第13話 長谷川の正体
「長谷川さん。」
長谷川の家の門の前に、羽生が立っていた。羽生がチャイムを鳴らすが、反応がない。
「居留守。」
羽生はいらっとした顔で、もう一度チャイムを鳴らそうとする。その時。
「何」
いきなり横から、長谷川の声がした。羽生は振り向くと、長谷川に怒鳴る。
「どうして、歯科検診を受けないの。」
羽生に力強くそう言われ、長谷川は少しうつむいたが、顔を上げると、羽生に言う。
「ついて来て」
長谷川は、家の門を開け、家の中へ向かっていく。長谷川の家の外見は普通の家で、門から玄関までは普通の石畳の短い道が続いていた。それがもちろん幻覚ということは、長谷川と長い付き合いである羽生は承知していた。
家に入った長谷川は、左の、書斎のほうへ向かう。家の玄関の壁は全て茶色の木で、2階吹き抜けがあり、そして右のほうに螺旋階段がある。羽生は長谷川についていく。
「久しぶりね、羽生さんが私の家に来るなんで」
長谷川はそう言うが、顔は笑っていなかった。書斎のドアを静かに開けると、長谷川は羽生を書斎の中へ招き入れる。
長谷川は、床が丸い円の形をした書斎の、中央にある木の大きな机の椅子に座ると、机の前に立った羽生に尋ねる。
「何の用」
書斎の頂上からは白日のような白い光が差している。
「だから、さっきも言ったじゃない。」
羽生は、寂しそうにそう言う。
「そう」
長谷川は、立ち上がると羽生に言う。
「例え私の口の中に何があっても、恨まないことね」
長谷川が言うと、羽生はごくんとつばを飲み込む。先ほどまで羽生をにらんでいた長谷川は、いきなりにやりとした顔をする。
「それより、お友達は大丈夫?」
「どういう意味よ。」
いきなり表情の変わった長谷川に、羽生は警戒しながら返事する。
「といっても、二年生だけどね」
長谷川は、にやっとした顔をしている。
「な…何なのよ。」
羽生は、嫌な予感を覚えた。
「その通り」
長谷川は、その羽生の心中を察したように言う。
「館野さんは、もうすぐわたしの言いなりになるのよ。……私が撒いたウィルスによってね―――・・」
「このIPアドレスは」
職員室でパソコンをいじっていた西川先生が、思わず声を上げる。
「どうしましたか」
隣の席で仕事をしていた濱井先生が、西川先生に尋ねる。
「いえ……、さっき私のパソコンがハッキングされたんです」
「何ですと」
濱井先生が思わず声を上げると、西川先生は続ける。
「それで、私、先ほどまでハッキングしたパソコンのIPアドレスをなんとか割り出せないものかと思っていたら、あっさり割り出せました」
「すみません、IPアドレスとは何ですか?」
濱井先生が尋ねると、西川先生はパソコンの画面を見ながら言う。
「パソコンをネットワークにつなぐとき、それぞれのパソコンに割り当てられる、いわばネットワーク上の住所みたいなものです。パソコンごとにIPアドレスは違うのですが、これは……」
西川先生はそこまで言うと、黙ってしまう。
「どうしましたか、もったいぶらないで教えてください」
濱井先生がどきどきしながら西川先生に尋ねると、西川先生はさも深刻なそうに言う。
「そのIPアドレスが、この学校が割り当てているものの一つなのです」
西川先生がそこまで言うと、濱井先生だけでなく、そこにいた先生総員が思わず西川先生に視線を集める。
「つまり、誰かがこの学校のネットワークをハッキングして、私のパソコンをハッキングしたと言うことです」
職員室は一転、沈黙した。
「教頭先生」
西川先生は立ち上がると、職員室の前の、教頭先生の机を向く。教頭先生はその机に座っていて、西川先生を驚嘆の目で見つめていた。
「生徒たちの持ち物検査をすることを提案します」
「なぜその結論になるのでしょうか」
教頭先生が尋ねると、西川先生は少し考えてから、教頭先生に力強く言う。
「なぜなら……、ハッキングした者がこの学校の生徒である可能性が濃厚だからです」
「な…………」
教頭先生は、開いた口が塞がらない。西川先生は続ける。
