願い!


 一縷いちるの望みを掛け、駄目もとで弦から指を離そうと……。


「あっ!」


 その時、私の周囲で、青白く輝く無数の炎が現れ、飛び交い乱舞する。それは、私が先ほど唱えようとしたけど、キャンセルして霧散したはずの【火炎魔法】の魔力。この部屋に漂うその魔力の残滓が、私の願いに呼応して白熱して燃え上がると、番える矢に集まり吸収されていく。

 瞬く間に、周囲の魔力を集約した矢柄が、燃え上がるように白熱して白光する。


「……これは、一体?」


 驚いている私に、突然、沈黙していたチューさんからも、メッセージが届く。


《新たなスキル、【神火矢】を獲得しました。それに伴い、サブの職業、『弓師』が『神弓師』に変化します。エキストラクエスト、『邪神の触腕を討滅しよう』が、新たに発生しました》


「ほえぇ……何それ」


 色々と突っ込みたいところだけど、今はそんな時間の余裕はない。

 チューさんがメッセージを届けるという事は、私にも、あの触腕を倒せる目が出たという事なのだろう。

 それを信じて、触腕の頭部に狙いを定める。


 私の気合いに共鳴して、キリキリと、弦が甲高い音を鳴らす。番える矢柄は、今はもう、周囲の漂う魔力を取り込むだけでなく、私の内部からも魔力が流れ込み、部屋中を圧するばかりに光輝いている。


 邪神の触腕はキキを拘束したまま、その光を嫌ってか、私から遠ざかろうと後ずさっている。


 ――いける、今度こそいける!


『弓は当てるものでなく、当たるもの。離れの時には、当てようと思わず自然の流れで離す』


 師範の言葉を思い出す。


 ――そう、力まず自然に……。


 私は、邪神の触腕を睨み据えたまま、無意識のうちに自然と離れを行っていた。


「キイィィン!」


 それは、いつもの風切り音と違い、金属音にも似た、もっと甲高い音を鳴らして空間を切り裂き、触腕の頭部へと吸い込まれる。


『ギギギギィィィィィィ!』


 邪神の触腕は絶叫すると、矢が貫いた頭部から光の粒子へと変わり、その体をぼろぼろと崩していく。キキを拘束していた触手も、触腕の全て、全身が崩れていくのだ。


「キュウ!」


 拘束から解かれたキキが、喜びも露に鳴き声を上げて、こちらに駆け寄って来る。


「良かったぁ、キキが無事で……」


 邪神の触腕を倒した喜びよりも、キキの無事な姿にほっと安堵して、一歩前に踏み出そうとするけど……。


 あっ、駄目だわ、これ。


 全身から力が抜け、膝から崩れるように床に倒れてしまった。


《エキストラクエスト、『邪神の触腕を討滅しよう』を達成しました。エキストラボーナス……》


 チューさんが何か言ってるようだけど、上手く聞き取れない。


 倒れた拍子に床に生える光り苔が頬にこびりつき、「うわっ、汚い。先に床を掃除しとけば良かった」などと、遠のく意識の中で思いつつ、「触腕であれだから、本体の邪神のいる湖には二度と近付かないでおこう」と、考えるのを最期に意識を閉ざした。


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