夢食いバクと子供たち
あるところに、2頭のバクが住んでいました。2頭のバクは、日が差し込む暖かい森の中で過ごしています。2頭は兄弟で、とても仲良く暮らしていました。この2頭のバクは人間の子供の夢が大好物でした。たびたび寝ている子供たちの前に現れては夢を食べてしまいます。
「そろそろ子供たちの夢を食べに行こうよ」
「そうだね。今日はどんな夢が食べられるかな~?」
こうしてバク達は人間の夢を食べに行く事にしました。
その夜、子供たちが眠っている所へこっそりと忍び込みます。
最初に向かった家には3人の子供たちが眠っていました。女の子が2人に、男の子が1人でした。たくさんの夢を前にして、お兄ちゃんのバクの目が輝きます。
「おいしそうな夢がいっぱい!どれを食べようか?」
お兄ちゃんのバクがわくわくしながら弟のバクに聞きました。弟のバクは少し考えてから、お兄ちゃんのバクに言いました。
「そうだなぁ・・・じゃあぼくはこの悪い夢を食べる事にするよ」
弟のバクは、そう言って一番幼い男の子の悪夢を食べはじめました。お兄ちゃんのバクが不思議そうに聞きます。
「良い夢の方がおいしいじゃないか。なんでそんなまずい悪い夢なんて食べるんだよ」
「だって、せっかく良い夢を見ているのに、かわいそうじゃないか。悪い夢を見ている子がいるんだから、そっちを食べてあげた方がいいでしょう?」
あたりまえだというように言う弟のバクに、お兄ちゃんのバクは心底不思議そうに言いました。
「そんなの、ぼくたちには関係無いじゃないか。悪い夢を見てるほうがわるいんだろ。ぼくはこっちのとってもおいしそうな良い夢を食べる事にするよ」
そう言ってお兄ちゃんのバクは一番年上の女の子のとってもおいしそうな良い夢を食べはじめました。
二頭のバクが夢を食べ終わると、男の子はとても安らかな顔になって、良い夢を見はじめました。そして、良い夢を食べられてしまった女の子はとても恐ろしい夢を見始めました。うなされ始めた女の子を見て、弟のバクはお兄ちゃんのバクに言います。
「かわいそうじゃないか」
「関係ないね。ぼくはおいしい夢が食べたいんだ。別に良いじゃないか」
「ひどいなぁ」
そう言って、弟のバクは女の子の恐ろしい夢を食べて、また女の子の夢を良い夢に戻してあげました。
それからも、弟のバクは悪い夢ばかりを、お兄ちゃんのバクは良い夢ばかりを食べていきました。
そんなある日の事でした。ぽかぽか陽気の中で弟のバクが森を散歩していると、木の影でお昼寝をしている少女を見かけました。ところが、その少女は悪い夢にうなされていました。
そこで、弟のバクはその悪い夢を食べてあげる事にしました。
とっても恐ろしい夢を見ていたようで、かなり苦かったですが、バクは少女のために一生懸命食べました。
やっとの事ですべて食べ終わって、弟のバクが家へ帰ろうとしたときのことでした。
「あなたが悪い夢を食べてくれたの?」
後ろから声がしました。弟のバクが振り返ると、さっきまで木の陰でお昼寝をしていた少女でした。きっと悪い夢がなくなったことで目が覚めたのでしょう。
弟のバクは優しく言いました。
「うん、そうだよ。大丈夫だった?」
「とっても怖い夢だったわ。悪い夢を食べてくれて、どうもありがとう」
少女はそう言ってぺこりと頭を下げると、走って帰っていきました。弟のバクも、微笑んで自分のねどこへと戻りました。
少しして、バクがねどこへ着くと、ねどこの前でお兄ちゃんのバクが大怪我をして倒れていました。弟のバクは慌てて駆け寄りました。
「何があったの?」
お兄ちゃんのバクが弟のバクに気がつくと、悲しそうに言いました。
「ああ、さっきおいしい夢を食べに行ったら、子供たちの親に鉄砲で撃たれたんだ」
