凱千 覇名
凱千 覇名、彼女と出会ったのは、ニジ高に入学して初めて迎えた夏休み中だった。
「………………」
朝のゴミ出し場所である公園前、ゴミを持って来た俺の目に、ソイツは映っていた。
頭までスッポリ覆える煤汚れたローブを被り、そこから見える強靭な両腕には、グルグルと汚れたテーピングが巻かれている。
全体的に見て、修行僧が砂漠を越えて力尽き倒れている様な感じだ。
(…………はぁ、また母さん絡みか)
まるで漫画の中から出てきた様な風貌は、あきらかに変人である。
母さんの同類だと判断した俺は、持って来たゴミを所定の場所に置くと、地面に突っ伏しているソイツに声を掛ける。
勘違いして欲しく無いのだが、俺がこの人を助けるのは、近所住民さん達に迷惑を掛けないためであり、この人への善意ではない。繰り返す、善意ではない。
「大丈夫ッスか? 生きてますか?」
「……腹が…………へった……」
母さん絡みなら家に上げとけばいいだろうと簡単に考えた俺は、その言葉が彼女にとっての答えになるなんて考えもしなかった。
「あなたの目的地は多分俺の家なのでついて来て下さい。飯も出しますよ」
「飯!!」
ガバッと彼女が起き上がった。そして、俺達の視線が初めて交差する。
風貌からしておっさんだと思ってた俺はテンパった。
何日も食べてないのだろう、頬が軽く痩けている。しかし、それを上回る美貌を彼女は持っていた。
筋骨流流な肉体だが、間違いなく美少女だ。
そしてその美少女が立ち上がり、俺の両手を自らの両手で掴み、額に当てている。
美少女との接触。童貞力の塊みたいな俺はパニックである。
『彼女? いても面倒なだけだよ、俺はダチと連んでた方が楽しい』
俺の先日言った言葉だ。
嘘である。
健全な男子が彼女欲しく無いなんてありえない。いたらソイツはホモ野郎だ。
だからこそ、パニックである。もしこれが額ではなく、胸付近だったら……泡吹いて倒れていたかもしれない。
無表情の下で脳内にエマージェンシーコールを続けている俺に、彼女はこう言ったんだ。
「あなたが神か……」
「…………」
なんか冷めた。一気に冷めた。パニック状態で忘れてたが、彼女は母さん絡みの客かもしれないのだ。
母さんの周りには奇人変人しか集まらない、俺を除いて。
俺を除いて。
大事なことなので復唱した。
つまり、彼女も奇人か変人の可能性が高い。
そう考えたら、高まっていた俺の小○宙が急速に減少していった。
「まあ神じゃないけどね、俺の家こっちだからついて来て下さい」
「うぬ!」
「…………」
奇人や変人かもしれない。
だが彼女の笑顔は、たくさんの花が咲いた様に、華やかで賑やかだった。
それから夏休みが終わるまで、彼女はこの町で過ごし、色々あって気に入られ、今に至る。
彼女は俺と同類だった。
「ワシの婿になって……くらはい」
覇名との出会いを思い出していた俺が無言だったので、不安になったらしくもう一度同じ言葉を言って、噛んでいた。
あれ以来、毎日開口一番にまるでついでの如くプロポーズされている。
「あのさ、これも何度も言ってる言葉だけどさ「いやじゃ」凱千さんにはもっとふ「聞きとうない!」って聞けよ!!」
「凱千さん、なんて他人行儀な呼称はよせ! 覇名と呼べと何度言えばわかるのじゃってしまったあああああああぁぁぁぁ!!!」
「ど、どうしたんだ?」
奇声を上げながらいきなり頭を抱えてうずくまる覇名に、恐る恐る訊いてみた。
「隆康を籠絡するために実行しておった戦術『あれ? こいついつもと様子が違うぞ? なんか言葉使いとか雰囲気とかも別人みたいで、なんかドキドキバクバクする! そうか! これが恋か!!』作戦がああぁぁぁぁ!!!」
なるほど作戦名だけで、何をして何を得るのかがよくわかる良い作戦名だ。恐らく作戦考えた奴は覇名ではないだろう。作戦名に昭和臭がする。
さてと、そろそろこちらも作戦開始と行きますか。ん? 作戦名は無いのかって? うーん、よし! 作戦名は【世界観事変浸食作戦】にしようかな。