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Dear Killer  作者: 野良丸
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プロローグ~少年~


 Dear killer


 この手紙を貴方が読んでいるということは、私は既に貴方に殺されたのでしょう。

 私は今、雪を見ながらこの手紙を書いています。

 そういえば、貴方と初めて会ったのも、雪の降る日でしたね。





 格安アパートの窓から見えるのは、隣家の薄橙色の壁のみ。しかし今日は、その僅かな隙間にぱらぱらと雪が舞い落ちていた。

『今日から全国的に大雪となります』と告げるアナウンサーにリモコンを向ける。チャンネルが切り替わると、画面の左上には連続殺人の文字。右上にはあからさまに険しい表情を浮かべるタレントの姿が映っている。

『中学生、高校生、主婦、OL、会社員、有名ラーメン店の店主など、被害者に繋がりはなく、しかし同様の手口、同じ形状のナイフによる犯行であることから、無差別殺人として――――』

 ナイフや被害者の写真を映す在り来りな構成。三人掛けのソファに足を開いて座っている高校生くらいの少年がつまらなそうにリモコンを向けて――、ふと下げた。その目は、画面の左上にあるテロップに向けられている。

『人望厚い医師の死に……』

 テロップを追うように画面も切り替わり、四十代の男と少し若い女の写真が映し出される。

『医師の松川善朗さん、妻の由美さんは、二週間前に二人で外食に出掛けた際、何者かに命を奪われました。善朗さんは、五年前に前妻、春佳さんを殺人事件で亡くしながらも、一人娘の智代さんを男手一つで育ててきました。一年前、知人の紹介で由美さんと出会い、事件の一月前に婚約。また新たな家庭を築こうという家族の未来は、理不尽に奪われました。この写真は、善朗さん、由美さん、娘の智代さんの三人で北海道へ旅行に行った際の写真だそうです。三人で撮ろうと言ったら、娘が『私が新婚さんを撮ってあげる』と言って撮影したものだと、嬉しそうに知人に見せていたそうです』

 少年は不意に立ち上がり、椅子に掛けてあった薄茶色のコートを手に取って羽織った。テーブルの上にあったスマートフォン、イヤホン、財布をポケットに突っ込みながらもテレビの音はしっかりと聞いている。

『その手口から、警察は連続殺人事件として捜査を進めています。善朗さんは、入院患者の方々や職場の方からも信頼される医師でした』

 少年が顔を向けると、入院患者だろうか。顔は出ていないが、病衣を纏った老人が映り、松川医師について話し始めた。いつも親身になって話を聞いてくれる、どんな患者にも嫌な顔を見せないなど、こんな状況でもなければ本当かと疑ってしまうほどのことを。

『当番組では、善朗さん、由美さんの告別式に参列された方にお話を伺うことが出来ました』

 再び画面が切り替わり、今度も顔は見えないが、中年の小太りな女性が映し出された。

 少年はキッチンへ行き紙コップを取り出すと、蛇口を捻って水を一杯飲む。その横に置かれた食器乾燥機の中には大型のナイフが置かれている。

『告別式はどのような様子でしたか――?』

『……はい。もう誰も、泣いていました。特に娘さんはずっと泣きっぱなしで、途中、親族の方に連れられて退席することもありました』

 少年はナイフに目を向けるが、すぐに逸らし、ソファの上に投げてあったリモコンを取るとテレビの電源を切った。

 スマートフォンで同じ番組を映し、イヤホンをして音声だけを聞きながらポケットに戻す。短い廊下を歩き、玄関の棚上に置いていたニット帽を被ると、少年は外へ出た。

 まだ大雪というレベルではないが、寒さは今年一番だ。少年はポケットに手を突っ込み、錆びた階段を下りていく。

 アパートに面した細い路地を抜けると大きな通りに出る。近くにコンビニやスーパーもあり、立地条件は悪くない。事故物件でなければ家賃ももっと高かっただろう。

 とりあえずの目的地であるバス停は、歩いて五分ほどのコンビニのそばにある。

なんでこんなことをしたのか犯人に問いただしたいと語調を強める中年女性の言葉を聞きながら、少年はバス停で足を止める。椅子に座らないのは、屋根を避けて入ってきた雪がうっすらと積もっているからではなく、こちらに曲がってくるバスが見えたからだった。

