75話 黒の森の奇跡(20)
「!」
なんで、どうして。祈れば助けてくれるんじゃないのかよ。こうならないための力があるんじゃないのかよ!
嫌だ。町が壊されるのも、優しくしてくれた人が悲しむのも、死ぬのも嫌だ。クナルが死ぬのは嫌だ!
「あ……あぁ……」
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! なんで、どうして! 俺の望みは叶わない! 俺の大事なものを奪っていくばかりだ! こんな……こんなの!
俺は絶対に認めない!
「あぁぁぁあぁぁあぁぁぁ――っ!」
声の限りに叫んで、クナルを強く抱きしめた俺の中で……何かが弾けて爆発した。
それは真っ白い光になって俺の中から飛び出して、爆弾のように辺りを巻き込み弾け飛んでいく。立ち並ぶ木々の隙間、草の間を光が爆風となって通り抜け、全てを塗り替えていく。
俺達を襲ったベヒーモスはその光に飲み込まれて塵となり、森にいただろう数千の魔物も同じく消えた。厚く立ちこめた瘴気は消え、倒れたばかりの木々に苔が生え、抉れた大地に緑が芽吹く。広く広く伸びる光の爆弾が黒の森を覆うと、役目を終えて消えていった。
残された俺の周りはとても綺麗な世界だ。俺とクナルを中心にした大地に白い花が揺れている。明るい日が地上まで注ぎ込んでくる。
「あ……」
呆然とする俺の腕の中は温かい。冷たくなりそうだったクナルは汚れていても傷もなく、肌色も戻っている。消えそうだった息は安定している。
その頬に涙が落ちた。どうしようもなく溢れたものがポタポタと。
「クナル」
良かった、生きてる。頬に触れて、安心した。
だが次に、俺の視界は急激に歪み、自分が座っているのか倒れてしまったのかすら分からなくなる。上も下も判断できないまま胸が痛くなって体が冷えて直ぐ、目の前が真っ暗になった。
◇◆◇
ふ……と、意識が戻った。
そこは真っ暗なのに辺りが見える、妙な場所だった。上も下も、前後左右すら分からない。足が地についていないことは感じる。でも他は、この場所が暑いのか寒いのかすら感じ取れない。
俺、死んだんだ。
漠然とそう思った。
『あら、まだ死んでないわよ? ギリギリだったけれど』
「!」
何もないと思っていた世界に突如女性の声が響いて、俺は辺りを見回した。するとふわっと優しい明かりが灯って、そこに一人の女性が立った。
桜色の優しい髪を波打たせた、愛らしい女性だ。顔立ちは柔らかく、ぱっちりと大きな新緑の瞳にふっくらとした唇。顔も小ぶりで、お人形みたいだ。
そんな彼女がにっこりと微笑んで近付き、俺に手を差し伸べてくる。
『会えて嬉しいわ、智雅。まぁ、こんな形ではなかったんだけれどね』
「あの……」
『あぁ、私? 自己紹介もまだだったわね』
ここが何処とか、貴方は誰とか、俺は色々混乱している。
そんな俺の心情を察してか、彼女はニコッと笑った。
『初めまして。この世界の女神アリスメリノよ。気軽にメリーさんって呼んでちょうだい』
「女神! いや、でもメリーさんはなんか」
某都市伝説を彷彿とさせるので気が引けるのだけれど。
それにしても、この人が女神……もっと近寄りがたい神秘的な感じかと思っていたのに、随分と親しみやすい雰囲気がある。
いいんだろうか?
「あの、女神様。俺は死んでないんですか?」
『ギリギリね。もぉ、あんな無茶な力の使い方したら流石に魔力が枯渇するわよ。いい? そのスキルはもの凄く強力なの! だから使う時は対象を絞るのよ。今回なら魔物限定で浄化して、目の前の相手だけ蘇生させないと。感情任せに手の及ぶ範囲全部の浄化と再生なんてさせたから』
「あの、ごめんなさい。いや、でも俺ちゃんと願ったはずなんですけれど?」
助けて。守ってと祈り続けていた。
首を傾げる俺に、女神は少し意地悪な顔をした。
『足りないわよ』
「え?」
『命を助けるには祈りが足りない。祈っても、それに魔力を練り込まなければスキルは発動しない。カーバンクルを助けた時を覚えてる? 意識を集中させて、癒したいという願いに魔力を練り込んでいた』
思い出してみると、確かにあの時は直接触れなかったから、透明な手で覆うようなイメージをして触れて包んで撫でて、治れって思っていた。
あのイメージが大事ってことか?
『魔法はイメージと、そこにどれだけ魔力を込められるか。その発動スピードが重要なのよ』
「あの、でも俺のはスキルで、呪文みたいなものはないので」
『ないなら付ければいいのよ? どうせそれ、貴方しか扱えないしね』
「……え? そんな適当なんですか?」
普通、決まったものとかあるんじゃ? ヒールとか。
でも女神は考えて、あっけらかんとした様子で『ないわ』と断言した。
なんだろう、凄く気安い。今も大きな口で笑っている。明るい人だな。




