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A Couple of Graves  作者: 浮芥彼
第二章
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第三話 真実は

千晴と尚哉は綾香の後を追う。


学校の外に出た。


綾香は一度も振り返らない。


ただ、黙々と歩を進めている。


目的地があるようだ。


雨上がりの外は、雨の染み込んだアスファルトの匂いと、風が余り吹かないのとで、むしむししていて、堪らず汗が噴き出す。


千晴は腕で汗を拭うと、尚哉に問いかけた。


「……綾香はどこに向かってるんだろう?」


「……さあ?どこだろうね。 でも、さっき俺たちのことを見て、『ついて来い』って 言ってるみたいだったから、俺達に関係するところなんじゃないかな? 」


「…うん。それは…分かるんだけどさ」


「……。……まあとにかく今は、アヤカに付いて行くしかないみたいだね」


「……うん。そだね。…でも何で急に……」


「……見えるようになってくれたのは、俺たちにとって一 番嬉しいことじゃないか。 これで俺達の望みも叶えられる。 それに、たとえ今アヤカが取っている行動の意味が分からなくても、見えるようになったのは事実なんだから、素直に喜びなよ」


「……うん。…そーだよね!」


尚哉の言葉に千晴が大きく頷く。それを見た尚哉も微笑んで、千晴に頷き返した。


二人は綾香を見やる。


すると、綾香が手に何か持っていることに気がついた。


二人の距離からでは綾香が何を持っているのか判断することは出来ない。


それに、綾香自身、持っているモノを見られたくないのか、二人に見えづらいように持っている。


「アヤカ、何持ってるんだろう?」


「分かんない。目的地と何か関係あるのかな?」


「どうだろうね」


「うん」


千晴と尚哉の口数は、段々減ってきていた。


一心に綾香の後を追う。


特に何があるというわけでもないのに緊張してきて、心臓がバクバクと脈打つ。


あまりの動悸の速さに、千晴は深呼吸をし、尚哉は無意識にシャツを握り締めていた。


二人の額に、暑さ故なのか緊張故なのか分からない汗が浮き、頬を音もなく滑る。


綾香は振り返らない。


「………」

「………」


すると、今まで普通の道路を歩いていた綾香が左折し、舗装されていない、砂利の駐車場に入っていくと、その駐車場をも突っ切っていく。そして、駐車場を真っ直ぐ横断した先には、雑草が生い茂った広大な空き地が存在していた。空き地の左右の終着点には側溝があって、雨の水で出来た川が流れており、それは先程までの雨の所為で水の量が多いのか、激しく水がぶつかり合う音を轟かせていた。綾香はそんな空き地ですら横断していく。生い茂った雑草は、綾香たちの膝上くらいの背丈で、当然先程まで降っていた雨の所為で濡れている。勿論その雑草が根を張る土はぬかるんでいて、雨上がりに人が立ち入るような場所ではなかった。だが、綾香は着ている制服が汚れる事も厭わず、空き地に進入。雑草を分け入ることもせず踏み倒しながら奥へと進んでいった。


「………」

「………」


千晴と尚哉は、綾香が行こうとしているところがそこはかとなく分かってきていた。


なぜなら、この空き地の奥に、人がいけそうな場所は一箇所しかないからである。


この空き地の奥には、小さい山があり、その急斜面に沿うように階段がある。その階段の段数はかなりあり、上り詰めた先には開けた場所がある。そこには、小さな神社があるのだ。幼い頃、綾香と千晴と尚哉の三人で、その場所を三人の 秘密基地と称し、遊んだり、小さく見える家々を眺めたり、夕日を眺めたりして、優越感に浸っていた事を 思い出す。二人の予想通り、綾香は空き地を突き進み、階段に足をかけた。


千晴と尚哉も綾香の後を追う。


どこで終わるのか予想出来ない程の長い急斜面を上りながら、千晴は尚哉に話しかけた。まだ学校を出てからそんなに経っていないというのに、 尚哉に話しかけるのが酷く久し振りに、千晴は感じてしまうのだった。


