89話 海王国からのSOS(7)
何にしても無事自己紹介と挨拶が終わり、今後のことを話し合うこととなった。
ソファーセットに座るとお茶が用意され、それを飲みながらだ。
「では、現状被害が大きいのは海王国側ということか」
ここからはクナルが色々と話を聞いて検討してくれる。戦いのこととか深刻さとかは俺では分からないことが多いから。
これに紫釉は真剣な様子で頷いた。
「元々リヴァイアサンはとある海域から出ることはなかったのですが、ここ最近になり活動範囲を広げております。ルアポート、そしてウォルテラへと接近しているのです」
「……あの、そもそもどうして一定の海域だけで活動していたんですか? 何か理由が?」
俺の疑問はそこだった。ベヒーモスもだけれど、魔物ってもっと自由に動ける印象がある。縄張りとかはあるそうだけれど。
なのに話に聞くリヴァイアサンは一定の範囲の中でしか動いていない。他の魔物との住み分け……というのも考えたけれど、厄災級と言われる魔物がそんなこと気にするかな?
俺の疑問にアントニーは腕を組んで考えている。
「これが、全く分からないのですよ」
「そうなんですか?」
「何せリヴァイアサンなんて厄災級の魔物、そう簡単におりませんしなぁ。生態研究も出来ないのです。下手に接触すればいかな災厄に見舞われるかも分からないもの。遠巻きにいてくれるならそれで良し。というのが、通例でしてなぁ」
「その考えは海王国もそうです。彼の魔物は神話の頃から名の上がる者。触れれば何が起こるか分からないものです。歴代の海神の神子も諦めたものなのです」
まぁ、日本にも「触らぬ神に祟りなし」という言葉があるからな。分からんではない。
「ただ、特別押さえ込むための結界があるとかではないのですよ」
「そうなんですか?」
紫釉の言葉に問い返せば、彼はしっかりと頷いた。
「結界で押さえ込むなんてことが不可能、とも申します。あれが海で暴れれば我が国など灰燼に帰すでしょう。精々備えて国の周囲に強力な結界を張るくらいしか今はできません。それだって、いざ戦いとなれば崩れる可能性が高いのです」
そんなものが今、不穏な動きを見せている。それがどれだけ不安なことか、ベヒーモスと対峙した俺は知っている。あれはダメだ。
「現状、リヴァイアサンの突然の行動の原因は不明。そしてルアポートよりも先にウォルテラ国への接近が予想される。そこで、トモマサには先にウォルテラへ行ってほしいんだ」
「……え?」
普通のことのように言いますが、殿下? ウォルテラって海の中にあるのでは? 俺、泳げないんですよね。
「あの、俺海の中はちょっと。息できません。あと、泳げません」
「それについては心配ありませんよ」
コロコロと鈴を転がすような笑い声の後で、紫釉が袂から何かを取り出す。
それは綺麗な真珠のついたネックレスだった。
「海神の涙と言われております。これを身につけると呼吸は勿論、海中での動きも地上と変わらず行えます」
「え!」
凄いアイテムだ! これが水泳授業で欲しかったな。本当に泳げなくて溺れかけに見える犬かきしかできなかったし。海水浴も楽しめないまま、ひたすらBBQの準備してた。
でも……これ外れたら、どうなるんだろう……。
「凄いね、トモマサ。これを持てるのはなかなかレアだよ」
「そうなんですか?」
少し興奮気味な殿下は目を輝かせて真珠を見ている。こういう時は本当に子供っぽく見える。
それに紫釉も可笑しそうに笑った。
「あまり他国にはお出ししませんものね」
「あの、それって……」
「勿論、他国に攻められては大変だからです」
当然のように言われるそれが、少しだけ悲しいことのように思う。
そんな俺を見てか、紫釉も申し訳なさそうに眉を下げるのだ。
「勿論、信頼する方に必要とあらばお渡しします。ですが、何処の世にも善意を悪用する者はある。無闇に出さず、用事が終われば回収するのはそういうことです。海王国は特に外の世界とは遮断された国。基本、平穏なのです。戦など持ち込みたくはない」
「我が国と懇意にしていただけて、大変有り難く思いますよ」
「ルートヴィヒ王子は信用出来る方ですから、此方も持ちつ持たれつです。それに、外を知ることは良いことでもあるのです。刺激もありますし、学べることも多い。節度を考えて、というものです」
苦笑する紫釉を見て、手元の真珠を見て……俺はそれをスッと彼に返した。
「あの、責任負えないのでこれは実際に行く時に渡してください」
俺の不注意で紛失とかになったら責任負えない。確かにこの世界は優しい人も多いけれど、悪意もある。それを知っているからこそ、俺は慎重にならないと。
この申し出に少し驚いた顔をした人は、次にやんわりと笑って頷き、それを袂に戻した。
「では、一度戻って準備を致します。一週間後、王都の港でお待ち致します」
「はい、分かりました。宜しくお願いします」
互いに頷き握手しあい、この会談は一旦終了となった。
だが、俺とクナルは何故か殿下に残るよう言われた。そうして出されたのはそこそこ分厚いマナーブックだった。
「……え?」
「トモマサ、他国に行ったり他領へ行くとなると、それは即ち外交とも言うんだ。君は国の代表として赴くことになる。そこで失礼があると、色々と言う奴も出てくるんだよ」
「あ……はい」
「ということで、一週間でとりあえずダンスとテーブルマナー、エスコートのされ方については覚えてきてね」
「……はぁぁぁぁぁ!」
にっこりいい笑顔。じゃないよ! 俺は小市民なの! 一般人なんだってば!
まぁ、テーブルマナーは多分大丈夫。一通りやったから。
でもダンスとか絶対に無理!
「殿下、ダンスが一番の難題だ」
「だろうね」
「場所も借りられないか?」
「勿論貸すよ。城のレッスン室を使うといい」
溜息交じりのクナルが何やら約束を取り付けているけれど、俺はそんなの上の空でひたすら焦るのだった。




