ハードボイルドな俺とマスターとの関係
仕事の報酬を受け取るために、俺は行きつけの酒場へと足を運んでいた。どんな仕事かって?そいつは教えらんねえな。ハードボイルドな男、つまり俺のことだが、は多くを語らないモンだ。
店に着いたのは陽もいい具合に沈んだ頃だったが、客足はほとんどないようだった。おいおい、今日もご無沙汰か?とマスターをおちょくってみたが、いつもの如く何も答えやしねえ。もっとも、俺とこいつとは長い付き合いだ。何も言わなくても、こいつの言いたいことは何でもわかる。"掌でブランデーを転がす"とは、昔のハードボイルドもよく言ったもんだぜ。
仕事の話をしよう、そう切り出して俺は懐から葉巻を取り出す。すると、隣の客が怪訝そうに俺を見てきやがった。ちっ、煙草はお嫌いか。ここは酒場なんだからいいじゃねえの、と思ったが、ハードボイルドな男は人の嫌がることはしない。葉巻を懐に戻す。ま、帰りの楽しみに取っておいてやろうじゃねえの。
マスターは例の物を要求してきた。おいおい、俺とお前の仲だろうが、とからかってみても、こいつは事務的にしか答えない。だがこれもいつも通りだ。依頼人が金を預ける相手だ。これくらい堅物じゃあねえと信用はできねえ。俺は懐からカードを1枚取り出し、マスターに手渡した。これが俺とマスターとの絆だ。
だが、こいつだけじゃあ不十分だ。なぜかって?俺が誰かの変装かもしれねえからだ。誰かが化けて報酬を受け取りに来る。よくある話だ。だから、俺とマスターとの間で合言葉を決めてあるってわけだ。もっとも、マスターも覚えるなら男よりも女の誕生日がいいだろうがな。
俺であると確信が持てると、マスターは報酬金額を提示してきた。こいつはちっとばかり紹介料が過ぎねえか?と文句の一つでも言ってみるが、マスターは何も答えない。だがその沈黙が、これが俺の仕事だ、と語っていた。ちっ、ハードボイルドだぜ。
満足のいく金額じゃねえことに苛立っておもむろに懐の葉巻に手を伸ばすが、隣の客が顔を顰めてやがった。オーケイ、今日はツイてねえ。ハードボイルドな男は引き際も見極める。
提示された通りの金額を書いてサインする。あとは渡して金を受け取れば取引は完了だが、マスターは事務的な言葉で首を横に振った。
今日は閉店だぁ?
俺は時計に目をやる。まだ夜はこれからだってのに、店を閉める酒場がどこにあるってんだ。
だがマスターは何も答えない。時間だからだ、と言っているのだろう。ちっ、こうなったらこいつは頑固だ。銃を突き付けても動きやしねえ。
いいだろう、今日のところは出直してやるぜ。ここで暴れてちゃあ、ハードボイルドの名折れよ。
酒場から冬の寒空に出るや否や、懐から葉巻を取り出し、年代物のジッポーで火をつける。深く吸い込み、ハードボイルドの香りを楽しむ。お預けを食らった分、その味は格別だ。懐は寒いが、葉巻の火だけは暖かい。男なんざ、こんなもんでいい。
酒場の看板から灯りが消えた。その看板には……。
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