「この学校のIPアドレスが検出されたと言うことは当然この学校のサーバーを使ってこの学校のサーバー自身の中身をハッキングしたことになるのですが、この学校のサーバーはこの職員室に一つだけでしかも独立していて、職員室の周りでないとLANからハッキングすることは実質不可能。職員室から離れた場所からはサーバーに繋げるLANケーブルが必要になるのですが、LANケーブルの入れ口がある場所はここではパソコン室程度。パソコン室のパソコンを全て調べれば接続履歴が明らかになるのですが、万が一のことも考えて生徒達がノートパソコンを所持していないか検査する必要があります」
「先生」
長羽先生が立ち上がる。
「神田先生から、ノートパソコンを所持している生徒が一人いると伺ったことがあります」
長羽先生の一言で、西川先生は立ち上がる。
「…………」
「それもそうですね」
教頭先生は立ち上がると、西川先生の机のほうへ行く。
「明日はみどりの日(小説内では2003年)だから、あさっての30日に全校で持ち物検査を実行しましょう」
一方ここは校長室。席に座って目の前の書類に目を通していた校長先生は、窓も何も無い前から風を感じたので、ゆっくりと顔を上げる。案の定、そこにいたのは。
「ヘファイストス」
ヘファイストスと呼ばれたその男は、痩躯で黒いスーツを着て立っていた。縦に細長いその顔を、ぐっと校長先生に近づける。その表情は、まるで誰かに自分の要求を押し付けるかのようにずるがしこそうな顔であった。
「また要求か」
校長先生は、疲れたような声を絞り出し、手に持っていた書類を机の上に置く。
「はい」
ヘファイストスは顔を引っ込めると、校長先生の机へ一歩一歩近づく。
「今度は何だね」
少々の諦めを含めた顔で、校長先生は尋ねる。
「はい」
ヘファイストスは、校長先生の机のすぐ前へ立つと、言った。
「ある行事を開催して欲しいのです」
「その行事とは?」
校長先生は尋ねる。
「はい、こいのぼり大会です」
「…………趣旨は?」
ヘファイストスは、校長先生が尋ねてくると、ゆっくり言葉を選びながら話す。
「それぞれのクラスごとにこいのぼりを作っていただき、それを飾って、審査員がこいのぼりの優劣を決めるのです」
それを聞き、校長先生はばたっと立ち上がる。
「まさか中学生に、こいのぼりにたしなめと?」
「はい」
ヘファイストスは、にやにやしている。校長先生は、まだ4月と言うに顔中に汗をたらしている。
「……で、実施日は?」
「当然のことですが、こどもの日である5月5日です」
「……何をたくらんでいる?」
校長先生がありったけの言葉を搾り出して尋ねる。
「それは内密でございます」
ヘファイストスはいかにも紳士らしく、べこりと頭を下げる。
「もし拒否しましたら…、われらの組織はこの一ノ谷中学校の全てを破壊し、生徒たちを皆殺しにします……」
そう言うヘファイストスの顔は、不気味に笑っていた。
「…………」
校長先生はうなって、黙って、力が抜けたように椅子に座り込む。
「館野先輩があなたの言いなりになる?なぜ?」
長谷川の家の書斎で、羽生は長谷川に怒鳴る。
「ふっ……」
長谷川は吹き出す。
「簡単なことだよ。なぜなら、私はヴァンパイアなのだから……!」
「えっ。」
羽生は、どきりとする。長谷川はにやりとしながら続ける。
「そして……、田中先生の血を吸った。つまり、田中先生の挙動は、全て……」
「や……めろ」
それを最後の声に、田中先生の凶刃により、道端で停車していた救急車の運転手はばたりと倒れこむ。田中先生は、その運転手を押しのけ、運転席に座る。田中先生は、アクセルを踏む。後ろには、運転席の後ろの白いカーテンの向こうには、全てが血と救急隊員の死体―――・・。
「こちら田中一です。救急車を掌握。残念ながら館野明日子は別の救急車で運搬されているようです。このまま一ノ谷市立総合病院へ向かいます」
「……わたしが掌握している」
長谷川は、しばらく目をつぶった後、控えめな笑みを浮かべた顔で羽生に、勝ちほこった声で言う。
〜To be continued!!
FC2小説の「神田先生」には、毎話の最後に一言コメントも書いてたりします。