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Dear Killer  作者: 野良丸
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親愛なる殺人鬼へ




 一年前に突如出現した鬼型のヒトツメにより、日本は大混乱に陥った。真っ先にEYES本部が襲撃され、あっけなく壊滅。その後は都内の学校や各地のEYES支部を襲撃、そのどれもが、為す術なく壊滅した。

 日常の劇的な変化は人々の心に様々な感情を植え付け、殺された人の数と比例するようにヒトツメが増えていった。

 海外へ避難した日本人も少なくはない。しかし、海外でも、グリフィン、ケルベロスなど強大な力を持ったヒトツメが増加しており、この世界の未来は見えつつある。

 先進国としては最も早くヒトツメに乗っ取られることになるであろう日本の地を、羊介はコートを靡かせながら歩いていた。

 九州、福岡。西日本は完全にヒトツメの地と化し、ここもそれは変わらなかった。民家は全て潰され、アスファルトはところどころ抉れている。人はもちろん、犬や猫の姿すらなかった。

 ようやく目的地が見えてきて、疲れたように短く息を吐く羊介の背後には、道標のようにヒトツメの死体が転がっている。

 もともとはカラフルだったであろう色褪せたゲートをくぐり、遊園地に似付かわしくない暗い雰囲気の園内を進んでいく。

 外のように建物や遊具が破壊されているようなことはないが、ただそのまま朽ちていく遊具やアトラクションが余計に暗い雰囲気を醸し出しているような気がした。

 不意に、羊介が足を止める。

 次の瞬間、二十メートルほど前方で突如轟音が鳴り、砂煙が舞い上がった。

 羊介は不敵な笑みを浮かべて、砂煙の中心にある人影に話し掛ける。

「よう、大量殺人鬼」

 砂煙が徐々に晴れて露わになったのは、巨大な単眼と黒い身体。しかしその形は人間そのもので、長い黒髪は風に靡き、衣服を纏っていない身体を見ると、若い女性であることを示す身体的特徴が節々にある。ただ一箇所、額の上部から二本の短い角が生えており、このヒトツメが人型ではなく鬼型と呼ばれているのはそのためだった。

「なに貧相な身体さらけ出してんだよ。殺人鬼のうえに露出狂か、テメーは」

『名雲さんに言われたくないです』

 そんな返事が羊介の脳裏に浮かぶが、鬼型ヒトツメはただ威嚇するように低い唸り声をあげるのみ。

「まぁ、久し振りに退屈は紛れそうだ」

 羊介の言葉に応えるように、鬼型ヒトツメは姿勢を低くして地面を蹴った。一瞬で羊介の目の前まで移動すると、小さな拳を振り下ろす。羊介が横方向に揺れるように避けると、鬼型は空中で拳を突き出した勢いのまま身体を捻り、無茶苦茶な体勢から踵蹴りを放った。

『久留米沙奈の本当の力は治癒ではなく吸収だった』

 繰り出される攻撃を避けながら、羊介の脳裏にはEYESの研究員を脅した際に白状した言葉が浮かんでいた。

『鬼型ヒトツメの驚異的な力は能力によるものではないかと我々は見ている』

 その細い腕は蜘蛛の脚のように素早く動き、一撃一撃が象のように重たい。鷲のように空を飛び、時にはペガサスのように空陸問わず駆ける。

 単純な身体能力だけなら、羊介が互角に戦えるのはスピード程度だろう。しかしヒトツメは人間ほどの知能を持たず、そして、鬼型ヒトツメはこれまで、自分のスピードについてこられる敵と戦ったことはない。そこに生じる隙を、羊介は待っていた。

 そして、その時は早くも訪れた。顔に向けて一直線に放たれた左拳を、羊介は斜め下から振り上げた右拳で迎え撃つ。人間の身体でコンクリートを殴ったような硬度の肌に、羊介の拳が割れ、激痛がはしった。しかし、鬼型ヒトツメの左拳は大きく跳ね上げられて胴体が露わになる。

 すかさず羊介は左拳を振り上げた。端から胴体などを狙うつもりはなく、顔面の半分を占める大きな単眼に向けて拳を放つ。しかし、それを阻むように右腕が間に入り込んできた。当然、それも予測済みだ。目を狙う作戦に変わりはないが、そこらのヒトツメのように目だけを潰して殺せるとは羊介も思っていない。少なくとも、腕の一本は潰す必要があると見ていた。

 そう考えていた、筈だった。

『ふふ』というわざとらしい笑い声が脳裏に蘇り、気付けば羊介は寸前のところで攻撃を止めていた。

『リハビリは終わりました。前と変わりなく動かせるようになりました』

 その隙を鬼型ヒトツメが見逃す筈もなく、羊介は大きく殴り飛ばされる。

 地面を転がりながらも体勢を整えて立ち上がった羊介は、鬼型ヒトツメを見たまま、喉を鳴らして可笑しそうに、どこか自嘲的に笑う。

「おいおい、何やってんだ俺。大馬鹿野郎だな」

 前髪を掻き上げながら言うと、右手のヒビが埋まっていった。

「いや、まぁ分かってたことか」

 その間も、羊介の言葉は止まらない。

「人間のままじゃあ、お前を殺すことは出来ねーってな」

 限界など省みずに黒硬質化を進行させる。

『言っただろ。力む必要も、何か特別なことを意識する必要もねぇ。敵に対する感情全てを、怒りも、恐怖さえも殺意に変えて、ぶっ殺せ』

 いつだか悠生に言ったことが脳裏をよぎる。

「お前と一緒に世界をぶっ壊すってのも悪くねーけど、約束しちまったからな」

 羊介は退屈をまるで感じさせない笑みを浮かべた。

「さぁ遊ぼうぜ、殺人鬼」

 敵に対する全ての感情を殺意に変えて、羊介は強く地面を蹴る。

 靡くコートのポケットから、薄汚れた洋封筒と色褪せたチケットが滑り落ち、そっと宙を舞った。




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