81話 黒の森の奇跡(26)
「それもハンナの刷り込みによって言わされていた可能性がある。そして黒の森の浄化やセナの誘拐にハンナが関わっていたとすると?」
「えっと……」
「更に言うと、このタイミングでスタンピードが起こり、ベヒーモスなんて厄災級の魔物が生まれた。全てにおいて謀ったみたいじゃない?」
「あの!」
「ロイを殺そうとした邪神崇拝者の隠れ家には走り書きで、黒の森とあった。何か良からぬことをしているだろうと、調査をユリシーズにさせていた最中だ」
「…………」
全部が、繋がっている?
邪神崇拝者と呼ばれる人達が黒の森で何かして、今回の魔物の大量発生が起こった。そこに女神神殿に操られたハンナがスティーブンと星那を伴って向かって……。
最悪、皆死んでこの国は大変な厄災に見舞われていた。
気づいたらうそ寒く感じて自分の体を抱いてしまう。嫌な感じに心臓が音を立てて、怖くてたまらなくなる。
こんなに黒くて濃い悪意というのは、初めてだ。
俺を見て、殿下の表情から色んな感情が抜け落ちた。ただそこに、凍らせた怒りがあるばかりだ。
「今回、トモマサが起こした奇跡のおかげでスティーブンもハンナもセナも無事で、私達は痕跡を拾うことができた。けれどそれがなければあの場で三人とも死んでいただろう。国はベヒーモスによって蹂躙され、その場に浄化を使える聖女もいない。この国はこの一件で滅んでいても不思議ではなかった」
「あ……」
「そんな状況でも、新たな聖女召喚の力が溜まるのは数十年以上後のこと。国の苦境を救う手立てはない。唯一あるとすれば女神の力を多生は扱える女神神殿の神官や神官長だ。そこに泣きつかなければならないんだよ? 屈辱で死ねるよね」
殿下は決して怖い顔立ちじゃない。どちらかと言えばやや子供っぽい顔立ちだと思う。精悍よりは可愛いと思える。
そんな人の冴え冴えとした、優しさを含まない眼光はもの凄く怖いものだった。
この言葉はきっと本心だ。
「私は寛大で優しい王子だ。けれど、身内に手を出すというなら容赦はしない。決して、許すつもりはないんだ」
「……はい」
俺は何もしていないのに、なんか謝ってしまった。涙目で見ているとハッとした殿下が表情を変える。途端にさっきまでの押し潰すような重い空気はなくなって、俺はようやく息が出来た感じがした。
「ごめん! 君に怒ったんじゃないし、むしろ感謝しかないのに。あの、大丈夫。前にも言ったけれど私は君の味方だから」
「あっ、はい」
今一瞬、疑わしいと思ったことは秘密にしよう。
「そしてこの時から、同じ秘密を持つ共犯者だ。女神の敵を洗い出そう」
不意に手を差し伸べられる。
この手を取ることは、共犯者であると認めること。憶測を出ない、でも強大な何かを相手に喧嘩を売るということ。
事なかれが一番。平和な日常がいいと望んでいる俺にとってそれは真逆の選択だ。けれど、黙っていても奪われるかもしれないのなら守ろうと思う。
俺の大事な場所や人が、笑っていられるようにやれる限りのことはしたいと思うから。
「よろしく、お願いします」
握り返した手を更にもう一度強く握り、俺はこの日殿下の共犯者になった。
▼クナル
無事に意識も戻り、食事も食べられた。とはいえまだ本調子ではなく、急に動くとふらつく。そして相変わらず細いままだ。
夜、既にマサは静かな寝息を立てている。だが、昨日までの不安はとりあえずなくなった。このままいつ目が覚めるのかと祈るような気持ちでいたのだから。
最初は、妙なのが来たと思った。
腐界とすら言えるランドリーから洗濯物を運び出し、魔法もないままに一人黙々と作業をするマサを見て妙に手を貸したくなった。放っておくことも出来たのだが。
やたらと腰も低くて、笑顔は多くても不安そうにしている。それが匂いで分かるなんて経験はこれが初めてだ。
獣人は鼻が利く。種族にもよるだろうが、俺は鼻の良い方だ。
それでも相手の感情が伝わるというのは初めての経験で驚きはしたが、妙に惹きつけられたのも事実。おそらく相性がいいんだろう、くらいに思っていた。
事実一緒にいると妙に落ち着くし、触れたくなる。困っていれば無償で手を貸して、不安そうにすれば手を差し伸べて。笑うときは、どこか俺もほっとした。
これを獣人は『運命』と言うようだが、半信半疑だった。今もそれを完全に信じているわけではない。
そう、思っていたんだけどな。
「ん……」
もぞもぞと動いて寝返りを打つマサの顔は少し渋い。寝苦しい季節になりつつあるからな。
立ち上がってほんの少し窓を開けてやると徐々に難しい顔が和らいで、またすよすよと眠りだす。
「はっ、間抜け面だ」
本日はこのあともう1話更新します。




