86話 海王国からのSOS(4)
王様は顎を撫でながら考えている。そして視線をデレクへと向けた。
「私としては願ったりの申し出だが、お前は第二騎士団の副隊長だったはず。突然穴が開いては困る者もあるだろう。デレク、どうだ?」
「正直今抜けられるのは困るな。なんせ第二部隊は癖が強くてなぁ。暫く兼任ってなら、そりゃ助かるが」
「だ、そうだ。トモマサは構わないか?」
「え! あの、いまいちよく分からないというか……」
今までも守ってくれていたけれど、専属ってことは俺の護衛がクナルの仕事になって、何かあっても付いてくるってこと?
「いいと思うよ、トモマサ。君はこれからあちこち行くことになるからね。信頼できる専属の騎士を付けておくと頼もしい」
「でも俺、普段は第二宿舎の家政夫で。それは譲りたくないんですけれど」
やっぱり家事やってる時間が落ち着くんだよな。料理作りながらぼんやり考えごとしたり、違う献立考えたり。黙々と手を動かすって、好きだし。
「だから兼業だ。今まで通り第二宿舎にいる間はクナルも第二に稽古つけたりもする。んで、何かあった時は宿舎のことよりもマサのことを優先するって感じだな」
「まぁ、俺も突然言って今とは思っておりません。しばらくは兼業で構いませんが、いずれは専属になりたいという意思表示だけはしておきます」
「あい、分かった。その辺はデレクと相談しながら頼む。此方としては否やはない」
「はっ、ありがとうございます」
丁寧に腰を折るクナルはかっこよくて驚く。
彼をぼんやり見ていると、殿下とは違う方からドンと肩にぶつかられた。
「ほぉん、いいの見繕ったね聖人様。ありゃいい男だ」
「クライド妃!」
「おっ、照れるねぇ。でも、そんな可愛い顔は彼の前だけにしてやんな。めっちゃ睨まれてるし。面白ぇ」
「!」
言われて見れば凄くジトッとした目をしている。
いや、これ俺のせいじゃないって! 不可抗力だし! 俺の立場でこの人達を振り払うとか無理だから!
「何にしても、一通り終わって一息付けた。この祝いの日くらいは色々と忘れ、楽しく語らおう」
給仕のメイド達がトレーに乾杯用のお酒を配っている。透明な硝子の小ぶりなワイングラスで、足と縁に金が使われている。
「では、素晴らしき出会いに乾杯」
「「かんぱーい!」」
グラスを少し上げて飲み込むと、軽やかな若いワインの味がする。まだ渋みの少ないフルーティーな味わいと鼻に抜ける葡萄の香り。
人によっては「物足りない」と言われるだろうが、これはこれで飲みやすく、悪いものとは思わない。ワインは好き好きだから。
と思ってもう一口飲み込んだところで、俺は星那が同じようにグラスを傾けているのを見てしまった。
「星那!」
これはお酒で、星那はまだ十七歳。この世界基準だとセーフなのかもしれないが、俺の感覚ではアウトだ。
俺の声に此方を見た星那は首を傾げている。近付いて中を見て……ん?
「どうしたの、お兄ぃ」
「これ、酒じゃ……」
「違うよぉ! 私まだ未成年だもん。葡萄ジュース」
「へ?」
面白そうに笑う星那に困惑の俺。その後ろからクライド妃とエルシー妃が笑いながら近付いてきた。
「お兄ちゃんなんだねぇ、トモマサ」
「ふふっ、素敵ですわ」
「あの……」
なんか、凄く恥ずかしい!
