倒せないバケモノの正体は
草原の中、少し小高い丘に寄り添うように石を積み重ねた家が一軒ある。
「ここが例のバケモノの棲家か?」
筋骨隆々な戦士の問いに勇者は頷く。
「ああ、僕も少し予想外だ」
「そうですね。近隣の村から、食料だけでなく若い娘まで攫うバケモノが住む家にしては、質素すぎます」
僧侶は勇者の気持ちを代弁するように言語化した。
「そんなことより、助け出すことが先でしょ」
攫われた少女を思う魔法使いの言葉に、一同は顔を見合わせて頷いた。
「そうだね。それじゃ、いつもみたいに僕たち二人が先行で突入するから、君たちは周囲を警戒後、時間差で突入してほしい」
勇者の指示で彼らは速やかに動き出した。
勇者と戦士は、たった一つしかない正面扉の左右に音もなく立つ。その様子を少し離れ、家を囲むように僧侶と魔法使いが配置につく。
ぶっつけ本番でも流れるような動きが、彼らがくぐり抜けてきた修羅場の数を物語っていた。
戦士が勇者の顔を見る。そして勇者が小さく頷くと、それを待ってたとばかり戦士は扉を壊して突入した。
激しい破壊音と共に、薄暗い屋内へ入った二人。戦士は持ち前の勘に近いもので、すぐさま剣をベッドに腰掛けてる人影に向けた。
戦士をカバーするように入った勇者の視界には台所のかまど、水瓶、小石と泥で出来た煙突、テーブルと椅子が映る。隠れる場所や逃れるところが無いことを瞬時に確認すると、戦士と同じように剣を向けた。
「動くな……少しでも動いたら、叩き斬るぞ」
ようやく室内の暗さに目が慣れたのか、ベッドに腰掛けてる人影が見えてきた。
靴を履き、足らない裾から見える足は細く、猫背な上半身も痩せている。頭頂部はハゲており、顔は情けなそうだった。中年のおっさんに中央値があるなら、それから大分離れているだろう。
「何しに来た?」
弱々しい声でおっさんが尋ねる。
そのタイミングで僧侶と魔法使いも室内に入って来た。
「僕は勇者で彼らは大切な仲間だ。そして、魔王を倒す旅の途中、立ち寄った村の少女が攫われたと聞いて助けに来た」
「攫った覚えはないが、コレを連れて帰りたければ好きにしろ」
その態度と言動は勇者たちを不快にさせるには十分すぎた。
「あぁ? なんだ、こいつ。マジでぶっ殺してぇ……」
殺意増し増しの戦士を抑えるように、魔法使いの手が軽く触れる。
「待って、今は彼女の安全が先でしょ」
「あぁ、分かってる。ありがとう」
怒りを抑え、礼を言う戦士に、魔法使いは優しく微笑んだ。それから、ベッドへ近づくと、ベッドの上で震えながら丸まってる少女に声をかけた。
「もう大丈夫よ。私たちは、貴方を助けに来たの」
少女は答えない。ただ黙って震えている。そのひどく怯えてる姿に、中年男性に対する嫌悪感が溢れ、おっさんを睨みつけた。
「おい……」
仕方ない感じでおっさんが少女に声をかけると、少女はビクンっと身体を跳ねさせた。
「行け……」
その言葉で少女はゆっくり起き上がると、綺麗に揃えておかれた靴を履き、どこかおぼつかない足取りで、魔法使いの元へと歩いた。そして、魔法使いは優しく少女を抱きしめる。
「先に外に出るわ」
「ああ。頼む」
勇者に報告すると、魔法使いは少女と共に出て行った。
「これで用件は済んだろう。君たちも出ていってくれ」
「おいおい、まだ、大事な用件が残ってるだろ」
「……それは何かな?」
「決まってんだろ。オメェをぶっ殺すって用件だ……よっ!」
戦士はおっさんめがけて踏み込みながら剣を振り下ろそうとした。
だが、身体が固まったように動かない。
「な、なんだコレは……」
戦士は戸惑う。
勇者は僧侶を庇うように移動すると、彼もまたおっさんを攻撃しようとして、身体が動かなくなった。
「なっ……」
この時、ようやく勇者にも戦士の戸惑いが理解出来た。
麻痺とは別物。それに似た感覚を勇者は知ってる。
それは恐怖だ。だが、それを認められない。少なくとも勇者は恐怖を感じてない。それなのに、身体が勝手に恐怖で動かない。それに戦士も戸惑っているのだと、勇者は理解した。
「仲間に何をしたんですか?」
僧侶は麻痺解除の魔法を使い、それが効果無いことを把握し、次の手を打つ時間稼ぎに尋ねた。
「私は何もしていない」
