第12話 連れ去られた是
神田先生は、教室の教壇に立って、生徒たちを見ていた。
「2年は組で小さな爆発事故が起きましたので、安全のため生徒たちは今すぐ一斉下校するとのことです」
神田先生はそう言い、教壇の上の出席簿を開く。
「ひとまず全員いるか確認します。糸色さん」
「はい」
「公孫田さん」
「はい」
「犬神さん」
「はい」
「一条君」
「はい」
「生田君……休みですね。伊口君」
「はい」
「呂麻男さん」
「はい」
「白黒君」
「はい」
「花田君」
「はぁい」
神田先生はその次の人の名前に気づく。
「あっ……」
思わず声を上げてしまう。
「……長谷川さん。…いませんね」
この騒ぎですっかり忘れていた。そういえば、長谷川さんはどうなったのだろうか。
「長谷川さんなら、学校を出て行きましたよ」
後ろのほうの席に座っている柳生が手を上げながら言った。机の上にはパソコン。
「学校にはパソコン持ち込み禁止ですよ?」
神田先生が注意するが、柳生は聞かない。
「それより長谷川さんが通った後に、田中先生が倒れていましたが」
「聞きました」
「そして、その画像を詳細に分析すると、喉に2つの……」
「もういいです」
神田先生は呆れ声でそう言った。
「最後まで聞いてください」
そう言う柳生を無視して、神田先生は出席確認を続ける。
「羽生さん」
「はい。」
「火厘さん」
「はい」
「……ん?」
救急車の中で、ばちりと目が覚める。
「館野さん、大丈夫ですか?」
救急隊員が話しかけるが、目が覚めた館野は、じっと天井を見上げる。
「ここはどこですか?」
「救急車の中です」
救急隊員がそう答えるが、館野はしれっとした顔をしている。
「早く答えてください」
その意外な館野さんの返事に、救急隊員は焦らず再度答える。
「救急車の中です」
その救急隊員の顔を見ていた館野は一言。
「今、何で言いましたか?」
「…………!!」
救急隊員は、別な隊員に声をかける。
「おい、館野さん、耳がいかれているかもしれない」
「何だって?」
空っぽになった教室を背に、神田先生は職員室へ戻ると、教頭先生に声をかける。
「教頭先生」
「何ですか」
職員室の前方で黒板に何かを書きながら西川先生と話していた教頭先生は、少しの間を置いて神田先生を向く。
「ちょっと出かけてきます」
神田先生が言うと、教頭先生はにこっと言う。
「気を付けてくださいね」
「はい」
神田先生がそう言って職員室から出て行くと、西川先生は教頭先生に尋ねる。
「神田先生、どうしましたか?」
教頭先生は、静かに答える。
「担任として長谷川さんを説得しに行ったのですよ」
「長谷川さん……。」
家に戻った制服姿の羽生は、自分の部屋の窓から外を眺める。
「昔、よく遊んだよね。」
羽生はそう言って、2階である自分の部屋の窓を開けると、そこからえいっと飛び降りる。そこには、ほうきが浮いていた。その、自分の乗っているほうきを眺めながら、羽生は小さくつぶやく。
「今日も手際がいいわね、マーちゃん。」
そう言って自分の部屋の中を見る。
「マーちゃん、出てきて。」
自分のベッドの下から、みょっと黒く小さな猫が出てくる。
「ミャー……」
「安心して。誰もいないから。」
羽生が言うと、マーちゃんと呼ばれた黒猫は、みょっと駆けて来ると、部屋の窓を出て、羽生のほうきの後ろに乗る。羽生が窓を閉めると、マーちゃんはびょんと羽生の肩に乗る。そのマーちゃんを眺めながら、羽生は言う。
「久しぶりに、長谷川さんの家に行くのよ。」
羽生はそう言う。その直後、羽生のほうきは東へ向かってゆっくりと動いた。
「これを誰かに見られては」
声を発したのは、マーちゃん、黒猫の口からである。
「慎重なのね、マーちゃん。下からは視界妨害の魔法がかかっているから。」
羽生はそう言って、ほうきをもっと上空へ上げる。空を見上げながら、羽生は、独り言のようにマーちゃんに語りかける。
「実際のところ、あたしとマーちゃん以外は誰も知らないんだから。あたしと長谷川さんが、魔法使いであることを―――・・。」
羽生はそう言い終わると、ほうきを長谷川の家のほうへ向ける。
「多少生徒○役員共的に言うと、視界妨害の魔法のおかげでパンツは見られないから。」
「是さん」
