音目ユリ
音に関する不気味な話を書いていけたらなと思ってます。初発から個人的に不満な駄作なので、成長も含めて読んでもらえると嬉しいです。伏線が大好きなのに語彙力が足りてないので、読みにくさが目立つと思います。
僕の町では午前四時に町内放送が行われる。朝の挨拶が流れているとの話だが、実際に聞いたことのある人はほとんどいない。俺もまた聞いたことはない。余程の役目がなければ、そんな朝早くに起きる必要はないのだから。需要がないなら撤去して資材にして欲しいと市からも声が掛かっている。しかし、毎日の町内放送が風化してしまうのも気の毒だ、許せないと言う町民も多く、議論は停滞している。脚光を浴びることは全くないが、地元の象徴なのだ。
学校の一つすらない平屋ばかりの小さな町の中心に、くっきりと佇む黒い鉄塔。サイレンから垂れた配線はすべて剥き出しで、地面にまで届いている。近くの山のダムから譲り受けたと噂に聞いているが、制御監視局はない。放送は町長の方からパソコンで流せるので設備は廃棄したと噂に聞いている。
俺の通う隣町の学校からも目立って見える黒い鉄塔。サイレンがあまりに下を向いていることから、ユリの花に例えられることも多い。隣町での通称は『黒いユリ』だ。肝心の町民はその名を嫌うが、俺はおかしく思ったことはない。連想しやすく覚えやすい良い名だ。
とはいえ、俺のような考えの人はほぼいないので町の間の仲は悪い。両親が引っ越してこの町に来たために、その息子の俺は地元への理解が足りていないという。この町で産まれたのに。町の人は悪い人にも見えないので、歩み寄れるように努力している。いや、明確には努力していた。
ある日を境に、俺は町民ではなくサイレンに歩み寄るようになったのだ。それはサイレンが好きだからではない。サイレンについて知るためだ。はっきり言うと、町民とは相容れない。十六年暮らしてようやく気が付いたのだ。この町はおかしいと。
俺にその確信を与えることとなった事件が起きたのは去年の秋のことだった。枯れ葉が蟠り、空が紅く染め上げられていたあの寒い時期、俺の友達は死んだ。その友達は隣町に住んでいた。死因はクラスメイトからの度重なる虐めが招いた自殺だ。最も恐ろしいのは虐めの動機にあった。
「あの鉄塔を侮辱されたから仕方なくやった。価値観に歩み寄ってくれる素振りが少しでもあればこうはならなかったと思う」
地域の新聞にはそう書かれていた。そんな身勝手な動機が許されるはずがない。鉄塔を塵同然に扱われたとしてもだ。その上、自己を押し付けて一人の人生を滅茶苦茶にしたにもも関わらず理解して欲しかったと、度重なる要求をしている。自分の命を狭い監獄に投げ込んでまであの鉄塔を護る意味は何なのか。ただでさえ気分が悪いのに、俺の町の人々に限ってはその動機に理解を示していると聞いた。俺は行き場のない怒りと、閉鎖的なムラ社会の気持ち悪さを知った。
常軌を逸した最悪の事件は、すぐに全国へと広まった。しかし、動機だけはすり硝子を挟んだかのように綺麗に仄めかされていた。
友達を喪って孤独に暮れた帰り道。家の方向にはいつも黒い鉄塔が佇んでいた。サイレンは外の世界に目を向けず、足元に暮らす亡者だけを都合よく眺めているようだった。その亡者たちはこの鉄塔を阿呆みたいに崇拝して、勝手に護ってくれる。まさに箱庭のような構図だ。
俺はそんな町に帰らなくてはならない。可能ならば両親を連れて故郷へと帰ってしまいたい。しかし、それはできない。両親はこの町で唯一の建築士で、何でも屋のような役割を担っているからだ。両親もまたその状況に満足している。
いつまでも怒りと恐怖に支配されていると、どこかで必ず亀裂が生まれる。少しでも感情を抑え込んで日々を過ごしていかなくてはならない。大切なのは謎を解き明かすことだ。喪った人への想いは努力しても消化できないのなら、せめて友達が死ななくてはならなかった理由や意味を知りたい。