お兄ちゃんのバクには鉄砲の弾がかすったような傷がいくつかありました。弟のバクは慌てて元来た道を引き返します。
「ちょっと待っててね。今から助けを呼んでくるから!」
弟のバクは、そうお兄ちゃんのバクに言い残すと、森の中を駆け出しました。
弟のバクはものすごい速さで森を抜けて、草原を駆け抜けます。空が薄暗くなって、道が見づらくなり、何度も転びましたが、止まりませんでした。早くしないと手遅れになってしまう、と必死に走りました。少しすると、町の灯りが見えてきました。バクは、この町のお医者さんに助けてもらうことにしてこの町に入りました。
バクがお医者さんを探して街の中をうろうろと歩いていますが、どこにいるのかわからないバクは、なかなかお医者さんを見つけられません。途方にくれながら歩いていると、さっき悪い夢を食べてあげた少女に出会いました。バクはこの少女にお医者さんの場所を聞いてみることにしました。
「ねえ君、お医者さんはどこにいるかわかる?」
バクは簡単に、何があったのか説明すると少女は血相を変えて言いました。
「まあ、それは大変!私のお父さんがお医者様だからすぐに診てもらいましょう」
子供はバクを自分の家まで案内しました。出てきたのはお父さんと、2人の子供たちでした。バクは、子供たちの顔を見て、この家がこの間夢を食べにきた所だと思い出しました。そして、バクが事情を説明すると、お父さんと子供たちはすぐに助けに行こうと言いました。バクは子供たちとお父さんを連れて森へと駆け戻っていきました。
やっとの事でねどこの前まで来たときはもう空は真っ暗でした。暗い中で、お兄ちゃんのバクの怪我の治療が始まりました。長い間放っておいたので、助かるかどうかわかりません。緊張の中で治療が進みました。子供たちと弟のバクは心配そうにその様子を見つめていました。子供たちも手伝える事を手伝って、皆一人一人がバクを助けようと必死に頑張りました。
少しして、子供たちも手伝いを頑張ったおかげで、なんとか無事に治療は終わりました。しかし、いつまでたってもお兄ちゃんのバクは目を覚ましません。心配になった子供たちと弟のバクは、お兄ちゃんのバクにずっと寄り添って看病しました。
しばらくして、お兄ちゃんのバクが目を覚ましました。お兄ちゃんのバクは、寄り添っている子供たちに気がついて話しかけます。
「どうして君たちはぼくを助けたの?ぼくは君たちの良い夢を食べてまわっているんだよ?」
子供たちは皆不思議そうに顔を見合わせます。何を言っているのかわからないという風でした。
「どうしてって・・・助けないとあなたは死んでしまうのよ?助けるのは当然でしょう?」
そう答えたのは、いつぞやかにお兄ちゃんバクが食べた良い夢を見ていた、一番年上の女の子でした。その言葉に、お兄ちゃんのバクは感動して静かに涙を流しました。
お兄ちゃんのバクがもう安心できるほどに回復した頃に、弟のバクは子供たちとお父さんにお礼を言って家まで送りました。弟のバクがねどこへ帰ってくると、お兄ちゃんのバクが泣きながら言いました。
「これからはぼくも悪い夢を食べることにするよ。あんなに一生懸命看病してくれた優しい子供たちの素晴らしい夢を食べるなんて、ぼくにはもうできない」
それからというもの、お兄ちゃんのバクは一度も子供たちの良い夢を食べることはありませんでした。もちろん、銃で撃たれるなんて事もありません。そして、事情を知っている子供たちが、バクたちが自分達のために良い夢を食べないでくれていると知って、森へおいしいごちそうを持ってくるようになりました。それからは、バクたちも子供たちも一緒に遊んだりして、幸せに暮らしています。
この町では子供たちは楽しい夢ばかりを見ます。それは2頭の仲良しな兄弟のバクが、子供たちの怖い夢を食べていっているからでした。
めでたしめでたし。