 雪のせいで少し遅れるかもと思ったが、感心だ。

 そんな満足感を毛ほども顔に出さないまま、少年はバスに乗る。二月上旬の休日。バス内はそこそこ埋まっていて、少年は前から三番目の一人用の席に腰を下ろす。

 バスがゆっくりと発進した。流れていく景色を見ながら、少年はニュース番組に耳を傾ける。

『先日、都内で、連続殺人事件の被害者遺族による集まりが開かれました。遺族の方の中には、両親を亡くしたばかりの松川智代さんの姿もありました。智代さんは落ち着いた様子で犯人の早期逮捕を願っていた、とのことです。……はい』

 画面がスタジオに戻ったのだろう。先程まで険しい表情を浮かべていたタレントの声が飛ぶ。

『……なんというか、もう、本当に早く捕まってほしいね』

『本当に……』

『なにか目撃情報とかないのかな? 犯人像もまだ分かってないんでしょ?』

『少なくとも、公開……は、されていませんね。犯行に使われる凶器が大型のナイフであることくらいしか共通部分はなく、犯行時刻や被害者はバラバラとなっております。さて、この事件の犯人に関して、犯罪心理学の研究者でもある影森さんはどう見られますか』

『はい、そうですねぇ。まず、犯人は計画的に殺人を行っているのか、それとも突発的に行っているのか。これは、おそらく後者、突発的な犯行でしょう。計画的というには余りにも杜撰、目撃者がいないことが奇跡とも呼べる犯行がありますから』

『でも凶器は同じなんですよ?』

『そう』

『凶器が同じならやっぱり最初から殺す気でいるんじゃないかな』

『いや、違います。そこが、この犯人の恐ろしいところなんです。アメリカのシリアルキラーの言葉に『殺したくなったから殺した。そうしたらいつの間にか二十人以上殺していた』という言葉があります。おそらく、この事件の犯人はいつも凶器を持ち歩いているのだと思います。そのシリアルキラーのように、殺す気になったらすぐに殺せるように』

『今までで既に十名の被害者が出ています。これ以上の被害者を出さないよう、一人での外出は極力控える、撃退グッズを携帯するなど、自衛策をしっかりと改めていく必要がありますね』

『本当にね。お子さんとかは特にね』

『はい。さて、続いては……、また、残酷な事件が起きてしまいました。現場は埼玉県の河川敷。そこにある橋の下で、男性の遺体が昨日発見されました。発見されたのは、プロボクサーの中目勇一さん十九歳。ボクシング通の間では、将来を期待されていた選手でした』

『えー、こちらが、現場の河川敷、そして、遠くに見えますのが、中目さんの遺体が発見された橋となります。昨日、日が暮れた頃ジョギングに出掛けた中目さんに一体何があったのでしょう。少し、現場に近付いてみますね』

『うわうわうわ。えぇ。なにそれ』

 タレントの小さな声が聞こえる。

『はい。こちらが現場です。見えますでしょうか。雑草ごと土の地面は抉れ、そして橋を支える橋脚も、何か強い衝撃を受けたようにへこみ、そこから亀裂がはしっています。中目さんが頭部に強い衝撃を受けていたこともあり、警察では、犯人は巨大なハンマーのようなものを持って犯行に及んだのでは、と考えて捜査を行っているとのことです』

 再びスタジオに戻ったらしく、出演者達から「はぁー……」という、なんとも言えない溜め息が漏れる。

『……すごいね、この現場。本当に。でも、これ、多分皆さん気になってると思うんですけど、これも連続殺人のうちの一件って可能性はないの? 現場も近いしさ』

『そうですね。もちろん警察でもその可能性はあるとして見ているようですが、過去のケースを見ると、連続殺人は殺害方法を一貫している割合がとても多いんです。もちろん、それだけが理由ではないでしょうが、警察では、どちらかと言えば模倣犯――連続殺人の犯人もキックボクサーやプロレスラーを殺害していますので――その可能性が高いとして』

『次は、練ヶ谷駅前。練ヶ谷駅前』

 少年は窓の外から視線を逸らして降車ボタンを押した。イヤホンを外して、スマートフォンのテレビを消す。

 少年の目的地は駅ではなく駅の近くにあるショッピングモールだ。

 バスが止まり、殆どの乗客が降りていく。最後に降りた少年は、駅に消えていく背中と、逆方向に歩いていく背中を順に見る。

 降りた人の三分の一ほどがショッピングモール方面に向かっている。映画館もあるため、それ目的の人や昼食を済ます予定の人なら当然、昼過ぎまでショッピングモールにいることになるだろう。

 まぁ、ご愁傷様というしかねえか。と少年はポケットに手を入れて歩き出す。

 しばらく歩いてから、少年はふと空を見上げ、眉を寄せた。

「やっぱり、夫婦を殺した記憶はねーんだよなぁ……」


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