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神田先生  作者: KMY
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第09話 全ては歯科検診のために

「みなさんおはようございます。では、出席を取ります。」

 神田先生は教壇に立ち、生徒達に言う。神田先生は生徒達全員の名を呼ぶ。

「今日も生田君は欠席…、生田君を除いてクラスの全員が来ていますね。では、今日の予定は、歯科再検診です。この前歯科検診を休んだのは生田君と長谷川さんでしたが、生田君については今日も休みですので、長谷川さん一人だけになります。」

 神田先生はそう言い、長谷川の顔を見る。長谷川の顔は、すごく恐ろしい顔になっていた。

「ひぃ!」

 神田先生は声にもならない声でうめいた。

「さっき、歯科検診は勘弁してくれると言ったはずですね」

 長谷川は、怒りに満ちた声で言った。

「ひぃ!だから!」

 神田先生は真っ青になる。

「医者に何度も頼んだのですが、所詮はわがままだと言われてしまいまして…」

「……とにかく私は行きません」

「ええと、歯科再検診は4時間目ですね」

「人の話を聞いてください」

 長谷川が激しく立ち上がって怒鳴るが、神田先生は続ける。

「ちなみに4時間目は僕の担当、国語です」


 職員室に戻った神田先生を呼んだのは、教頭先生であった。自分の机に座った神田先生の横に立っていた。

「神田先生、ちょっといいですか」

「はい、何でしょう」

 神田先生は立ち上がり、自分より背の高い教頭先生を見上げる。その教頭先生、辻見田夭子とみたわかこは言った。

「あなたのクラスの生徒の長谷川玲子さんについてですが」

「はい」

「先ほど出身の小学校から連絡がありましたが、小学1年生からずっと歯科検診の日は予備日も含めてことごとく欠席していたらしいです」

「はぁ……」

「そこで、です」

 辻見田先生は、視線の高さを神田先生に合わせるべくしゃがむ。

「他の先生とも相談して、今日登校してきている長谷川さんを強制的に歯科検診に出してもらうべく、いろいろな策を講じました」

「例えば、何ですか」

 神田先生が尋ねると、辻見田先生はくすっと笑う。

「実は、歯科検診は4時間目ではなく最初から2時間目の終わりころの予定です。全校生徒には悪いですが、2時間目の授業中に校内放送で『都合により突然変更』として流すつもりです」

「だ…大胆ですね」

 神田先生は半ばあきれていた。辻見田先生はさらに続ける。

「それから、万が一長谷川さんが逃亡した場合を想定して、2時間目に手の空いている先生を、この学校の教室の窓を除く全ての一階出口に配備しておき、さらに階段にも配備しています」

「そこまでしなければいけないのでしょうか」

 神田先生が口を挟むと、辻見田先生は脇に持っていた一枚の書類を神田先生に見せる。

「小学1年生のときからずっと歯科検診は受けていず、さらに出身校の説明によると、4年生のときに検診の先生の都合で突然予備日が変更になったとき長谷川さんは当然登校していましたが、歯科検診の時間の少し前に早退していたらしいのです」