「嘘をつかないでください。何もしてなければ、こうはならないでしょう」
「あいにく、嘘をつく必要性も、意味も無い」
「そうですか……」
「ところで、私を殺すという用件だが、それは不可能ではないが、君たちには無理だ。それが理解出来たら、帰ってくれ」
「あぁ? 」
「まぁまぁ、ここは一旦退くとしましょう」
「……そうだね」
ブチギレてる戦士を僧侶がなだめ、勇者は何か僧侶に考えがあることを察した。
そして、三人はすんなりと外へ出て行く。さっきまで動かなかった身体が嘘みたいに。
家から離れた場所に少女はしゃがみこんでいた。そして少女を包み込むように魔法使いもいる。
「もう、倒したの?」
「いや……」
魔法使いの問いに、戦士は苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「なんで? あんなキッショいヤツ、みんななら簡単に倒せるでしょ。まさか……見逃したの?」
「いや……それがよぉ、ヤツを攻撃しようとすと、よくわからん力で身体が動かなくなりやがる」
「ごめん、ちょっと何言ってるのかわからないんだけど」
「彼の言ってることは本当だよ。僕も同じだった」
「じゃあどうするの? このままヤツを放置するわけにはいかないでしょ」
「あぁ、そうだね。そこで、何か思いついたんじゃないかな」
勇者はそう言って、僧侶を見た。
「えぇ。ヤツを攻撃しようとすると、なにかしらの不思議な力によってそれを行えません。これは、直接的な攻撃だけでなく、拘束魔法なども発動できなかったので、間違いないでしょう」
中年男性と会話しながら、色々と試していた僧侶が説明する。
「それなら話は簡単です。ヤツを攻撃しなければいい」
「ん……? 何言ってんだ?」
理解出来ない戦士ことを一旦置いて、僧侶は魔法使いを見る。
「そこで頼みたいのですが、あの家を魔法で破壊してくれませんか」
「その攻撃にヤツを巻き込むってこと?」
「その通りです。少なくとも、扉を破壊出来てるので、攻撃対象を家にすれば問題は無いと思います」
「分かったわ。それなら任せて。そういうの、私得意だから」
魔法使いは立ち上がると、全身に魔力を込めた。すると、周囲の空気が線香花火のようにパチパチと弾け、頭上に魔法陣が浮かびあがる。
ゆっくりと手に持つ杖を家へ向けると、叫んだ。
「爆ぜろ!」
その瞬間、巨大な爆発が家を中心におこり、その爆風は大地を抉り、土の塊をばら撒いた。
それを戦士と勇者は剣圧だけで次々と弾いている。
そして、僧侶は熱風からみんなを守るため、癒しの魔法を発動させていた。
「やったか?」
「ちょっと、そんなことを言うと、やってないみたいになるでしょ」
「そうですね。大体、この爆煙の中から攻撃されたりしますね」
「じゃあ、油断せずいこう」
彼らは互いに警戒しながら、いざという時には守れるようにしていた。
そこに後ろか強風が吹いてくる。
急激に熱せられた爆心地を目指し、周囲の冷たい空気が移動してきた。その風は中心でぶつかると、上昇気流を生み出し土埃を柱のように持ち上げた。
しばらく警戒しながらその光景を見ていた彼らも、ようやく緊張の糸をほぐした。
その時、それまでしゃがみこんでいた少女はゆっくりと立ち上がる。
そして、彼らの前まで歩く。
「あ、ちょっと。危ないから戻ってきて」
魔法使いの声で少女は立ち止まる。
そして、言う。
「なんて、ヒドイことを……」
その言葉の意味を彼らは考え、静寂が訪れた。
それを真っ先に破ったのは戦士だ。
「あぁ、嬢ちゃん。もしかして、大事な物があの家にあったのか? だとしたら、すまん。代わりにならねぇかもしれねぇけどよ、俺が新しい物買ってやるから。元気だしてくれ」
「ええ、そうですね。申し訳ありません。私もそこまで配慮出来てませんでした」
「いや、これは僕の責任だ」
「違うでしょ。これは私たち全員の責任。仲間なんだから」
彼らの言葉を背に受けながら、ゆっくりと少女は振り返った。
「私がヒドイと言ったのは、無実の中年男性を殺害しておきながら、ほのぼのと談笑してる、君たち人殺し集団の行為についてだよ」
空気が一瞬で変わった。
「君は何者だ?」
「それは、この肉体の名前が知りたいのか?」
