第11話 ハッキングと爆発と田中先生
「今気づいたけど」
赤木が、パソコンをいじっている柳生の後ろから話しかける。
「今日って、歯科検診の予備日だっけ?」
「うん」
柳生は生返事をする。
「なら、なぜクラス全員で行ってるの?」
「小説だから」
柳生は生返事をする。
「そんな答え、許されないわよ!」
大馬が柳生に怒鳴る。
「責任者はお前だ」
「…………」
「羽生さん、来ませんね」
教頭先生が困った顔をしてそう言うと、西川先生もうなずく。神田先生は、羽生の利用にあまり乗り気ではなかったのだが、無意識にうなずいてしまう。
「はぁ……、始まっちゃいますよ」
西川先生が、パソコンの画面を見ながらうなずく。
「…………ん?」
西川先生は、パソコンにぐっと顔を近づける。手では何度もキーボードを叩いていたのだが、ようやく顔を遠ざけて、叫んだ。
「ハッキングされているのかもしれない」
「えっ?」
教頭先生は、西川先生の思いかけない一言にびくっとする。
「一度シャットダウンします」
西川先生はそう言い、メディアプレイヤーを閉じる。
「ばれたか」
教室でパソコンをいじっている柳生は、そう舌打ちをする。
「何がばれたの?」
朝風が聞くと、柳生はキーボードを叩き、パソコン画面を見ながら返す。
「ハッキング先のパソコンがメディアプレイヤーを終了した」
「ええっ?」
朝風がどきりとする。
「でも、大丈夫」
柳生は、キーボードをさらに叩く。
「スタートメニューからシャットダウンできないように、レジストリを書き換える。間に合えばいいけど」
一方、児童玄関の前では、長谷川と田中先生がにらみ合っていた。
「やあ……、先生、初めまして」
「こちらこそ初めまして。技術家庭の田中です」
そう言いながらも、田中先生は退る。どうやって?どうやって、あの四月一日先生を抜いた?田中先生はそのことを考えないことはできなかった。かといって、目の前の長谷川を逃がすことはできない。何としても―――・・、校門という後があるとはいえ、必ず自分で止めなければいけないという思いに駆られた。
長谷川は、やむを得ずとした顔をしてはあっと一呼吸すると、田中先生に飛びかかる。
「!!」
田中先生はしまったと思い早足で退ろうとするが、そのときはもう遅かった―――・・。
「くそっ!」
職員室で、パソコンをいじっていた西川先生が勢いよく立ち上がる。
「レジストリの設定を書き換えやかった!」
西川先生はスタートメニューの「ファイルを指定して実行」からレジストリエディタを起動すると、手際よくレジストリキーのフォルダを開いていく。
「!!」
レジストリエディタが突然閉じた。そればかりではなく、マウスポインタが勝手に動く。自分のマウスを動かしても、それにはびた一つの反応を示さず、勝手に動いていきメディアプレイヤーを起動する。
「どうしたんですか?」
横の神田先生が尋ねるのを、教頭先生が制止する。
「西川先生はああなると、誰が呼んでも聞きませんから」
「そ……そうなんですか」
神田先生はそう言い、教頭先生を見る。その瞬間。
どっかーん。
上のほうから、大きな爆音が響いた。
「あれは……、何事です!?」
教頭先生が上の天井を向く。神田先生も思わず、上を向く。
「何があったの?」
教室でも、柳生を除く生徒総員が上を向いていた。
「理科の実験で失敗したの?」
有薬がそう言うと、羽生はそれを否定する。
「なら、真上からは聞こえないでしょう。教室の中での爆発?」
「よし」
パソコンをいじっている柳生が声をあげる。自分のパソコン画面に、再びメディアプレイヤーが現れる。
「ん?」
柳生は、その画面に、玄関前に、眠っているように倒れている田中先生を見つける。そして……、そこにはもう長谷川の姿は無かったのである。
「みんな!」
柳生が言うが、周囲は上のことで夢中であった。3時間目開始を告げるチャイムが鳴っていたが、それはもうみんなの耳には届かなかった。
その10分程度前。
