第1話 民宿ふるいけ
「いよいよ夏休みねえ〜!思いっきり羽を伸ばして青春しなきゃ」
授業終了のチャイムと同時に明るい声が響き渡る。彼女は光莉灯。これからいよいよ大学2年生の夏休みと言う事もあり思い切り夏休みをエンジョイするつもりでいた。
光莉が椅子の背もたれに体の体重を任せながら大きく体を伸ばしている様子を見て赤田はため息をついた。
「遊ぶのはいいけどあまりハメを外し過ぎない様にね」
光莉を後ろから心配そうに言うのは彼女の友達の赤田碧。2人は高校生時代からの友達である。最初は水と油の様な関係の2人だったが赤田が世話焼きな性格なもので光莉を放っておけず、光莉は赤田を数少ない理解者として親しんでいる。
「何よ、まるでしばらく会わなくなる様な口ぶりじゃない」
光莉は振り返るとジト目で赤田を指差した。
「実際そうじゃない。私は休暇まであんたの世話は見ないわ」
「何言ってんの〜!あんたは明日から私と一緒にX県Y市のイサカ村でバイトする事になってるんじゃない」
「はあ…?いや聞いてないんだけど?」
大きな声で知らない予定を語り出すもので赤田は困惑交じりに驚いた。
「証拠も撮ってあるわ」
そう言うと光莉はスマホのアプリからボイスレコーダーを取り出した。レコード記録から「言質」と書かれた物を再生する。どうやら光莉と赤田のやり取りを録音した物らしい。
『そしたらあの悔しそうな顔!碧にも見せてあげたかったわ〜』
『う〜ん…』
録音されているボイスは光莉の声のテンションに反して赤田はいい加減な生返事を繰り返すばかりである。しかし光莉は気にせず話を続ける。
『そう言えば私、今度アルバイトする事にしたんだけどさぁ。X県Y市のイサカ村のふるいけって民宿でね。人数足りないから誰か友達を誘って欲しいって言われたんだけどあんたも来ない?』
『う〜ん…』
『それじゃ伝えとくねー』
再生が終わる。赤田はそれが録音されたのがいつなのか記憶を頼りに思い出し、光莉はニヤリと笑う。赤田は本気で誘いに乗ったのではない。その時は恋人である氷室健にチャットの返信をしていたので光莉の話を適当に聞き流していただけだったのだ。
光莉は自分の話を適当に聞き流してるのを確認してわざわざこのやり取りを録音していたようた。
「あんたのやり方、悪質過ぎない?」
「何とでも言いなさいよ♡」
「あーごめん、明日からはちょっと親戚の家に行く予定あるわ」
「嘘ね。私、むろっちにも確認したしあんたのお母さんにも尋ねたけど明日からの予定空いてるのは確認済みよ」
光莉はふふんと鼻で笑う。赤田は拳を握ってわなわなと震わせる。
「長期休暇まであんたに付き合いたくない…!」
「まあいいじゃない。どうせむろっちとのデート代の捻出に困ってるんでしょ?」
「あんたには関係…」
光莉は身を乗り出すと赤田に小声で耳打ちした。3日間のバイトの内容と代金である。それを聞くと赤田は光莉の手をがっしりと掴む。
「やっぱり持つべきは友達よね」
「そう言ってくれると思った〜♡」
こうして2人はアルバイトに出かける事になった。
ガタン、ガタタン、ガタタン。車は揺れる。道路は所々穴が空いており、デコボコでよく揺れる。ゴオオと音を立てて冷気を放つカーエアコンからはわずかにタバコの匂いがした。2人が電車を降りた所で民宿の主である古池と言う壮年男性が2人をワゴン車に乗せてくれた。今は勤め先の民宿へ向かっている所である。
軽く世間話を挟んだ後に「どうせ現地に着いてからも説明するけど…」と言う言葉を前置きに大雑把な業務内容を教えてくれた。
「んがっ…んごー…」
光莉は後部座席でいびきをかいている。赤田は顔を赤らめながら彼女を揺さぶるが起きる気配がない。
「ちょっと灯、やめてってば…」
「あはは、いいんだよ。民宿までまだ遠いし寝ててもいいよ」
古池は気にする風でもなく朗らかに言った。どんな人だろうと赤田は不安だった普通に人柄の良さそうな男性だった。
「すみません…」
「でもお手洗い休憩は早めに行って欲しい。公衆便所もコンビニも一度通り過ぎると次の場所まで遠いんだ」
「分かりました」
「んごっ…」
返事の様なイビキをする光莉を赤田は肘で小突いた。
やがて海沿いの民宿に着くと3人はワゴン車から降りた。外の熱気とワシワシワシと言うセミのやかましい鳴き声が2人を民宿へと迎え入れてくれる。幸い2人の地元よりも多少は涼しいようだ。
