69話 黒の森の奇跡(14)
「第二騎士団の所属なんだから、黒でもいいだろ」
「ダメですよ、野暮ったい。あれは皆が高身長で体格がいいからこそ締まるのです。マサさんは色が白いですし、印象が強すぎますよ」
もう、ここから進まない。
「あの、すいません。俺トイレ行ってきていいですか?」
まだ時間がかかりそうだからソロッと伝えるとクナルは動こうとするが、俺がそれを止めた。
「クナルは選んでていいよ」
「だが」
「何日かお世話になってたから場所分かるし、キュイ連れてくから」
そう言って全体が見えるテーブルの上で丸くなっていたキュイを見ると、スッと素早く近付いてきて俺の右腕をスルスルッと登り肩に座った。
「直ぐそこだからさ」
「分かった。なんかあったら叫べよ」
「大げさだな」
へラッと笑って廊下を進む。ここは一階の奥まった一角で、衣装部屋に近いところ。主にここで働く執事やメイドの多い場所らしい。
窓の外は少し殺風景で、荷下ろしする搬入口も近い。裏側は隠すものっていうのが裏方の美。それは俺も分かる。
そうした光景をそれとなく眺めながら突き当たりのトイレに入り、鏡を覗き込む。幾分マシにはなったとは言え顔の肉付きも、肌の質感もここの人達みたいに白くない。基本、顔立ちが純粋に日本人で平べったい。髪の毛の後退などがないのが救いだ。
鼻は皆に比べると低くてちんまり。頬の肉付きはそれなりだけど張りはない。目は何処か眠そうな……瞼の重い一重? 肌色だって日本人なんだから黄色系だ。
「似合うわけないだろ」
バサッと縁取る睫に宝石みたいな瞳の色。色が白くて、肌の張りも艶も良くて、鼻筋が通り全体的にはっきりとした顔立ちの彼等は何を着ていても似合う。
そんな彼等の服が、ぼやけ顔の俺に似合うわけがない。
「はぁ……」
溜息が出る。彼等にじゃない、自分にだ。
申し訳ない。真剣に悩んでくれているのに、どれもしっくりこない。俺がちゃんと選べばいいのかもしれないが、分からないし。
自分が何を着ていようと関心がなかった。ただ仕事上、綺麗で衛生的にというところしか重点を置いてなかった。
短い黒髪もそうだ。長いのは食品を扱う上で良くないし、俺の店はそれが似合うオシャレな雰囲気じゃない。何より長髪にするなら手入れを日々しなきゃならないから、面倒でとにかく短くしていた。
俺は自分に、関心がないんだろうな。
『キュ?』
肩の上で小首を傾げるキュイが励ましている気がする。笑って、指で頭をチョイチョイと撫でて、俺はトイレを出た。
だがその瞬間、通り過ぎる誰かと思いきりぶつかった。
「っ!」
「何だ貴様!」
威圧的な声に驚き身を縮ませた俺の目に飛び込んだのは、ぐったりとした星那を抱える体躯の大きな獣人とその横を歩くスティーブンだった。
「せっ!」
思わず大きな声で叫ぼうとした俺の口を、大きな手が鷲掴むみたいに塞いだ。肉厚なグローブみたいな手で、とにかく握力が強い。強く握られたら顎の骨が砕けそうだ。
「チッ、聖女のおまけか」
「どうしましょう」
「放置もできんが、殺して騒がれても面倒だ」
物騒な会話に俺は小さくなって震える。目を見開いて涙目になってスティーブンを見ると、彼は陰鬱な様子でニタリと笑った。
「まぁ、連れて行けば盾くらいにはなるだろう」
「はっ」
「っ!」
口を塞がれたまま体が浮く。小脇に抱えられて足が宙ぶらりんで、バタバタしてもびくともしない。
俺は慌てた。このままどこに連れ去られるんだ。星那は! 意識がない妹が心配だ。
とっ、俺の胸元が僅かにモゾモゾ動く。それは尻餅をついた時に咄嗟にそこに逃げ込んだキュイだった。
頼むキュイ、逃げろ! そしてクナルに知らせてくれ!
既に小さなドアから外に出され、待機していた幌馬車に乗せられる寸前だった俺は伝わるか分からないけれど必死に思った。
その思いが伝わったのか、キュイはスルッと俺の服から外に出て走っていく。カーバンクルは風と相性がいいらしく、その足はとても速い。
「乗れ!」
「っ!」
乱暴に突き飛ばされて幌馬車の床に投げ出された俺を、すかさず他の奴が縛る。猿轡を噛ませ、腕と足を縛って。モガモガしている間に十人くらいの人が乗り合い、何処かに向かって走って行く。
芋虫みたいに床に這いつくばる俺を陰惨な目の男達が硬いブーツの先で小突き回している。強い力ではないけれど、明らかに馬鹿にされているのは分かる。
車輪は最初こそ滑らかに走り揺れも少なかった。けれど十分もしない内にガタガタ揺れて、時折小さく跳ねる。整備されていない道を走ってるみたいだ。
臭いも違う。湿り気のある土や葉の臭いがし始めている。
森?
咄嗟に思った俺の考えは多分間違っていない。




