84話 海王国からのSOS(2)
ふと、誰かの気配を感じて意識が浮上する感じがした。
ぼんやりとした視界。鈍い頭に映像は入っても思考が追いつかない。ただ眺めるそこには白いキラキラ輝くドレスを着た星那が、嬉しそうに笑っている姿がある。
「……あれ?」
「おはよう、お兄ぃ」
「おは、よう? あれ?」
「寝ぼけてるの? 珍しいね」
ニッと明るく笑う妹を見ているうちに覚醒が進んできた。そして、ある一点でハッとして俺は慌てて周囲を見た。
そこには式典を終えたのだろうロイやデレク、ユリシーズもいる。窓の外はほんの少し赤くなってきていて、昼と夕方の中間なんだと分かった。
「え! 俺、どんだけ寝てたの!」
「三時間くらいだな」
隣にはあのままのクナルがいる。ってことは三時間、クナルは俺の枕になってくれていた訳で。
「うわぁ! ごめんクナル! 腕痺れてないか? 涎とか!」
「慌てるなって、大丈夫だから。あの程度で痺れるわけないだろ。腕痺れてしんどいってくらいまず体重増やせ」
大慌ての俺を宥めるクナルの言いよう、ちょっと酷い。でも事実だから言い返せない。
違う、こっちの人が体格良すぎるんだよ! 俺は昔からあまり太れない体質だったし、ご飯は食べてるったら!
「それにしても、最近眠くなる回数が多いな。本当に大丈夫なのか、マサ?」
見ていたデレクも少し心配そうにする。これはグエンもそうで、一度リデルにも診てもらったけれど異常はなかった。
「殿下の話では、今回のベヒーモス討伐によって女神の加護が強くなったそうですね?」
「はい」
そういうことにしてもらった。
流石に女神の魂の一部を受け入れて使命を受けた。なんて気軽には言えないし相手を選ぶ。今の段階では時期尚早ということになったが、強い力の説明も必要になる。そこで大きな試練を乗り越えるとスキルの熟練度が上がったり加護が強まるというこの世界の常識を採用することにしたのだ。
「討伐からまだ日も浅いので、そこが影響しているのでしょうかね」
「まぁ、スキルの熟練度が上がっただけでも少しの間は体の感覚が変わって逆に苦戦するからな」
「加護の高まりは女神から受けられる恩恵とも言えます。魔力量の急激な増加もあり得るので、そうなると馴染むまでは負荷が掛かっているのかもしれません。お時間があれば魔術科にて検査をいたしますが」
「今は大丈夫です。ありがとうございます、ユリシーズさん」
下手に解析などされて何か見つかったらまた騒ぎになる。ここは辞退しておくのがいいだろう。
それにしても本当に、体に馴染むまでのことだといいんだけれど。これが続いたら仕事にならないよ。
溜息をついた俺は心配そうな皆を見て、へらっと笑うのだった。
落ち着いた所でお茶を淹れて、ふと殿下がいないことに気がついた。この面子なら居るのが普通くらいに思えるのに。
「殿下はどうしたんですか?」
問うと、ロイが楽しそうに笑った。
「この後の食事会の準備をしていますよ」
「……え! 王子様がするの!」
こういうのってむしろ部下の役目なんじゃ!
思って焦ると、ロイは実に楽しそうに頷いている。ユリシーズは苦笑いだ。
「今日は天気も良く、星も綺麗そうだからと庭園に席を設けることにしたのです。立食の方が色々と動くのに便利ですからね。我が君はその設営の指示を出していますよ」
「そんなに気合い入ってるんだ……」
まぁ、聖女との懇親会みたいな感じなんだろうし、親睦を深めるためか。それにしても王族で立食って、想像と違った。俺の想像ではこう……豪華な部屋にもの凄く長いテーブルがあって、お誕生日席に王様が座って優雅にお話をしている感じだ。
「マサさんと会えるのを、陛下も妃殿下も楽しみにしておりますからね」
「へ?」
星那じゃなくて、俺?
