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【完結済/毎日20時】おまけの兄は異世界で騎士団のお世話をします  作者: 凪瀬夜霧
1章:おまけのお兄さん?
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74話 黒の森の奇跡(19)

 ベヒーモスがノソノソと近付いてくる。動きは遅くても体が大きく一歩が大きい。だから距離なんてあっという間に詰められる。巨大な足が踏み潰そうと大きく上がるのを、クナルは辛そうに傷を庇いながら逃げている。メシメシ木が折れて、地表が窪む。割れた岩の欠片や石が無秩序に飛んでクナルに細かな傷をつけている。

 弄んでいるんだ。苦痛を長引かせるように。


 気づいたら悔しくて、俺は土埃に紛れてクナルに近づき、そしてその手を捕まえた。


「クナル!」

「マサ! あんた、逃げたんじゃ」

「クナル一人にはできない。逃げよう」

「! 俺は!」

「逃げるんだよ! お願いだから!」


 今はまだ土埃で視界が悪い。この隙に距離を取れれば隠れられる。時間を稼げればロイがきっと援軍を連れてくる。


 クナルの腕を引き、ベヒーモスの踏みつけもどうにか回避して森の木々に紛れる。見失ったことに苛立ったベヒーモスの足を踏みならす振動が響く中、息を殺して遠くを目指す。

 クナルはそんな俺についてきた。


「どうして戻ってきたんだ」

「クナルを死なせない」

「臆病なくせに」

「……見殺しになんて、出来ない。何か出来るかもしれないのにやらなかったから、俺はずっと後悔してる。俺が、両親を殺したんじゃないかって思ってる。もう……そんなの嫌だ」

「……」


 訴えを、クナルは黙って聞いてくれた。そして大人しく付いてきてくれる。

 だがそんな逃亡も長くは通用しない。相手は圧倒的に視野が広い。直ぐに俺達に気づいて追いかけてきた。


「っ!『アイスフィールド!』」


 ドンと地を踏むクナルの足元から地表が凍り付いていく。それはベヒーモスの突進を的確に阻んだ。足を滑らせ転倒した奴は木々を巻き込んで明後日の方向へと行ってしまう。

 その間にクナルが俺の体をヒョイと抱き上げ、猛然と走った。


「っ!」

「足!」

「馬鹿! んなこと言ってらんねーだろ!」


 痛いはずの足を庇いながらも獣人の身体能力は高い。足場の悪い森の中を飛ぶように走っていく。

 その背後からベヒーモスの足音は近付いてくる。徐々に距離が詰まってきているのが分かる。脂汗を浮かべるクナルにもそれは伝わっている。

 だから、彼は俺を水の膜で包んで走りがけに脇へとぶん投げた。


「っ!」


 一瞬だった。何も言うことが出来ない間に俺は投げられてベヒーモスの進路から外れた。

 地表を削る捻れた角が獲物を捕らえて弾き飛ばす。木々も土も石も一緒に上空へと舞い上げた中に、確かにクナルがいた。


「あ……あぁ!」


 空高く舞い上げられ、木の葉みたいに落ちてくる。色んなものが無秩序に。一緒くたに。俺は走った。足を滑らせ、転んでも直ぐに起き上がってドサドサと落ちてきたその中へと飛び込んだ。そして直ぐにうつ伏せに倒れるクナルを見つけた。

 抱き起こそうとしても持ち上がらない。力の入っていない体はずっと重い。


「クナル!」


 揺すって、とにかく上向きにと思って体勢を変えようとした俺の目の前で、どろりと真っ赤なものが溢れる。沢山の血を吐いたクナルの目に光は薄くて、下半身はまったく動かないみたいで……息もヒュ……と、とても小さかった。


「あ……」


 死んでしまう……俺が殺してしまう。

 必死に願っても力なんて出てこない。こんなに心の底から必死に願っているのに癒しの力なんて出てこない。


「クナル……」


 涙で世界が歪む。その俺の耳に、余裕たっぷりの振動が聞こえる。獲物はもう動けないと分かっていて、いたぶるつもりなんだろう。


「マ……サ」

「!」

「逃げ、ろ」


 小さな、でも確かな声がする。見下ろした先に、薄青い目がある。今にも消えてしまいそうなのに、まだ希望を手放さない輝きが残っている。


 地に触れるクナルの手。その先から地面が凍る。土が、緑が白く変わっていく。細く長く息をして、辺りは真冬のように冷たくなった。その氷がベヒーモスの足を凍らせていく。


「逃げ、ろ」

「い、やだ」


 涙が落ちた。抱えて逃げようともがいたけれど、動かない。

 必死な俺の耳に、くくっと笑う声が聞こえた。


「ほんと、変な奴……逃げたいくせに」

「クナルを置いていけない!」

「……俺はもう、無理だからいい」

「!」


 ポタポタと、口元から血が落ちていく。足も動かない。僅かに意識を取り戻してもこの傷では……。


「逃げろ……あんたを、死なせたくないんだよ」


 それは俺も同じなんだ!


 地面に崩れた俺達に、怒り任せの咆哮が聞こえる。

 俺は必死に願った。傷治れ! 守って! と。

 でも、何も出てこない。傷は直らない。守ってもらえない。

 目の前でクナルの目が閉じ、フッと小さく息を吐いた。それが、母が息を引き取った時の光景と重なった。

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