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A Couple of Graves  作者: 浮芥彼
第一章
2/9

第一話 歪んだ日常は

――とある高校の放課後。



高校一年生である二人は、まだ体馴染んでいない制服を夏服に替え、緩やかな放課後を満喫していた。


「あー今日の現社マジ眠かった…。あの先生の声絶対安眠効果あるって!あたしを眠りに誘ってるんだよぉ…」


窓際の、前から二番目の席に座っている活発そうな少女が、気だるげに、しかし割かし大きな声でそう言い放ち、持っていたシャープペンシルを放り投げて机に突っ伏した。


すると、少女の前方から酷く冷めた、かつ冷静な突っ込みがお見舞いされた。


「その現社のノートをわざわざ写させてやってんだから、早くしなよ」


そう突っ込んだのは、少女と向かい合うように座っている、黒髪の少年だった。


その少年は、少女よりも更に投げやりにそう言うと、梅雨のじめじめとした、湿度の高い空気が充満している教室が余程不快なのか、顔を僅かに顰めて、 Yシャツの襟ぐりでパタパタと自分を扇いだ。


「あ~……あたしの事も扇いで~じめじめしてて気持ち悪いぃぃ」


「やだよ。って言うか俺はチハルがノート写し終わんないと帰れないんだからさっさとしてよって、 さっきから何度も言ってるじゃないか」


「このじめじめじゃあそんな気起きないよう」


「………」


チハルと呼ばれた少女は、少年にじとっと睨まれると、所在なさげに視線を泳がせた。


「………」


「………」


「…………」


「…………」


「……………」


「……………」


暫く二人の間に沈黙が流れる。


少女は永遠に続きそうなこの沈黙に、更に視線を泳がせながら。


少年はどこか楽しそうに。


「………ぷっ」


沈黙を破ったのは、余りにもあどけない少年の笑い声だった。


「え?」


堪らず少女は顔を上げ、少年を食い入るように見つめる。

すると少年は、我慢の限界に達したのか大声で笑い出した。


「あははははっ!あははは……はぁー」


突然の奇行に、少女は少年を見る目に若干の軽蔑の色を滲ませた。


「え、何?急に……」


少女は誰の目から見ても分かる程の困惑顔で少年にそう問うた。


「いや?何でもなくはないけど、気にしなくていいよ」


「何でもなくないんかいっ!」


少年の発言に思わず突っ込みを入れた少女は、また机に突っ伏した。


「あー……尚哉は意味分かんないし教室じめじめしてるし現社は眠いしもー!」


「チハル」


少女がじたばたと足をばたつかせて駄々を捏ねる様にそう言うと、尚哉と呼ばれた少年は優しく少女の名を呼び、


「早くしろ」


にっこりと屈託なく笑いそう言った。


「イエッサー」


少女は顔に冷や汗を浮かべながらシャープペンシルを握ると、高速でノートを写し始めた。

少女のその様子を少年は楽しそうに眺める。


その時、少女の後ろの席が、急にガタッと音を立てた。

少女の後ろの席には、今までずっと静かに読者をしていた少女がいたらしい。


千晴と尚哉は少女の方を振り返ったが、少女は二人が見えていないかの如く、全く二人に視線を向ける事もせず帰り支度を済ませると、教室から出て行った。


二人はその少女のことを酷く悲しい顔で見送った。


「…………」


「……………」


また、二人の間に沈黙が落ちる。


今度は非常に重い沈黙が――。


その重苦しく、息が出来なくなってしまいそうな沈黙を破ったのは、やはり尚哉だった。


「あー……しょうがないからノート、明日でいいよ」


尚哉の言葉に背中を押されたのか、千晴は表情を明るくした。


「やった!ありがとー!」


「じゃあ、今日はもう帰ろうか」


「そうだね」


二人は自分達の間にあるぎこちなさからあえて目を逸らし、上辺の明るさで会話をする。


まるで沈黙を恐れているかのように。


二人は帰り支度を済ませると、談笑しながら教室を出て行った。



――三人が消えた後の教室には、六月の湿気を無視した、異常なまでの冷たい空気が垂れ込めていた。

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