「違う。その娘の身体を乗っ取ったのか?」
「いや、乗っ取ってなどいない」
「それなら、さっさとその娘の身体から出ていけ」
「それは無意味だ。というか、中年男性だけでなく、今度は無実の少女を殺害したいのか?」
「何を言ってる。僕は君に出ていけと言ってるんだ」
「だから、それをすれば少女の肉体が死ぬだけだと、私は言ってる」
勇者と少女のやりとりに、他は混乱していた。
「え、えぇ? ちょっと待って。なにがなんだかわからないんだけど」
「……つまり、他者の肉体を乗っ取るか、操作する能力ですか……やっかいですね」
僧侶の推論に少女は眼ざしをむけ、否定する。
「それも間違い。私は乗っ取って無いし、操作もしていない」
「嘘よね……だって、それじゃ……あなたが黒幕ってことに……」
先ほどまで守ろうとしてた少女が黒幕だと思い、魔法使いの身体は抑えがたい震えに襲われた。
「つまり、あの家に居たおっさんが、本当はこの嬢ちゃんに操られていただけってことか」
「それも、間違い。それにしても、姿が変わっただけで、私は私だというのに、随分と態度が変わるものだ。また、問答無用で殺しにくると思ってたが……」
「おや、その割に、バラすのが早いですね。もしかして、殺されたかったのですか?」
「したければ構わない。それで死ぬのは少女の肉体だけだ」
「それなら、君を封印したらどうだい?」
「その場合も、封印されるのは少女の肉体だけだ」
「なるほど……それにしても、随分とベラベラと喋ってくれるね」
「当然だな。君たちの知りたいという気持ちは、最大限尊重してるつもりだ」
「なら、いい加減教えてくれないか、君の正体を」
「いいだろう。知りたいのなら、答えよう」
「おいおい、マジかよ。だったらついでに、オメェの倒し方も教えてくれよ」
「そんなことが知りたいのか……。まあ、いいだろう。私の倒し方も答えよう」
流石にその返答は予想外すぎた。彼らは驚きの表情を浮かべていた。
「さて、先ずは私の正体だが、はじまりから話すとしよう」
あれは、今からずっと昔。神話の時代よりも遥か昔。この地に、いや、この星に人と呼べる存在が私しか居なかった時だ。
私の肉体はそれなりに強く、そしてそれなりに賢かった。それこそ、この星で食物連鎖の頂点に立つくらいには。
生活は不便だらけだったが、少しづつ改善されていくのは、むしろ楽しかった。
毎日やりたいことばかり、一人でも寂しいなんて感じたことは無かった。
これを油断や慢心というのなら、その通りだった。
ある日、私は高熱を出し、全身を痛みと倦怠感が襲った。無理して食べても、消化する前に吐いてしまう。
病気なのはすぐ分かった。肉体の状態を調べ、症状と照らし合わせた。ところが、それは未知の病だった。
痛み、苦しみながら、私がどうにか完成させた薬は、症状を一時的に抑えるもの。
このままだと、肉体が免疫を持つより先に、症状が悪化するのが目に見えていた。しかも、薬を服用するほど、効果が薄れていく。
そこで、私は発想を変えた。
私は私を治癒するのではなく、もう一人私を生み出すことにした。
私とほとんど変わらない肉体、それにいかなる環境にも適応する強靭な私の心。少し違ってるのは、この病に対して免疫力を最初から持ってることくらいだ。
だが、それは失敗した。
生まれた私は、私を認識した後、自我崩壊するように自害した。
そこで、次は肉体だけを生み出した。今度は自害出来ないように肉体を拘束し、その上で私の複製した心を入れた。
だが、それも失敗した。
先ほどまで生きていた肉体は、私の心を入れた瞬間、全ての機能を停止させた。
そして、三度目だ。
今度は私の肉体に、別の心を入れ生まれた。それは自害もしないし、肉体の機能も問題なかった。もちろん、私の心を入れようとすれば、抵抗するのは分かりきってた。
だから、拘束していたのだが、私の心を無理矢理入れたところ、肉体が崩壊した。
どれだけ優れた肉体でも、心の容量は一人用ということも分かった。
そうした失敗例から、私が生み出した人。
それは、私とは似てない肉体に、私の心を入れ、さらに、擬似人格の薄い膜で私の心を包み隠したものだ。