「……ねぇ尚哉」


「何?チハル」


「綾香はあの神社に行って、どうするつもりなんだろう? 」


「さあ?それは俺も分かりかねるかな」


「そっか…」


「アヤカは昔っから何を考えてるのか分からない節があるからね」


「まあ……喋らないからね。 あたしたちは綾香が何も言わなくても、何を言いたい のか分かってたつもりだったけど、ホントはどこまで分かってたのかなんて、知る由もないからね」


「そうだね。 全て分かってたのかも知れないし、全て分かってなかったのかも知れない」


「……今は、付いて行けば綾香のことが分かる……んだよね?」


「少なくとも俺はそう思ってるけど。 アヤカが俺たちに本気で何か伝えたい時は、必ず動いてたからね」


「動くって言ってもジェスチャーだったけどね」


「おんなじだよ。ジェスチャーでも、どこかへ連れてゆくでも。 範囲が広がるだけだ」


「そーゆーものかな?」


「そうゆうものだよ」


「分かった」


「うん」


二人が会話をしている内に、階段の中間くらいまで来ていた。


今でも結構疲れる段数なのに、幼い頃のあたしたちは随分と体力があったんだな、と千晴はにべもなく思った。


ふと後ろを振り返ってみる。


すると、今までずっと青空だったために時間がいまいち把握できていなかったが、空が茜色に染まり始めているのを認め、もう夕方なのだと気づかされる。


「………」


地上より高い位置で見る夕日は荘厳だった。


いつもは夕日に見下ろされる形になるが、この時ばかりは自分の延長線上に太陽がいた。


荘厳だが、親近感が湧く。


子供の頃の綾香たちは、そこに世界を我が物にしたような優越感を感じていたのだ。


千晴はぼんやりと夕日を眺めつつ、雨に濡れた石段を滑らないように上って行った。


まあ、雨に濡れていると言っても石段の上部には青々とした木々が枝葉を広げているため、実際のところ、言う程濡れてはいないのだが。


「……チハル」


唐突に名を呼ばれ、千晴は一瞬ビクッと肩を震わせた。


どうやら完全に自分の世界に入ってしまっていたようだ。


千晴は頭を振り、昔の記憶を無理矢理追い払うと、尚哉に向き直った。


「何?」


尚哉は千晴が応答したのを確認すると、千晴から視線を外し、斜め上を見やる。


「着くよ」


尚哉の言葉で視線を斜め上に持って行くと、頂上まで後数段というところまで迫って来ていた。


綾香は既に上り詰め、こちらが到着するのを待っているかのようだった。


「……うん」


「……」


「………」


「…………」


二人は無言のまま階段を上る。


僅かに水を含んだ石段は、二人が蹴り上げる度に微かな音を立てた。


そして、二人はいよいよ階段を上り終えた。


千晴と尚哉は、階段を上っている時こそ心穏やかでいられたが、さすがにこれから何か起ころうとしている今は、 そんな流暢な気分でいられない。


また心臓の動悸が、可笑しくなりそうな程速くなる。


二人はじっと、綾香が何をするのか見つめていた。


すると綾香は、二人の予想に反しまた歩き始めた。


「……え?」

「……え?」


千晴も尚哉も、ここで何かが起こるものだと思っていたため、思わず声を上げる。


しかし綾香はそんな二人に構わず、正面にある鳥居に向かって歩いて行くと、鳥居の後ろの、今度は腰の高さまでありそうな雑草の中に消えていく。


「……どういうこと?」


「……さあ?」


「絶対、ここで何かするんだと思ってた」


「俺も。でも、違うみたいだね。 ……ついていこうか」


「……うん。それしかなさそうだもんね」


二人は頷き合うと、鳥居の後ろの道なき道の草を、避けながら進み始めた。

道なき道だと言うのに、綾香は一片の迷いも見せずに突き進んで行く。


まるで、行き慣れているかのようだ。


だが、幾ら進んでもあまりにも景色に変化がないため、千晴と尚哉は、 同じところをぐるぐると回っているような錯覚に陥っていた。


「……これ、ホントにどこかに辿り着くの…?」


「うーん……。これだけ迷いなく進まれると、そう信じ たくなるけど」


「…そだね」


「………」


「………」


三人を、静寂が包み込む。