2時間目の授業が終わった2年は組の館野明日子は、廊下の端に一本のペンくらいの長さの棒が落ちているのに気づいた。
「ごみかしら」
館野はそれを拾い上げるが、それを持つだけでなんとなく不思議な感じがしたので、教室に入っても捨てるに捨てられず、やむを得ず手に持っていた。
「3時間目は英語ね」
館野が机に座ると、隣の席の蓮寺めいが館野に話しかける。
「うん」
「わたし、英語苦手ー」
館野はそう言って、その棒を持っている左手を下ろし、頭を横向きに机の上に乗せ、右手で机の上の英語の教科書をばらばらめくる。棒は、持っているだけで不思議な感じがしたので、この違和感を味わっていたかったというか、そのあたりの感覚はとてもこの小説を書いている僕の感性では表せないので割愛させていただく。
「なんで日本人なのに英語を勉強しなければいけないのかなー」
館野がぼそりと言うと、蓮寺が明るい声で言う。
「英語を知っておけば、将来の仕事などで外国に行かなければいけないときに役立つでしょ」
「でも、今学校で習っている単語ってほとんど役に立たないんでしょー。むしろ役に立つのは1年生で習ったことくらいって感じ」
館野ははあっとため息をつき、教科書の中の単語からてきとうなものを選ぶ。
「イクスプロージョンとか」
どっかーんと、手に持っていた棒―――・・、杖から大きな爆音が響く。爆発自体は小規模であったものの、それでも館野の机の脚を消すには十分であった。折れた脚とともに、館野は爆音を非常に近くから聞いてしまったためか、そのまま意識を失って、机に頭を乗せていたこともあり、椅子から横へ落下する。
「アス……アス!!」
蓮寺が思わず立ち上がるが、館野は返事をせず、眠ったような顔をしていた。それと同時に、3時間目開始のチャイムが鳴る。2年は組の生徒たちは、ざわっとしていた。隣の組から、生徒達が集まってくる。
「何があったの?」
「大丈夫?」
2年は組の教室は、一時騒然となった。
「こういう次第で」
2年は組担任の管原公一は、職員室で教頭先生に平謝りする。
「とりあえず、救急車を呼びました」
「それは適切な判断です」
教頭先生が返す言葉といえば、これしかなかった。
「とりあえず、2年は組の生徒たちは全員帰らしてください。他の組については、私が判断します」
教頭先生がそう言うと、管原先生は申し訳なさそうに何度もべこりべこりと頭を下げる。
「それで、その」
隣の西川先生が教頭先生に話しかける。
「長谷川さんのほうはどうしましょうか?」
「え?」
教頭先生はそう言い、西川先生のパソコンのほうを見る。
「長谷川さんがいなくなって、代わりに田中先生が倒れています」
パソコン画面を覗いている神田先生が、そう言う。
「な……」
教頭先生は思わず、西川先生のパソコンのほうへ走り、画面を見る。
「田中先生…田中先生!!」
「もうすぐ校内放送があるはずよ。」
羽生がそう言って自分の席に戻ると、半分程度の生徒がみな自分の席に戻る。もう半分は、柳生のパソコンの周りに残っていた。
「田中先生が、倒れている」
柳生のパソコンに映っていたのは、児童玄関の前で横向きに倒れている白衣の田中先生の姿であった―――・・。
校門の前で待ち伏せをしていた西島先生は、校舎3階の爆発に、思わず校門を離れていた。校舎に気を取られていた西島先生の眼中には、もはやすれ違って校門から出て行く長谷川の姿は無かった。
教頭先生は、放送室で、用意していた文書を読み上げる。その文書は速筆でよほどのことが無い限り読めないほどの代物だったが、教頭先生はそれを軽やかに読み上げる。
『2年は組の教室で爆発がありました。原因は不明ですが、警察と消防車を呼んでいます。今日の3時間目以降の授業は中止します。生徒たちは総員、それぞれのクラスの担任の先生の指示に従って、集団下校してください。繰り返します。2年は組の教室で爆発がありました―――・・』
〜To be continued!!
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