95話 海王国からのSOS(13)
出来上がったバニラアイスは黄色みを帯びている。生クリームを使わないぶん卵の色が出た感じだ。
燈実とクナル、そして林杏にも味見をしてもらったが、皆が二口目を要求したのには焦った。そんなに沢山は作ってないってば。
「ヒヤリとして気持ち良く、濃厚な甘みと香りが口いっぱいに広がって贅沢な感じだ」
「マサ、宿舎でも作ってくれ!」
「後で作り方を教えておくれ、聖人様。これは秀鈴様が喜ぶ」
「勿論」
喜ばれるのはやっぱり嬉しいもので、此方は溶けないように冷やし続けてもらうことになった。
その日の夕食はとても賑やかだった。
ウォルテラの食事はとても美味しくて幸せ。しかも中華だし。
クナルの方は苦戦していた。何せ野菜が多いから。最初海鮮だけを食べていたら、一緒にいた秀鈴に「お野菜も食べないと大きくなれないよ」と言われて思わず笑ってしまい、睨まれた。けれどこれで全部食べきったあたり、かなりプライドに響いたのだろう。
そしてデザートのアイスに、秀鈴も紫釉も大いに喜んでくれた。
「冷たくて甘くて美味しい!」
「本当に! このような甘味は初めてです。陸ではこんなに美味しいものが」
「いや、俺達も初めて食べた。マサの世界の料理らしい」
「喜んで頂けて良かったです」
実はさっきの余った卵白もマジックバッグに入れてある。明日はこれでメレンゲクッキーを作ろう。
なんにしても今日は疲れを癒し、町の案内と詳しい話、歓迎の宴は明日ということになった。
◇◆◇
どこに居ても生活習慣というのは染みついているもののようだ。
ふと目が覚めて見回した部屋の様子の違いにやや驚く。いつもとは違う硬めのベッド……いや、寝台っていうんだろうな。その上で起き上がり外を見てもあまり明るさは変わらない。
紫釉の話によると、海王国では朝の六時、正午、午後五時、夜九時に町の鐘がなり、皆がそれを基準に動いているとのこと。時計は高いそうだ。
とはいえここは王族の住んでいる場所で、部屋を出て皆が集まる食堂に行くと時計があった。細長い台形の土台に乗った和時計のようなものが規則正しく動いているのを見て、クナルはとても面白そうにしていた。
支度を調えているとドアをノックする人がいて、ドアを開ける。そこには案の定クナルがいて、俺がまだ部屋に居るのを見て満足そうに頷いた。
「おはよう、マサ」
「おはようクナル。早起きだね」
「習慣だな。あんたも早いな」
「お互い様だよ」
互いに笑って、身の回りの物をある程度片付けて部屋を出る。そうして食堂に行くと既に紫釉と燈実がいて、お茶を飲んでいた。
「おや、お二人とも早いのですね。まだ朝の鐘の前ですよ」
「はようございます、紫釉さん」
「はい、おはようございます」
相変わらずの清楚系美人の彼が微笑むだけで空気が清浄化される気がする。
給仕の人が俺とクナルにもお茶を出してくれた。それを飲み込むと体が温まってほっとする。水の中なのに極端に体が冷えるということもないが、それでも温かいものが体の中に入ると落ち着いた。
ふと正面を見ると、紫釉はフッと息をついている。その様子はどこか疲れているようにも思えた。
「紫釉さん、大丈夫ですか?」
「え?」
「なんだか、疲れた感じが」
差し出がましいかなとも思うけれど気になった。
そんな俺に、彼は誤魔化すみたいに笑ってみせる。俺には、無理をしているように映った。
「そのようなことはございません。朝の務めを果たしてきたばかりだからですかね?」
「朝の務め?」
「結界に、日に一度魔力を送るのです」
そう言って、彼は窓の外に見える高い塔を指さした。
城の中にあって城とは隔離されたその塔はこの町の中心にあって、どの建物よりも高くなっている。外側から少し見ただけだが、衛兵が立っていて厳重な守りとなっていた。
「この町の結界を維持するためにも必要なのです。神子のお役目の、一番大事なことですね」
「他の人ではできないんですね」
「可能かもしれませんが、相当の魔力を注がねばならないので半端な者では務まらないのですよ」
苦笑する人の笑みが陰る。それがやっぱり心配だった。
食事を取った後、紫釉の案内で町に出ることになった。
城を出ると広場に櫓が組まれ、色んな人が忙しくしている。それを見て、俺は首を傾げた。
「お祭りがあるんですか?」
「其方の歓迎の宴ですよ」
「え?」
思わぬ返答に驚き見ると、紫釉はくすくすと笑って頷く。どうやら冗談じゃない。
それを踏まえて見てみると、申し訳なくて焦った。
「あの、こんな!」
「お祭りの好きな者が多いのです。今日だって其方を肴にタダ酒が飲めると喜んでおりますよ」
「えぇぇ」
なんか、そう言われると準備をする人達も意気揚々というか、表情が明るい。服装の立派な人達もいて、何やら指示を出している様子だ。
「この国ではこうした歓迎の宴は少ない。皆歓待の気持ちがあることは確かだ」
「まっ、どこの世界もタダ酒は美味いもんだからな。歓迎されてるなら気にせず、肴にでも何でもあればいいさ」
燈実もクナルもそんなことを言う。こうなると申し訳ない気がしているのも悪いような。盛り下げるのは嫌われるよな。
「……待って? もしかしてこれ、俺踊らなくていいんじゃないか?」
ふと思って紫釉を見ると、彼は笑って頷いた。
「この国の踊りは音に合わせて思うように体を動かす感じなので、社交という感じはございません。見て手拍子を打つだけでも構いませんし、歌を歌ったり楽器を弾く者もあります。自由に楽しんでいただければ宜しいかと」
「助かります!」
無様を晒さずに済む!