その手始めに、鉄塔を直接見に行くことにした。殺風景な空き地の中央に根を張る鉄塔は、背丈ほどのフェンスに囲まれている。実に大きく、実に高い。サイレンからだらしなく垂れた配線は地面の下まで潜り込んでいる。鉄塔は古いエンジンオイルのような黒い粘度のある塗料が付着して黒くなっているようだ。少し焦げたような臭いがしている。僅かに鼻が痛い。サイレンの数は五つで、下から見ると内側まで全て真っ黒。ダムから持ってきたのなら、もう少し目立つ色をしているべきだと思うのだが。わざわざ森に溶け込むような色を徹底しているのにも何かありそうだ。
次に、地域の地図を見てみることにした。地理の授業で必ず地域の地図は配られるため、入手の作業は不要だ。しかし、授業の都合でマーカーをかなり使ったため、視認性が悪い。また使うこともないだろうと落書きしてしまったことも今になって悔やむ。余計な線と色の入った地図から、あるかも分からない糸口を探る。ダムからあの鉄塔が来たとするならば、注目すべきは山。特に渓谷の周辺だ。水を探せばダムは見つかるだろう。地図記号には疎いため、ダムと断定する方法はないが、二箇所からダムらしき構造が見つかった。片方はマーカーで潰れてしまっているが、もう片方はダムと考えていいだろう。実在していればそれぞれに名称があるはずなので、不器用な検索でそこも探る。
時間をかけて調べたところ、この山には藍彩ダムという小規模なダムと文紅ダムという大規模なダムがあった。藍彩ダムは二十数年前に停止され、現在は文紅ダムがワンオペで担っているという。稼働中のダムからは鉄塔を持ち出せないことを考えると、あの鉄塔は恐らく藍彩ダムにあったものだ。
ここまで分かれば、やることはただ一つ。禍々しい鉄塔の故郷へと足を運ぶことだ。一人で行くのも気が引けるが、町の人間は恐らく来ない。それどころか数学の公式並みにややこしくて理解し難い謎の言葉で止めてくるだろう。邪魔されるぐらいなら一人で行くのが正解だ。今は亡きダムまでの道のりは調べようにないため、スマホの地図でそれっぽい場所に向かうことにした。
予定当日、非常時のためにリュックへ食糧と防寒着等を詰め込んでから家を出た。時刻は丁度十二時を廻っていた。昼間の明るい日差しと、町の人間の視線を避けて山の麓まで向かう。厳かに聳える山へ踏み込むのは勇気が必要だったが、後戻りはできまいと進んだ。緩やかな傾斜のおかげで探索はしやすく、あっという間に山の中腹まで訪れた。スマホの地図を見るに、ここから少し東へ行けば到着するはずだ。あの鉄塔から見ると東南東ぐらいの場所に位置している。
感覚としては理解できていたのだが、山に慣れていないためか思った以上に時間を浪費し、段々と日も沈み始めていた。迷子のように彷徨い続けること数時間、俺はようやくダムらしき建造物に辿り着く。最早ただの広い湖のようになっていたが、蔦に喰われたおんぼろな制御監視局はしっかりと遺されていた。その隣には鉄塔があっただろう四角い痕もある。こうして見ると、鉄塔の大きさが改めて窺える。少し移動して制御監視局の側まで近付くと、制御監視局の内側からも蔦や虫が出てきていることが分かる。栄養となるものがあるとは思えないのだが……
立ち籠める湿気は肌に触れると嫌なぬるさがある。全身に隈無く密着して、そこにある存在を確認しているかのようだ。逆を言えば、形状のない何かを知っているかのような振る舞いとも言える。制御監視局を覗けばきっとそこに真実の欠片があるのだろう。町が教育の過程で消し去ってしまったこのダムの秘密。
呼吸を呑んで、瞳孔を広げ、ドアノブを握る。ぎしぎしと軋む音を立てて扉は開かれる。蔦は千切れ、蟲は散った。暗い室内へ恐る恐る足を踏み入れる。
――まさか。
心の中で何時かのために保持していた恐怖の感覚が、刹那的に肺まで登り詰めた。息が乱れる。瞳孔が揺れる。俺は触れてはいけないものに触れてしまったのだ。確かにこの目で見て、この耳で聞いた。
一人の遺骸と雑音を拾い続けるマイク。それは幻覚ではない。確かにマイクを握り締め、そこへ声を吹き込んでいる。椅子に座った遺骸は、過去の責務と憎しみを抱えて今も尚そこで生きているかのようだった。
