第二話 踏み出す一歩は
六月の、梅雨の湿気が更に酷くなりつつある頃、二人が不自然に教室を出て行った日から幾日かが過ぎていた。
そんなある日の出来事。
千晴と尚哉は放課後の学校の、二階の渡り廊下を歩いていた。
ありふれた放課後の景色が眼前に拡がっている。
心地良い静寂が二人を包み込む。
しかし、二人の朗らかな表情は一変し、酷く沈痛そうになる。
それは、教室のドアのガラス部分から、静かに読書をしている少女が見えたからだった。
「………」
「………」
二人は教室の前に立ち尽くしたまま、互いに顔を見合わせた。
「………」
「………」
「ど、どーする…?」
千晴が、沈黙に耐えかねたように、焦燥した声色で尚哉を振り仰いだ。
「………」
「……?尚哉…?」
しかし尚哉は千晴の問いかけには答えず、まんじりともせず教室の中を食い入るように見つめていた。その瞳には、少々の驚きと、多大な悲しみが渦巻いていた。
その瞳に何かを感じ取ったのか、千晴も教室の中を覗く。
「!」
千晴は驚きに、眦が裂けんばかりに目を見開いた。
「……え、あ」
そして、まるで喉から出したとは思えない程の掠れ切った声を発した。
「……チハル」
千晴がそれ以上の言葉にならない声を発せないでいると、尚哉が唐突に千晴の名を呼んだ。
「……?」
千晴は声で返事はせず、代わりに今にも泣き出しそうな顔で尚哉を見つめた。
次の言葉を待っているのだ。
そんな千晴を、尚哉は悲愴な決意を固めたような、 儚い顔つきで見つめ返すと、一つ深呼吸をし、千晴に呟く。
あたかもそれは、決意表明かのようだった。
「中に入ろう。チハル」
「!………」
「……チハル」
尚哉の提案に押し黙ってしまった千晴に、尚哉は真っ直ぐな声色で千晴の名を呼んだ。
「駄目だよ」
「………」
「決めたんだから」
「……うん。分かってる」
「そう」
「頭では理解してても。……ねぇ、尚哉」
「……何?」
「辛いよ…」
「………」
千晴の哀切極まり無い言葉に尚哉が瞳を伏せた。
「………」
尚哉は眉間に皺を寄せ、苦しそうに目を瞑ると、先程よりも深く深呼吸をした。
それは、様々なモノを押し出しているかのような、押し殺しているかのような溜息に聞こえた。
「……はぁ~」
そうして再び目を開けた尚哉は、改めて決意を固めたような表情をしていた。
「行こう、チハル。行動しなきゃ、何も変えられないんだ」
「……うん。そうだね。そうだよね」
二人は顔を見合わせて頷き合った。そして、教室のドアに手をかけ力強く開けると、教室の中に入って行った。
―――二人を送り出した廊下には、二人を応援するかのように、澄んだ空気が流れた。
が、すぐに梅雨の湿気を含んだ風が廊下を吹き抜け、澄んだ空気はあったのかどうかすら分からなくなった。
霧散した。
廊下に残った空気は、雨を運んでくるそれの匂いがした。