海には大きな鳥居が見えた。神社で良く見る形状とは異なり少し歪に見える。珍しくて何となく気になった赤田だが、光莉の呼ぶ声に返事をして古池の後を追う。駐車場にはワゴン車の他に小さな車と、普通車があった。
整地された駐車場を少し歩いて角を曲がるとやや大きめだが地味な民宿の前に到着した。玄関の前には小さな鶏小屋があり、中には2羽の鶏がいる。仲良く餌を啄んでいる。
「おいしそ〜」
光莉は鶏小屋の前で屈みながら目を輝かせて言った。
「いや、そのリアクションは違うでしょ…。鶏を見て卵じゃなくて肉を期待する子、初めて見たわ」
「???この子達、雄鶏だから卵は産まないわよ?」
「何でもいいから早く行きましょ」
赤田は呆れながら光莉の襟首を掴んで立たせ民宿の中へ入った。ふんわりと涼しい空気が2人を包む。暑くもなく寒過ぎないちょうどいい涼しさだ。しかし中は閑散としており殆ど人の気配らしい物が感じられない。客はいるのだろうか。2人は疑問に思った。カウンターには加藤と言う焼けた肌の無愛想な男性が新聞紙を読みながら扇風機に当たっていた。
古い民家特有の匂いが独特の雰囲気を漂わせている。古池は一通り中の案内を終えると業務内容を説明した。やる事は多くない。掃除と必要に応じた簡単な接客対応だ。現在泊まっている客もいないのでやる事は掃除のみだ。
やがて古池はスタッフルームに連れて行く。2人は荷物を降ろして古池の話を聞く。
「ここが君達が寝泊まりする場所だ。業務は8:30〜16 :30まで。休憩は10:30と15:00に10分、昼休憩が1時間。私は3日間用事があってあまりここにいないから、仕事の開始と終わりの報告と相談は加藤に言ってくれ。僕に話があるなら電話して欲しい。質問はある?」
古池の言葉の終わりと同時に光莉が手を挙げた。
「近くにコンビニあります?」
「車の免許持ってるかな?コンビニはあるけど少し遠いんだ」
「あ、私が持ってます」
赤田が挙手した。
「じゃあ、車の鍵を貸しておくよ。駐車場にある小さいネイビー色の車があるからそれを使うといい。門限は22:00までだからそれまでには戻ってくれ。それから寝坊しない様に必ず夜更かしせずに、カーテンを閉めて寝る事。また、出かける時は必ず加藤に一言言ってくれ」
古池はスマホを使って近くのコンビニの場所を教えてくれた。話を済ませると古池は出て行き、2人は着替えて仕事に取り掛かった。加藤は小言の多い男だったが、その日の仕事は給料の額の割にとても簡単だった。ただ民宿は広く、丁寧な掃除をすれば時間がかかってしまう。人手が2人欲しいと言うのは納得だった。
風呂場を2人で掃除していると赤田の方から口を開いた。
「何というか…こんな簡単な仕事でお金もらっちゃっていいのかなって気になる」
また加藤に小言を言われるよ?と言おうかと迷った光莉だが仕事が単調で退屈していたので光莉はタイルを擦りながらおしゃべりに付き合う事にする。
「ここの求人、半年に1回ぐらいのペースで出てるんだよね。何か古池さんが出かける間の人手を埋めるためにアルバイトを呼んでるっぽい」
赤田はスポンジで浴槽を洗う手を止めて光莉の方を向いた。
「何であんたがそんな事を知ってるの?」
「そりゃ大学の先輩から聞いたからよ。短期間で楽な仕事でお金もらえるってオススメされたの。実際楽でしょ」
「そうね。それは確かに」
赤田は手が止まってる事を光莉に指摘されて浴槽の掃除を再開した。それからしばらく黙って掃除を続けていたが、浴槽の泡をホースで流すタイミングでまた赤田の方から光莉に声をかけた。
「…そろそろいいでしょ。何が目的でここに来たの?」
「だーかーらー」
「本音は?」
「心霊スポット♡」
「やっぱり」
光莉灯は心霊スポット巡りを趣味としていた。赤田はその趣味にしばしば付き合わされており今回もそれではないかと警戒はしていたが、夏休みだと言うのにお金がないのでは氷室とデートに行けないと言う事もあり最終的には話に乗ってしまった。赤田はもちろん光莉も度々痛い目に遭うのだがどうにも懲りそうにない。
「オカルト研究部に入ればいいのに」
「やーねえ。部活動としてやると制約が多過ぎるの。こう言うのはフリーでやらなきゃ」