驚きに目をぱちくりしていると、他が盛大な溜息をついた。
「当然じゃねーか」
「いや、でも俺普通のおっさん」
「普通の人が国家危機は救わないと思います」
「でも」
「陛下も妃殿下もあんたのことは知ってるし、今回の顛末も知ってる。寧ろ特別に呼ばれて叙勲だ叙爵だなんて言われないのが妙な話だっての」
「でも!」
「大丈夫だよ、お兄ぃ。陛下も妃殿下達も優しくて良い人だから」
なんか、一気に変な汗出るんですけど。
そんな俺を見て、他の人達はおかしそうに笑うのだった。
少ししてユリシーズは帰った。元々俺に挨拶したかったのと、体調を気にして来てくれたらしい。「気になるようでしたら声を掛けてください」と言われてしまった。
そうして徐々に夕方から夜へと移るくらいの時間に、俺達は執事に呼ばれて奥院の中庭へと案内された。
「わ……ぁ」
外に出た途端、柔らかな花の香りがする。
出入口から広く真っ直ぐに伸びた白い道と、その両脇に植わる蔓薔薇の彩り。中央にあるのは複数の人が座れるような東屋で、そこの屋根に今は暖色の明かりがついている。
東屋の周辺は広くスペースが取られていて、今はそこに白いテーブルクロスを掛けた長テーブルが置かれて料理や飲み物が置かれている。
給仕の従者やメイドが並ぶ、その中央。東屋の前で四人の人影が此方を見つめ、やんわりと笑みを浮かべているのが分かった。
「きたね、トモマサ」
ラフな格好の殿下が近付いてきて俺の前に立つ。そして優雅に右手を差し伸べてきた。
「まずは紹介したい人がいるんだ。エスコートするよ」
「え! エスコート……ですか?」
そういうの慣れてないからどうしたものか。オロオロする俺に笑って、殿下が俺の左手を取る。
こういう所作は流石王子様って感じがする。スマートで嫌味がなくてとても自然で。案内するのが俺みたいな冴えないおっさんじゃなきゃ完璧なんだろうに。
殿下が先を行き、ついていく。明るい東屋のところにくると残る三人がよく分かった。
一人は綺麗な金髪の男の人だ。年齢は五十代だろうか。肩幅がしっかりある逞しい人で、短く豊かな金髪に男らしい顔立ち。笑い皺のある目元に、切れ長の金の瞳をしている。
耳や尻尾の形を見ると殿下と同じライオンの獣人なんだろう。殿下はホワイトライオンなんだろうな。
「父上、聖人トモマサを連れて参りました」
「……!」
膝を折って恭しく男性の前で礼をする殿下に、ぼーっとしていた俺はアタフタして見よう見まねで膝を折ろうとする。
だがその前に男性が歩み寄ってきて、俺の手を取った。
「国の英雄に膝を折らせる訳には行かない、トモマサ。どうか楽にしていてくれ。ここは私的な場なのだから」
「え! あの」
「ベセクレイド王国、国王イライアスだ。この度は息子達を救ってくれて、心から感謝する」
「いえ、そんな! 俺はそんな大層なことは……」
「トモマサ、厄災級の魔物を退けスタンピードを止めたことは大層なことなんだよ」
呆れ顔の殿下に王様も頷いて、おかしそうに微笑んだ。
「挨拶が遅くなってしまって本当にすまなかった。デレクの元にいると聞いている。何か、不自由はないかね?」
「とても良くしてこらっています」
「それは良かった。あれは人はいいんだが、少々こき使うところがあってな。無理なことを言われたら正直に言って構わないよ」
「毎日充実していて、とても楽しいです」
クナルなんかはよく「人使いが荒い!」「報告が遅くて雑!」と言うけれど……でも、大事な場面では頼もしい団長だから人もついていくんだと思う。俺もデレクのことは信頼しているし。
「それと、一人の父としても礼を言いたい。ルートヴィヒ、そしてスティーブンが世話になったね」
「あ……」
目尻を下げ、優しい表情で言ってくれる王様を直視できずに視線を外した。
殿下については確かに少しやれたという実感もある。
けれどスティーブンに関してはほとんど何もできなかったし、やれた実感もない。何より結果として彼は操られていたにも関わらず全ての責任を負って辺境に行ってしまったのだ。