「な……」

 神田先生は、目上ではあるものの思わず口を開けずにはいられなかった。辻見田先生はさらに続ける。

「さらに、小学6年生のとき、検診の先生に頼んで長谷川さんの家まで行ってもらいましたが……」

 神田先生は、ごくんとつばを飲み込む。

「門前払いをされました」

「…………」

「もう、十分ですね」

 辻見田先生は、立ち上がる。そして、力強く言う。

「これは、小学校からの要請でもあります。長谷川玲子さんには、何が何でも必ず歯科検診を受けていただきます」


 チャイムが鳴る。1時間目の社会の終了合図である。それを聞くなり、長谷川は立ち上がり教室を出ようとする。

「どこに行くの?」

 羽生が長谷川を後ろから呼び止める。

「トイレへ」

「嘘よ。」

「嘘じゃない!」

 長谷川は弁論するが、羽生はぐいと長谷川の腕をつかむ。

「一緒にトイレへ行こう。」

「……分かった」

 長谷川は少々いらっとした声をしていた。その時、あずま先生が教室へ入ってくる。

「ちょっと、羽生さんかな?」

「はい、そうですけど。」

 羽生はそう答え、長谷川をちらと見る。東先生は続ける。

「悪いけど、2時間目が終わった後、ちょっと職員室へ来てくれないかな?」

「分かりました。」

 羽生がうなずくと東先生はそのまま教室を出て行く。

「じゃ、行こう。」

 羽生が朗らかに長谷川の手を引っ張る。

「う……うん」

 長谷川も、羽生についていく。


「ずいぶん短かったわね」

 長谷川が個室から出てくると、個室の前で待っていた羽生はそう言う。

「20秒くらい?女の子のトイレはこんなに短かったっけ?」

「大きなお世話」

 長谷川はそれだけ答え、黙ってお手洗いへ行く。羽生はその隙に長谷川の入っていた個室の便器へ近づく。おしっこの匂いがしない。

「やはり。」

 逃げようとしていたのね。羽生は小さくそうつぶやくと、個室のドアを閉め、お手洗いへ行く。


「負の数同士の計算について理解できましたか?」

 2時間目の数学が始まってから30分は経ったのだろうか。教壇に立っているのは足座あざ先生。

「それでは、教科書9ページの例題3をやってみましょう」

 足座先生がそう言うのと同時に、チャイムが鳴る。

"緊急連絡です。今日の歯科検診は4時間目となっていましたが、検診の先生の都合で今すぐ始めることになりました。まずは1年い組より保健室へ"

「おっと……、残念ですね、数学が縮みそうだ」

 足座先生は残念そうに数学の教科書に視線を落とす―――ふりをして、長谷川の席を見ていた。長谷川はあせった顔をしているようであったが、それは顔以外には表れていなかった。

 と。

「先生」

 長谷川が席を立つ。

「何ですか?」

 足座先生が尋ねると、長谷川は真っ青な顔で答える。

「気分が悪いので…早退してかまいませんか?」

 それとほぼ同時に、教室のドアが開く。顔を出したのは大田おおた先生。

「すみません、足座先生、1年い組は理科で化学反応の実験の最中、ろ組は小テストの最中の理由で歯科検診を後にまわすことになりましたが、は組は大丈夫ですか?」

「はい、今教科書の例題を解いてもらっているのですが、例題くらいなら大丈夫かと」

 足座先生がそう答えると、大田先生は「それでは今すぐお願いしますね」とだけ言って教室のドアを閉めて去っていった。

「……それでは、気分が悪いようですので、歯科の先生には寛恕してもらって、長谷川さんを最初に回してもらえるよう頼みますね」

 足座先生がにこっと言うが、長谷川は首を横に振る。

「い……嫌です」

「何が嫌なのですか?」

 足座先生は教壇を降り、長谷川のほうへ歩み寄る。その途中教室のドアが再び開く。

「すみません、今すぐお願いできないでしょうか?」

 大田先生の催促であった。

「ああ、すみません」

 足座先生はそう言い、教室を見回す。

「出席番号順に廊下に並んで保健室に行ってください」

 足座先生はそれを言ってから、長谷川を見る。

「さあ、一緒に廊下に行きなさい」

 しかし、長谷川は首を横に振る。

「気分が悪いでしょう?さっさと済ませておきましょう」

 足座先生はそれだけ言い、長谷川の手を強引に引っ張る。しかし長谷川のほうも筋金入りと見えて、その手を強く引っ張って離すと、強い声で足座先生に怒鳴る。

「嫌といったら、嫌です!」

 そう怒鳴った後、全てが廊下に集まって誰もいない教室の、自分の近くの机の上に飛び乗って、机と机の上を走って、そのままそこに開いていた窓から飛び降り、廊下に出る。追いかけて廊下へ出た足座先生は、そして自分とは反対側の方向へ駆けていく長谷川を視認することはできたが、生徒たちの人ごみで少なくとも数秒のロスを強いられるであろう状態、そうして自分には今すぐ生徒たちを保健室に引率しなければいけない立場、大田先生は別の教室へ見回りに行っていて引率を頼める先生は近くにいない状態。

「ついてきてください」

 足座先生は即座に、生徒たちに号令をかける。長谷川よりもこちらの引率を優先したのである。しかし、足座先生の顔は焦っていず、むしろ余裕さえ見えていた。

 〜To be continued!!

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