商店街を走っていた神田先生は、目の前に制服姿の是が歩いているのに気づく。
「だめじゃないですか、寄り道しちゃ」
「だって、先生」
前髪を目を隠すように鼻の先まで伸ばしている是は、背中に学校指定のかばん、そして右手にたくさんの本の入ったレジ袋、そして左手にたくさんの本の入ったレジ袋を持っていた。
「わたし、本が好きなんです」
「だからといって寄り道していい理由にはなりません」
神田先生が言うと、是は左手のレジ袋を神田先生に差し出す。
「先生も本を読んでみませんか?面白いですよ」
是の目が髪で見えないので表情は分からないのだが、多分にっこりとしているのだろう。
「前髪、切ったほうがいいですよ」
神田先生が一歩退るが、是は首を横に振る。
「前髪を切ったら、本が読めなくなるんです」
「それはまだどうしてですか?」
「それは……」
是はそう返事をすると、ふふっと笑う。
「さあ、何ででしょう。どこそやの某氏がよそよそしくしている理由を突き止めるより難しいですよ」
「だから、前髪そこまで伸ばすとかえって不気味ですから」
「それでいいんです」
是はそう言うと、くるっと回って歩き出す。
「是さん、ちょっと待ってください」
「何ですか?」
是が振り向く。
「ちゃんと前、見えるのですか?」
「見えなければ本は読めません」
「そ……それもそうですね」
神田先生が答えると、是はそのまま歩いていってしまう。
「さて、僕も行きますか」
神田先生がそう言うのとほぼ同時に、前で、是が学生服を着た大男とぶつかる。
「すみません、すみません!」
是が何度も頭を下げるのを見て、神田先生はあきれた顔をする。やっぱり切ったほうがいいですよ。学校に戻ったら電話しようか。神田先生がそう思うや否や。
「何だ、つるもうと思ったら女かよ」
大男の一言に、神田先生はどきっとする。危ない。この男、危ない。さらに、その大男の両隣に、たちの悪そうな男子学生が二人。
「すみません、すみません!」
大男がふんと鼻を鳴らす。
「さっさと消えろ」
「は……はい」
それを見て、神田先生はほっとした。それと同時に、前からいきなり強い風が吹く。
「あっ…………」
是の髪が大きくめくれる。その顔を見て大男は―――・・。
「前言撤回」
大男は、是の制服の襟を掴む。
「貴様……」
一体是の顔に何があるのだろうか。神田先生はそう思いつつ、そこへ走っていき、大男に声をかける。
「やめてください!」
「何だでめえ。こいつの彼氏かよ」
そう言う大男が襟を掴んでいる是が、神田先生を見る。髪のめくれた是の顔は……、とでつもなくかわいかった。目元がかわいく、口の大きさが目に相応しており、まさにこの世にこれ以上のものがあるとは思えないほどのあどけなさであった。是と目が合ったので、神田先生はおもわず頬を赤らめる。
「あの……、本が読みたいんです」
是が男に言うが、男は是の顔に自分の顔を―――・・。
「ご、強姦です!」
神田先生が横から大声で叫ぶが、大男の隣の少年が神田先生を蹴飛ばす。地面に転がった神田先生に、蹴飛ばした少年は神田先生を見下ろして言う。
「てめえ、しつけえなあ、この赤木様の耳はすごくいいんだよ」
「赤木……売生子さん?」
神田先生がそう言うと同時に、是の悲鳴が聞こえる。
「口、やわらけえなぁ……」
男は、淫らなものを見る目で、是の顔を見ていた。
「これから毎日俺の家に住んで、まいに…毎日、俺と、」
「だめです!」
神田先生が怒鳴るが、再び赤木と名乗った少年が神田先生を蹴飛ばす。
「俺は青木ってんだ、よろしくな」
大男は是にそう言うと、ぼふっと是を背中におんぷする。
「ああ、胸おっけえなぁ」
「待……」
神田先生が声を上げると、赤木は反射的に神田先生のあごを蹴り上げる。
「行こうぜ、鵜戸」
赤木が、大男の隣にいる少年に声をかける。
「ああ」
鵜戸もそう答える。
「さあ行くぜ、二人とも」
青木が言うが、是は嫌そうにじたばたしている。
「わたしの……私の本!!」
神田先生は再び立ち上がろうとするが、脚が、脚が上がらないのである。
「こ……是さん」
神田先生が是の名を叫ぶが、3人はすでに平然と遠くへ歩いていってしまう。周りの人々は、そんな神田先生を遠巻きに囲むことしかできなかった。
〜To be continued!!