正直クナルはそんな俺の思惑を読んでか此方を厳しく見たが、知ったことか! へっぽこな付け焼き刃のダンスを踊る此方の身にもなれってんだ。
「もてなされる者の負担になっては意味がない。故に、堅苦しいことは此度は取っ払いました。この国を好きになってもらいたい。そう、思うのです」
そう言って穏やかな視線で人々を見る彼は誇らしげでもあって、「ありがとうございます」と気づけば伝えていた。それに返す紫釉は驚いて、でも照れくさそうに笑うのだった。
城を出ると大きな通りがある。活気ある様子で人も多く、店が建ち並んでいる印象だ。
「食べ物を扱う店や宿が多い通りです。この先にある正門が、一般の者が入ってくる場所となっているのですよ」
「昨日のは」
「特別な客人や王族、大貴族のみが使う場所です」
なるほど。でも、一般人とは?
「獣人国の商人も一部認可されてる奴がいるが、そいつらはこっちからか」
「あぁ。あの正門で身体検査と身分証の提示などを行った後に入ってくる。主に薬草や真珠、珊瑚などを買い付けにくるな」
なるほど、そういうことか。クナルと燈実の会話で知った。
道に差し掛かるとなんとも美味しそうな匂いがする。串で焼いた海鮮の匂いだ。
「醤油のいい匂い。ホタテのバター醤油焼きなんて最強過ぎる」
「天狐の里とも取引がありますからね」
店先で焼かれるホタテは貝をお皿に提供されている。プリプリの大粒の貝柱にバターを乗せ、そこに醤油を適量垂らしただけのシンプルな料理。だがシンプルさが美味いものだ。
我慢出来ずに買うと、クナルも一緒になって買う。熱々の貝殻ではなくそこから適度に冷めた貝の皿にタレごと移された料理をふーふーしながら頬張るとなんとも言えず幸せになる。醤油のしょっぱさをバターの芳醇なコクが包み込み、プリプリの貝柱が絡みついてくる。噛めば噛むほどにホタテ本来の甘みが滲み出てきて飲み込むのが勿体ない。
「おいひぃ」
「マサ、買って帰ろう」
クナルなどもう一つ欲しそうにしている。そんな俺達を紫釉が楽しそうに見ていた。
食べ物を売る通り、服飾を売る通りは分かれている。主に匂いがつくからだ。
服飾の通りは比較的落ち着いた感じで店頭販売なんてのはしていない。高級な感じがする。
真珠の首飾りや珊瑚の簪なんかで、男の俺には需要がない。
けれど服は着やすい。今も着ているけれど浴衣に近い感じがする。青い柄入りの服で、襟と袖口は白く大きく縁取りがある。左右を合わせ帯で締める感じで、中にはゆったりとしたズボンを履いている。着物とはちがって袂はないが、袖ぐりは広めになっている。
「これ、上でも着たいかも」
「俺はあまりだな。心許ない」
「似合っているが?」
「普段がっちり締める服装だからな。こう緩いと解けちまいそうで心配になるんだ」
クナルも同じようにこの国の服を着ているが、最初着方が分からなかったらしい。
「マサ殿は平気ですか?」
「俺の元いた世界でも似たような服装があったので、むしろ懐かしい感じがします」
ここでなら割烹着とか作務衣もあるかもな。あったら欲しい。
と、思ったんだが、無かった。でも服は一着買ってしまった。