「私が怖いの苦手なの知ってるでしょ?!1人でやればいいじゃん!」
「や、やだなぁ。私達の仲じゃない♡」
赤田は呆れて掃除を光莉より先に終えると庭掃除に向かった。光莉も急いで掃除を済ませて赤田を追う。
玄関近くまで向かうと声が聞こえて来た。揉めてる訳では無い様子だが話す声は大きい。片方は加藤で、もう片方は知らない女性の声だ。お客様かな?なんて思いながら2人は玄関から出る。眉間にシワを寄せながらデコに手を当てている加藤が一瞬こちらを向いた。
加藤と向き合っているのはふくよかな高齢女性だった。
「悟はどこなの?火継ぎの儀は私がやるって伝えたいんだけど…」
「春子さん、火継ぎの儀は悟に任せてください。病院に戻りましょう?」
「いいえ。私が執り行います。あの子には荷が重過ぎるわ」
「…分かりました。今、悟の元に連れて行きます」
加藤はそう言うと玄関を出てすぐの所にいる赤田達の元へ来た。彼は小声で相談する。
「すまない、緊急事態だ。春子さんを病院へ送らなきゃいけない。本当なら俺がそうしたいが持ち場は離れられない。誰か車を運転できないか?」
赤田と光莉は顔を合わせ、それから赤田が挙手した。加藤は病院の位置を説明する。行きがけに見かけたので赤田は道を覚えている。迷わず行けるだろう。今ごろ病院で看護師達が春子を探しているはずなので、連れて行って古池春子と伝えれば後は何とかしてもらえるのだそうだ。どうやらこの人物は民宿ふるいけの主人、古池の母親らしい。
また、春子が混乱したり興奮しない様に適当に話を合わせて会話する様にとも伝えられた。赤田は困惑気味でそれを引き受けると加藤は何度も手を合わせてお礼を言った。
赤田は春子の手を繋いで駐車場の小さな車の元へ案内した。後部座席を空けると中からムワッと熱い空気が流れて来る。私は彼女を後部座背に乗せてから運転席に乗るとすぐに冷房を点けて車を発進させた。
並木の通りを信号待ちしていると春子は赤田に声をかけた。
「この辺りでは見ない顔ねえ。村の外から来たの?」
加藤からは適当に適当に話を合わせるようにと言われている。相手は地元に詳しいのだからあまり適当な事を言っても返って不安にさせてしまうかもしれない。赤田はどこまで素直に答えるべきか無難な回答で探る事にした。
「ええ。つい最近ここに来たんです。古池…悟さんにはとても良くしてもらって…」
「そうなの。…まだ生きていたなら、あの子にもあなたぐらいの年齢の息子がいたの」
「えっ…?あの、何かあったんですか?」
赤田はそこまで言って後悔した。言い出したのは春子とは言えおそらく下手に踏み込むべき所ではなかったからだ。しかし春子は外の風景を眺めながら表情に変化は見られない。
「あれは誰にとっても不幸な事故だったの。それは悟も分かってると思うのだけれど。お嬢ちゃん、多分悟や剛から聞いてるだろうけど…、夜中は外に出ちゃ駄目よ。それとカーテンは必ず閉めて寝る事」
古池の息子は海で亡くなったのかも知れない。火継ぎの儀とはこの村に伝わる供養だろうか?赤田は聞き慣れない言葉が気になった。
「分かりました。気を付けます」
「あら、この道は船小屋じゃないわ。どこへ行くの?」
春子は後部座席からシートベルトが許す範囲でこちらに身を乗り出す様にして尋ねる。春子は悟の居場所を船小屋と予想していたようだ。息子の供養をしているなら墓前にいるのではないのか?赤田は不思議に思った。
「悟さん、実はお見舞いに行かれてるんです。行き違いになったみたいですね」
赤田はいつ尋ねられても良いように用意していた答えを言う。火継ぎの儀が分からない以上は通用するかは賭けになる。
「あら…そう。なら仕方がないわね。火継ぎの儀を私に任せる気になったのかしら。それならそうと早く知らせてくれたら良かったのに」
彼女はため息交じりにそう言った。赤田はどうにも理解できなかった。
光莉から聞いた話と一緒にまとめると、古池は半年に一度のペースで3日ほど民宿を空けている。少なくとも今日から火継ぎの儀を行おうとしていると思われる。これには何か彼の息子の死が関わっている様だが話を聞く限り単なる供養では無い様で、現在古池は船小屋にいる。何が何だか分からない。