思わず顔が熱くなるのを感じて俺はちょっと俯いた。
「セナとはすっかりお友達なのよ、私達」
「懐っこい子で、良い子だからな。ある程度君達の世界の事は聞いている。二十歳になるまで酒は飲まないこと。体への影響が大きく出る可能性があると言われたら、無理も言えんさ」
心配した俺がバカみたいに、星那はここの人達と打ち解けているんだな。そんなことまでちゃんと話して理解してもらえるくらいは話せている。
もう、俺があれこれと心配する必要もなくなったのかもな。
「それよりトモマサ。随分とクナルと親しいじゃないか。もうそれなりに仲は進んでるのかい?」
「え?」
肩をがっちり組まれ逃げ場のない俺にクライド妃は楽しそうにする。その隣ではエルシー妃もキラキラした目をした。
「クナルは昔、この奥院で少しの間暮らした子なのよ。そつなくって感じだったのに、今日は凄く感情的で」
「ツンツンなクソガキだったのにな。何回か泣かせた」
「泣かせた!」
クライド妃、実は強い? いや、分かる。触れている体が騎士団の人達っぽい。細いのに筋肉質で強そうなんだ。
「ん? どうした?」
「いえ、あの……鍛えてる感じが」
「あぁ、俺は本来イライアスの護衛騎士だったんだよ。それがあの野郎、惚れたってしつこく口説くもんだから手が悪い。エルシーって婚約者もいるのによぉ」
「えぇ!」
「でも、私も納得しましたもの。クライドは凄く強いのよ。それに凄く格好いいの! 当時は男女問わず求婚されていて、それにもなびかないのがまた」
この話って、実は一歩間違うとドロドロ展開待ったなしなんじゃ……。
「私だってクライドのことちょっと好きだったのよ? でも、陛下が惚れてるのも知ってたし、上手くいけば家族になれるって思って」
「お嬢が何故か積極的に俺とイライアスの背中押しまくってな。義理が立たないって言ってんのにゴリ押しで」
「お慕いしている陛下と憧れのクライドが睦まじくしているのを見ているだけで私は幸せですわ」
困り顔のクライド妃に対し、エルシー妃は頬を染めてちょっとくねくね。これって……。
「推しと推しの絡みは尊いっていう、オタク女子のあれなのよ」
「はは……」
星那の解析は間違いないなって思った俺だった。
そんな俺達の後ろから誰かが近付いてくる。気づいてそちらを見たら穏やかに微笑んでいるロイと、知らない男性が一人。
綺麗に撫でつけた黒髪に黒豹の耳。肌の色も褐色だから、多分ロイのお父さん……なんだろうけれど、雰囲気はもっと渋めだ。頭が小さいのはそうだけれど、目元は切れ長で少し瞼が厚く、眉なども男らしい。
そんな男性が俺を見て、にっこりと笑っている。
「すみません、両殿下。少しだけマサさんをお借りしてもよろしいでしょうか」
「ロイか。それにメイナードも」
クライド妃が軽い感じで両名に視線を向ける。それに壮年の男性の方は軽く会釈をした。
「これはクライド妃、お久しゅうございます」
「やめやめ、そういうのはいい。挨拶だろ? 好きにしなよ」
ペッペと手で払ったクライド妃は少し下がる。エルシー妃も同じだ。
こんなやりとりを呆然と見ている俺にロイが微笑み、丁寧に礼を取った。
「この度は本当に、お世話になりました。個人的には命を救っていただき、なんてお礼を申し上げていいか分かりません」
「それはもういいですよ、ロイさん。俺がそうしたかったんです。それに星那も頑張っていました」
「勿論、セナ様にも大変お世話になりました」
「気にしないで。それが私の役目だし、個人的にもロイは好きだもん」
「嬉しい限りです」
コロコロと上品に微笑み、やんわりとした金の瞳を向けてくる。本当に美人だな、ロイは。
「マサさん、実は僕の父も貴方に挨拶がしたいと言っておりまして」
伝え、一歩脇に避けたのを合図に男性が前に出てくる。
背が高くて、でも体格は良さそう。王様なんかには敵わないけれど。
その人は俺を見て目尻を下げて、丁寧に握手を求めた。
「初めまして、トモマサ殿。ロイの父でメイナードと申します」
「相沢智雅です」
握手に応じたけれど、手が大きい。ゴツゴツとしていて男の人の手だって凄く感じるものだ。
「この度は国と、そして息子ロイを助けていただきありがとうございました。なんとお礼を申し上げてよいか」
「あの、本当に気にしないでください。当然のことです」
「そう言って頂けると嬉しいです。ですが、貴方に対し何重にも感謝の気持ちがあるのもまた事実。そこで、これを貴方にお渡ししたく参ったのです」
そう言うと彼は懐から何やら出してくる。盾と、シルエットの黒豹っぽいエンブレムのピンブローチだ。それを俺の手に握らせる。
「これがあれば、何時いかなる時も優先して私に連絡が届きます。困りごとがありましたらお使いください」
「ありがとうございます」
とは言うけれど……。
「おっ、凄いなトモマサ。国の宰相を顎で使っていいんだとよ」
「え!」
「あら、狡いわメイナード。マサ、私のも貰ってくれるかしら?」
そう言って渡されたのは同じようなピンブローチだ。此方は交差する二本の剣と中央に盾。そしてそこに獅子のエンブレム。そこにはピンク色の小さな宝石がついている。
「これで何時でも奥院に通してくれるわ。お茶もしたいですし」
「おっ、その時には美味い菓子を頼む。君の料理は美味いと、愚息がそれは自慢げで腹が立っていたんだ」
そう言いながらクライド妃も同じ物を渡してくる。こっちの宝石は青い色をしていた。
「えっと?」
「凄くモテモテですね、マサさん。しかも王妃二人と父と」
「あの、ロイさんこれって!」
「親愛なる者に渡されるものです。これを持っているとなれば、その者が後ろ盾となっていることの証。ある意味最強ですよ」
「政治的に手を貸せるかは分からんが、口添えくらいはできますぞ」
「変なクソ貴族にちょっかい掛けられたら言いな。物理で潰す」
「金銭的に困ったら頼ってくださいな。これでもそれなりの貴族家ですのよ」
どうやら俺はこの一瞬で政治力、武力、財力を手にしたようだ。
いや、使いどころ分からないし使わないから!
分不相応な力って怖いなって実感したばっかなんで、お友達でお願いすることにした。