無機質な場所で音が吸収されると、耳が痛くなる程の静寂が世界を支配するが、森での静寂は、木々が、吸収した音の代わりに、形容し難い温かみをもたらしてくれる。


森での静寂は、非常に心地良い。


それに、草を踏みしめる音は絶えず聞こえて来る。


虫の音も。


千晴は、目を閉じて、大きく深呼吸をした。


森の清浄な空気が肺を満たす感覚を、千晴は存分に堪能した。


そして、再び目を開けると、今までずっと続いていた同じ景色が、終わりを迎えようとしていた。


夕日の柔らかい光が木々の隙間から漏れ出ている。


千晴と尚哉はその光目がけて歩を進める。


そして、遂にその光に全身を潜らせた。


果たしてそこにあったモノは、またしても開けた場所だった。


しかしその開けた場所の終着点は、崖だった。


「………」

「………」


二人はその場所を見て、なんとも言えない、塞き敢えぬ気持ちになった。


何か。

大事な何かが。

すっかり抜け落ちてしまっていた何かが。


戻り始めている。


そんな気がするのだ。


二人はこの気持ちの原因となるモノを突き止めようと、崖の聳り立つその場所に、足を踏み入れた。


すると直ぐに気づいた。


この気持ちの原因。


それに、綾香が自分たちをここに連れて来た理由が。


あたかも気持ちの原因と綾香が彼女たちを連れて来た理由が違うかのようだが、それは誤りである。


二つの事柄は、同じモノを要因としていた。


聳り立つ崖の近く。


そこには、そこら辺から拾って来たと思われる、大きさの違う石が積み重なって、何かの形を成したモノが二つ 、存在していた。


そう、それは――。


――墓である。


二つの粗末な墓が、そこにはあった。


そして、綾香が持っていた物が、ようやく露見される。


……綾香は、花束を持っていた。


そして、その粗末な墓の前にそれを手向ける。


「嗚呼。そういうことか」


尚哉は今まで感じていた気持ち悪い感覚の正体も判明し、短く呟いた。


(だから『ある』って言ってしまってたんだ。だって……)


――『いない』から。


「あたしたち……あの事故で死んでたんだ。そっか。だから綾香はあたしたちのことが見えてなくて。だから綾香と時間がズレてたんだ」


千晴と尚哉は、合点が行ったのか、嘆息めいた声色でそう漏らす。


綾香は花束を手向け終えると、千晴と尚哉の方に振り返った。


そして、教室で二人が聴き取れなかった言葉をもう一度呟く。


「私だけ。『制服』、着慣れちゃったよ……」


「………」

「………」


久し振りに聴く綾香の声に二人の頬は綻び、そして悲しさに瞳を伏せた。


しかし、ここで千晴の中に疑問が浮かび始める。


「あれ……でも、じゃあなんで綾香は無事なんだろう」


「チハル?」


「いや、綾香だけでも無事なのは、勿論嬉しい。勿論嬉しいけど……。だって、あの時あたしたちは三人並んで歩いてた。なのに、綾香だけ無事なのって…ヘンじゃない?」


「………」


綾香が静かに千晴を視界に捉えた。


「……それに」


――なんであたしたちのこと、視えてるの?


「………」


綾香は千晴と尚哉を見つめたまま、何も言わない。


「ねえ……聞こえてるんでしょ?」


「………」


「アヤカ?何か言ってくれよ……」


「私が助かった理由。二人のことが視えている理由。それはね――」


綾香が口を開いた。その時、一陣の風が三人が居る場所を吹き抜けた。


風が去った後、そこにはもう、綾香しかいなかった。


綾香は、薄く呵った。


「二人のことは、ずっと視えてた。でも、視えない振りしてた。それはね、二人が『自分たちは死んでいる』って認識させてしまうと……」


――ピシッ


いつの間にか、綾香の手には一冊の本があった。


「――『世界が滅びてしまう』からなんだよ」


――ピシッ


「そして、私があの事故で無事だった理由。それは――」


――ピシッピシッ


綾香はそこまで言葉を紡ぐと、しかし口を閉ざし、頭を振った 。


「……そんなのは今更だ。でも…あの二人に……」


「………」


「世界が……終わる」


――『一つ』の終焉を迎える。

この話が大きく改変されたストーリーです。

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