第14話 商店街の変
「神田進」
神田先生の写った写真を手に、一人の、ピンクの髪を背中まで伸ばした、つんとしたピンクの瞳に小さなつるっとした鼻、そして口、小柄な体に白いカッターシャツと茶色のスカート、さらにその上に黒いマントを背中にかけている少女は、波止場の先に立っていた。
「こら、君、そこは危ないから下がりなさい」
あと一歩で波止場から落ちてしまうような、海との至近距離に、後ろに立っている、港の事務員が少女に声をかける。少女はふりむくと、脇から杖を取り出し、事務員に向ける。
「アイス・ソード」
空中に氷のみで構成された人の足くらいの大きさの剣が現れ、その剣は、そのまま事務員の胸へ突き刺さる。胸から火山の噴火するように血が吹き出る。仰向けに倒れた事務員を、その少女、ハルスは見下ろす。
「人目のつかないうちに早く見つけないと、ね……」
ハルスはそう言い、ぱちんと指を鳴らす。ハルスの目の前にほうきが横向きで浮かんだ状態でばっと現れると、ハルスはそれにすばやくまたがり、ほうきを斜め上へ上げ、そのまま早めに進んでいく。
一方、商店街で自分の生徒を不良にさらわれた当の神田先生は、青木らの行った道を全力で駆け抜けていた。
「是さん!」
神田先生が大声で叫ぶ。目の前には、大柄な体の青木の背中に負われた是、その両脇に青木より一段か二段下の身長の少年が二人いた。
「あ?何だ?」
青木は振り向き、神田先生に怒鳴る。周りの人々は、5人の周りに大きな輪を作る。
「青木さん、是さんを返してください」
「ぁ?カレシかよ?」
青木は、自分より身長の低い神田先生を見下ろすように言う。
「違います……、私は是長読さんの担任の先生です」
神田先生が力強く言うと、青木ははっはっはと笑いながら言う。
「なんだ、先公ごっこかよ。その身長で先公?笑えるな」
両隣の少年も、腹がよじれるほど笑っていた。
「違います!」
青木に背負われた是はそう怒鳴り、青木の尻を強く蹴る。是の足は、青木の尻の間に刺さって抜けなくなる。青木がはずみで是の尻を支えていた腕を放してしまうと、是はばんと背中を地面へ強く叩きつける。それでも、青木の尻に刺さった右足が抜けない。
「てめえ……、いい度胸だな、二人とも」
青木が神田先生のほうを向きながら言ったのだが、是はもうすでにその時点で冷や汗をかいていた。
「赤木、この女を気絶するまで殴りな」
「ラジャー」
赤木はそう返事すると、是を見下ろす。
「うう……」
是は、その赤木の自分を見下ろしている怖い顔を見て、顔を真っ青にする。と、突然赤木の頬を、神田先生は横から殴る。赤木がばたんと地面に倒れると、神田先生は青木を見る。
「弱いものいじめは、やめてください!」
神田先生がそう言い終わると同時に、もう一人の少年、鵜戸が後ろから神田先生の口を手でふさぎ、胸をもう片方の手で押さえつける。
「!!んんんんん」
神田先生がしたばたしている間に、青木は正面から神田先生の顔を殴る。神田先生は、鼻血を出す。
「上出来だ」
青木は、はっはっはと笑いながらそう言う。
「や……やめなさい」
一人の警官が青木に声をかけるが、青木はぎろりと警官をにらむ。
「ひっ!」
警官は顔を真っ青にする。その隙に、立ち上がった赤木が、仰向けに倒れている是の顔を何度も足であしらう。是の右足はいつのまにか青木の尻から抜けていたのだが……。
鼻血を出し、目にあざまで作った神田先生の顔を、青木はさらにぼかぼかと殴る。
「俺にも殴らせろ」
鵜戸が言うと青木はにやりとした顔をし、鵜戸から神田先生をぶん取ると、神田先生の背中を自分の胸に押し付ける。鵜戸も、神田先生の顔を何度も何度もぼかぼかと手で殴っていく。
「はっはっは、楽しいな」
鵜戸がそう言う。何度もぼかぼかと殴られた神田先生の顔は―――・・。赤木に殴られている是が眠ったような顔をしているのに気づくと、神田先生は強い声で叫ぶ。
「や……やめてください!!!!!」
その瞬間。そこに、金色の光がほとばしる。あまりのまぶしさにそこら一面の人々が総員目を閉じる。