これらの情報を繋ぐには火継ぎの儀を知る必要がある。赤田は余計な詮索だとは思いつつも尋ねずにはいられなかった。
「あの…火継ぎの儀ってなんなんですか?」
春子は目を細める。
「そうね…一言で言えば大事なお役目よ。ごめんなさい、歩き疲れちゃって。ちょっと眠くなって来ちゃったから、少しの間、寝させてちょうだい」
そう言って彼女は目を瞑ってしまった。車で向かってもそれなりの距離があるので歩き疲れているのは事実なのだろうが、適当に言葉を濁して話を打ち切られたのが実際の所なのだろう。部外者が下手に首を突っ込んではいけない事とは言え赤田は心のモヤモヤを抱えながら春子を病院へ送る事になった。
車から降りてすぐの所で看護師が駆け寄って来た。赤田は看護師には民宿まで歩いて来た事や加藤に頼まれて送って来た事を伝えた。看護師達はお礼を言って春子を院内に連れて行った。
赤田は民宿ふるいけに到着すると駐車場の元の位置に駐車した。鍵をかけて元の仕事に戻ろうとすると、ふと、海の向こうに見える鳥居が視界に入った。単に海の中に立つ大きな鳥居が画になると言う気持ちもあるのだろが、どうして自分はこんなにもあれが気になるのか赤田は不思議だった。彼女は何となく仕事も忘れて鳥居を見つめ続けた。
ふと、足元がくすぐったい感覚がする。目をやると野良猫が足元でうろうろしていた。体を擦り付けている。赤田は屈んで猫を撫でる。
「お〜よちよちよち♡かわいいねえ〜♡」
猫を撫でていると今が勤務中なのを思い出し、後ろ髪引かれる思いながらもすぐに立ち上がって持ち場に向かう。玄関前では光莉が大きな欠伸をしながら竹箒で掃除をしていた。
「あら、お帰り。何も問題なかったみたいね」
「まあね」
「加藤さん心配してたし一言、無事に送り届けたって報告した方がいいと思うよ」
「分かった」
赤田はふるいけに入ると中のカウンターにいる加藤に春子を送り届けた事を報告した。彼は心の底からホッとした表情をする。
「いきなり変な頼み事をしてすまなかった。助かったよ。少し早いが今日はもう上がってくれていい。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
お疲れ様でした、と言葉を続けようとすると加藤は食い気味に言葉を挟んだ。
「門限は必ず守ってくれ。できるだけ早く寝るんだ。カーテンは必ず閉めてくれ」
ここに来てから言うどんな小言を言う時よりも真剣な顔をしている。最初はただのルールと考えていた赤田だったが、春子にも言われ加藤からは念を押され少しずつ気味が悪くなってきた。
「…ここに来てから同じ事を念押されています。古池さんはまだ分かるんですが、春子さんにも同様の事を言われました。この村には何かあるんですか?」
赤田の疑問に加藤は目をそらして頭を掻いてばつが悪そうに答える。
「何、この村のただの古い風習みたいなもんさ。若い人は気にしないだろうが俺たち年寄りは気にするんだ」
「ちなみに門限を過ぎたらどうなるんですか?」
「…悪いが夜が明けるまでここへは戻らないでくれ。どこか高い所で車中泊するんだ。日が昇ってからここへ来てくれ。そうならないのが一番だが」
本当にただの風習なんだろうか。疑念は強まるばかりだった。恐らく光莉がここへ来た目的とも何か関係があるのだろう。「ただの古い風習」で言葉を濁そうとしているあたりはっきり伝えるつもりはないはずだ。赤田は少し間を置いて「お疲れ様でした」と頭を下げた。加藤も「お疲れ様でした」と答えたのを聞いてから光莉に声をかけに行った。
その夜、晩御飯をどう済ませるか話していると加藤が「予定がないなら晩御飯は俺が作るから食堂に来るといい」と2人に言った。何でも料理の腕が錆びつくのが嫌だからやらせて欲しいとの事だ。断る理由もないので2人は好意に甘える事にした。料理は焼き魚をメインにした和食だった。ガサツそうな見た目からは想像もできないほどしっかりした料理に赤田は困惑した。光莉がやや大袈裟に褒めちぎるので加藤は少し照れくさそうにしていた。
客でもない立場で食堂で現地のスタッフと美味しい料理を食べる。これってかなり貴重な体験なのでは?何て思う赤田だった。
オカルトホラー?好きなんですけど書くのは苦手なんですよね。それでリベンジしました。誤字脱字が一番怖かったです(小並感)