これが成功した。あとは、同じように、色々な肉体で生み出す際、自己増殖プログラムとして、互いに繁殖するようにした。
こうして、この星には多種多様な色々な人々の私がいるわけだ。
「これが、私の正体だ。そして、私の倒し方は、この星すべての人を皆殺しにすることだ。もちろん、君たち自身も、君たちが大切な人々も、全て……」
「そ、そんなこと……出来る訳ないじゃない!」
「だろうね。だから、彼らにははじめに言った。私を倒すことは、不可能じゃないが、君たちには無理だ、と」
まるで仲間割れを誘うような指摘に、僧侶は激昂した。
「嘘を言うな。悪魔め、神を侮辱したこと万死に値する」
「あぁ、それが君の信仰なら尊重しよう。だが、それなら尚更、私は悪魔ではないよ」
「悪魔がほざくな」
「そうだな。悪魔でないことを証明するのは難しい。そのかわり、君たちのいう神話の時代に何があったか答えよう」
「なんだと……」
「まず、神だの天使だの、悪魔だのそんなものは居なかった。その時代に居たのは、希望を持って今を守ろうと生きた保守的な人々と、絶望して今を変革しようと戦った人々だ」
「なっ…………」
「そして、戦いに勝った保守的な人々の子孫が、自分たちの先祖を天使だと称し、負けた人々を悪魔として見下したわけだ。よって、君たちの分類に合わせるなら、私は悪魔ではない、となる」
もう、僧侶から言葉が出てこなかった。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「どう、とは?」
「村に帰り、その娘として生きるのかと聞いてる」
「まさか、そんなヒドイことするわけないだろ」
「何が、ヒドイんだ。その娘を待ってる人がいるんだ」
「あぁ、記憶にあるこの少年かな。だったら余計戻れないだろ。少年が少女の肉体に恋したのか、心に恋したのかわからないが、現状、心は私だ。そんなことを知ったら、その少年の心が、それこそ壊れてしまうよ」
そう答えながら、少女は彼らを見渡す。
そこに映る勇者たち四人は、いつの間にか少女と視線を合わせるように膝をついていた。
「あ、そうだ。これも答えておこう。君たちが私を攻撃出来なかった理由は、君たち自身が私だからだよ。本能的にってヤツだね」
「それはつまり、僕たちに個性が無いとでも言いたいのか……」
「いや、そんなことは無い。なぜなら、君たちは外見なんてくだらないものに価値を見出し、やたらと気にするじゃないか。それこそ、君たち自身が薄っぺらい存在だから持ちえた価値観だ。私には理解出来ないが、尊重はするさ」
「くっ……」
「さて、そろそろ行くよ」
「ま、待て……最後に一つ聞きたい」
「いいよ。別に一つと言わず何個でも」
「……このこと、魔王は知ってるのか?」
「もちろん、知ってるさ」
「なっ……それなら、なぜ」
「なぜ? ああ、どうして魔王は人間を殺そうとするのか、ってことなら、それが彼ら絶望した人々に残された、小さな希望のカケラだからだよ」
「だが、そんなことをしても、何の意味もないはず」
「おやおや、君は本当にヒドイな。君たちだって、魔族とか見下しながら、散々無意味な人殺しをしてきたんじゃないか」
「違う。あれは人々を守るためだ」
「じゃ、魔王も同じ。人々を守るため、人々を殺してる」
「それなら、僕たちは分かり合えないままか」
「さあ、それはどうだろ。あっ、それとは関係ないけど、君たち魔王に会いに行くんでしょ。だったらついでに言伝を頼むよ」
「なんだ」
「なんか彼らの風習なのか通過儀礼なのか知らんけど、毎回魔王が私を殺しにくるんだよね。で、その度に私の正体を話すんだけど、いい加減めんどくさいから、そろそろやめてほしいって」
「ははは……そうか。それなら、ちゃんと僕が伝えよう。君が相当嫌がる、素晴らしい風習だと。なんなら、僕たち勇者たちも見習うべきだとね」
「おっと、何か吹っ切れたみたいだ。じゃ、最後に……この、自問自答は面白かったよ」
その言葉に絶句した勇者の脇を、少女は歩き去っていった。
勇者たちの姿が見えなくなると、少女は一人つぶやく。
「知らないは幸せ。知るは喜び。だから、人生は楽しい」
そして片側だけ異様に高く口角を上げる笑みは、どっからみてもバケモノの浮かべる笑みだった。
おわり