「何でことをするの!!」
長谷川の家の書斎で、長谷川の前で羽生は言う。
「そんなことより、早く先輩を助けに行かないと大変なことになるわよ?」
長谷川はにやけた顔をしている。
「…………っ。」
羽生は顔をしかめる。
「……失礼する。」
羽生はそう言い、駆け出して書斎から出る。閉じたドアを見て、長谷川は口を大きく開けて笑う。
「は……はっはっはっはははははははっ!!」
一ノ谷市立総合病院の入口から今まさに外へ出ようとしていた一人の大人は、目の前から白衣の男の人が向かっているのに気づいた。しかし他人のことなので、その大人は白衣の男を無視して外へ出ようとする。そんな大人の前に、白衣の男は立ちはだかる。
「な……何ですか」
大人が尋ねると、その白衣の男、田中先生は右手に隠し持っていたナイフを、ざくっと大人の腹に刺す。自分の腹に激痛を感じた大人は、ごぶっと口から血を吐き、そのまま崩れるように倒れる。その大人の胴体を蹴って、田中先生は病院のロビーに入る。ロビーは、一気にざわっとなる。不安に駆られた人々はパニックになり、受付の看護士の「落ちついてください!」という声も無視して、ロビーに一歩一歩足を進めてくる田中先生を、退りながら遠巻きに見ていた。田中先生は右手にナイフを持ち、そこにいる人たちに向ける。
一人、恐怖に駆られてトイレの個室に入って鍵を閉めた人がいれば、一人は中庭の茂みに隠れた。それぞれ、パニックで、兎角に田中先生の目に触れない手立てしか考えられなかった。そうして、次の瞬間、全員一気に後ろを向いて走り出す。それとは対照的にゆっくりと歩いてきている田中先生は、ちらと受付を見る。
「ひっ!」
受付にいた二人の看護士も顔を真っ青にし、受付の後ろにある事務室へ入り、ばたんとドアを閉める。それを見て田中先生は、ナイフを持っている右手を下ろす。
「我が主人、長谷川玲子様」
田中先生は、独り言のようにつぶやく。
「作戦は順調。一ノ谷市立総合病院のロビーには誰もいません。どうそ」
「ご苦労」
書斎の机に座っていた長谷川は、田中先生からのテレパシーを受け取る。
「そのままロビーに誰もいない状態を維持されたし」
長谷川はそう言うとゆっくりと立ち上がり、不気味ににやけた顔で言う。
「さて……、こっちも動きますか」
「な……何?」
そう言うころには、青木の体は、強く地面へ叩きつけられていた。同様に、赤木、鵜戸の体も自然と浮かび上がり、そして地面に強く体当たりする―――・・。
いつしか顔中の傷の治っていた神田先生は、自分の両手を見下ろす。
「これは……」
何がおきたか分からず、神田先生はただただ呆然としていた。
「先生」
是が、これまだ呆然とした顔で立ち上がる。先ほどまでそこ一面を覆っていた光は消えた。が、……。
「先生、今のは」
是の体中の傷も治っており、あっけに取られた顔をしていた。
「私にも……分かりません、一体何が起きたのか」
神田先生と是は呆然とした顔をして、そこに倒れている三人を見下ろしていた。
「ほ……補導します」
三人に対してそう言う警官の声も、どこかが上ずっていた。
「繰り返す。一ノ谷市立総合病院でナイフを持った男が人を刺し、今もなお病院のロビーにいるとの通報が来ている」
この放送とともに、一ノ谷署の駐車場に停まっているほぼ全てのパトカーに乗っている警官たちは、ごくんとつばを飲み込んだり、気を引き締めたりしている。
「不測の事態に対応し、決して犯人を逃がさぬよう、万全の姿勢を以って事にあたっていただきたい」
「はい!」
先頭のパトカーの警官が返事し、そしてパトカーのアクセルを入れる。
パトカーらが駐車場から出て行く様を署の4階の窓から見ていた署長は、後ろの秘書からの報告を黙って聞いていた。
「パトカーはご覧の通り、出動いたしました」
「機動隊は?」
署長は後ろを振り返る。秘書は、答える。
「はい、すでに手配しております」
〜To be continued!!