恐怖で逃げ出そうとしたその時、自分が歩んで来た方向から聞き慣れた声が響いた。町の人々だ。それも老人ばかり。手には時代にそぐわない物騒な松明を持ち、こちらを睨み付けるように凝視している。
町の人々は、そこにいるのが人間だと気付いた途端に激しい怒号を響き渡らせた。何と言っているのかは分からなかった。しかし、狂気を纏っていることだけは伝わった。それらは俺を殺しに来たのだと――
俺は病棟のベッドで目が覚めた。隣では両親が申し訳なさそうにこちらを見つめている。俺が目覚めて安堵はしているが、寧ろ罪悪感が募っているようだった。医師によると、俺はあの時に崖から落ちたそうだ。町の人々は錯乱していた俺を呼び止めていたとのこと。
俺は納得できず、あの日に見た景色と聞いたものを全て医師へ告げた。医師は不慣れな山に入って無意識にパニックを引き起こしたのだろうと語った。確かに先入観が強かったのかもしれない。
間もなく、医師が念のために俺の話を警察に伝えたことで事件の可能性も視野に調査が始まった。個人ではどうにもならないような範囲まで捜査は及び、鉄塔を囲うフェンスも容易く外された。その結果、サイレンから垂れる配線はどことも繋がっておらず、地面に埋められていただけだということが判明した。つまり、サイレンとしての役割はここに来た時点で喪われていたのだ。一方、廃墟となった制御監視局の調査では真逆の事実が判明した。遺骸が一部白骨化するほどの劣悪な環境下でも、マイクやパソコン等の設備や、警報局と連動するサーバーには傷一つなかったのだ。しかし、電気の供給はダムの廃止時点で止まっていたという。動き続けていた理由は様々なトラブルを解決してきた警察でも分からなかった。
遺骸は鑑定で町長であったことが明らかになり、明確に事件として認定された。町長は多忙故に行方は分からないと町の人々は口を揃えて語っていたが、どうやら多忙以前に亡き人になっていたようだ。その後の様々な調査により、一つの小さな町で複数人が同時に逮捕されることとなった。実に恐ろしい話だ。
逮捕後も容疑者は口を揃えて町長はまだ生きていると語った。ここまで追い込まれると減刑することしか考えられないのだろう。俺もそう考えていた。しかし、それは実に浅はかな考えであった。
町の人々は洗脳されていたのだ。何一つ持ち得なかったあの鉄塔に。
それは簡単な話ではない。誰かが信じてくれるような話ではない。恐らく生涯を使って噛み砕いてもその根幹は見えてこない。大規模な洗脳は一部の異常者から始まったのだから。
あのダムに訪れ、狂気という彩に手を染めてしまった人々だけが確かに見たという。あのサイレンから垂れ流れる声を。救済を求めて足掻く声を。あれから二十年以上が経った今も、その声は必ず午前四時に町へ訪れる。聞こえない人々もまた、異常者を恐れていたが故に理解を示す素振りを見せた。聞こえていることにしなくてはならなかった。
誰もが恐怖に囚われた末にそれは町のルールになった。鉄塔の声に耳を澄ますこと。鉄塔の尊厳と存在を護ること。決して侮辱しないこと。関わらないこと。逃げ出さないこと。鉄塔は常に見ている。
その町で産まれた子供は皆、そういう風に育てられてきた。ルールとして教えられるわけではない。御神木のように気高きものとして、必然的に受け入れられていくのだ。
恐ろしい事件の痕跡は町の中央に立っていた。事件が解明されるその日まで、絶えることなく救いを求めていた。可哀想という言葉は似合わないが、心の空洞を見ているようで虚しくなる。
俺が何故そこまでのことを知っているのか。理由は大層なものではない。ありがちで、誰でも易く想像できるであろうものだ。
だから語るつもりはない。いや、厳密には語れないのだ。最初からそこに声はなかったのだから――
コンテストのこと知らないで書いてたので、ちょっと音の解釈がひねくれてましたね。こういう狭い共同体の怖さってゲームとかでよく見るし、ありがちで少し退屈だったかもしれません!音目ユリは反応の調査ぐらいに思ってます。




