67話 黒の森の奇跡(12)
でも言いたくない。言ってどうにかなる問題じゃないだろうし、我が儘だ。
もし俺がもっと若くて……星那くらい可愛ければこの我が儘も通るのかもしれない。でも実際は大分精神的に枯れた、どこにでもいるモブ顔のおっさんだ。話になんないだろう。
いや、そういうことじゃないし、クナルが見た目で態度変えるとかしないと信じてるけれど…………俺、何一人でごちゃごちゃ言い訳してるんだろう。
「大丈夫だよ」
できるだけ普通に、笑って言った。そんな俺をジッと見ていたクナルは盛大に溜息をついた。
「分かった」
この言葉に俺はほっとした。その裏で、胸の奥がズキリと痛んだ。
望んだ結果だろうに痛くて苦しいって、どんな矛盾だよ。面倒くさいな。
でも、違っていた。次にクナルが取ったのはヘラヘラ笑う俺の後ろに回って、ホールドするみたいに強く抱きしめることだった。
「なっっんにも大丈夫じゃないことが分かった」
「へ?」
「あんた、そんなに自分虐めてどうすんだ。何を我慢してるんだよ。酷い顔してる自覚あるのかよ」
言われて驚いて、体に回った腕が強くて、温かくて……泣きたくなるのは、どうしてだよ。
「俺がここを離れて、あんたとも別れることになる。それが嫌なんじゃないか?」
「なん、で」
「その話しかしてないだろ、あの場で。そっから様子変だし。アホでも分かるっての」
「っ」
でも……じゃあ、なんて言えばいいんだよ。「行かないで」なんて俺の立場で言えるわけないだろ。俺はただの家政夫で、事情はちょっと特殊だけど護衛がクナルでなきゃいけない理由なんかない。
回った腕に手をかけて、引き剥がそうとグッと力を入れた。でも俺の力じゃまったく敵わない。ここから抜け出せない。
「違うよ。もう、寝よう? 離して」
「離さない。あんたが素直になるまではこのままだ」
「何もないんだってば」
「言いたいことあるだろ」
「ないよ」
「嘘だな」
「ないったら」
「マサ、怒るぞ」
「っ! 何、言えばいいんだよ」
「行くなでいいだろ」
「我が儘だよ」
「なんでだよ」
「……困らせたくない。俺、嫌われたくない」
ギュッと抱えるように腕を握って、うつむいた。絞り出す声と、勝手に熱くなる目頭が憎たらしい。俺はここにきて甘えてる。弱くなってる。あっちの世界ならこのくらいで泣きそうになんてなってない。
泣いたって、何にもならないから。
頭を撫でる大きな手がある。引き寄せるようにクナルの腕に力が入って、よりしっかりと抱き込まれた。そうして耳元に吹き込まれる。
「んなことで嫌いになんてなんねーよ」
ここが限界だった。
ワッと涙が出て、落ちていく。俺は頑張ったのに、耐えたのに。我慢、したのに。
「この程度言ったって困んないんだよ、マサ」
「クナル」
「もっと頼れよ、本当に。全部なんとかするのは無理でも、聞くだけは聞くんだ。少し自分の中に溜めすぎなんだよな、あんたは」
「だって」
これが俺の普通だったんだ。
頭を撫でる手が優しい。声が優しい。みっともなくて、面倒臭いのに側にいてくれる。そんなふうに優しいから、俺は困る。頑張ってきた俺が崩れて、見ないようにしてきた顔が覗いて、突然訴えるようになるんだ。
「クナル」
「なんだ?」
「俺、一緒に行っちゃ駄目かな? 戦えないけど、身の回りのこととかするから。頑張って自分のこと、守れるように努力するから。一緒に、行っちゃ駄目かなぁ」
グズグズの俺を抱きしめたまま、クナルは多分笑ってる。穏やかに、見守るみたいに。
「俺からも打診してみるから、安心しろよ」
「うん」
確かな約束じゃないけれど、今の俺はこれだけでいい。
言わない気持ちが言えたらそのうち苦しさは解けて楽になって、そうしたら眠くなってきた。自分よりも高い体温に包まれて安心した俺は、いつの間にかクナルの腕の中で眠ってしまっていた。
▼スティーブン
こんなはずではなかった。
幼少の頃から、四つ年上の兄はあまりに出来すぎていた。
文武に秀で、他を従え、強い固有スキルを持ち、己の信念を持っている。
誰もが兄を褒め称えた! この国の未来は明るい。ルートヴィヒ様が次期国王となれば更にこの国は発展していくだろうと。
その陰に、常に私はいた。
だがこうまで能力に差があれば妬むことすらおこがましく、最初から同じ土俵になど上がれないことは明白であった。
故に最初は兄を補佐しようと学び、鍛錬を積んだ。
こうまで羨望を集める兄だが、家族には気さくで時に子供っぽく、明るく接してくれる。誰に対しても傲った態度など見せない人を、私も好いていた。
なのにある時から、この心はどす黒く汚れ、憎しみにも似た感情が芽生えた。兄の行動、考え、発言の全てに反発したくなり、そうしてきた。
かつての友は去り、私の思いに賛同する者が集まり、よりそちらへと導かれる。私もそれを良しとして動いた。




