66話 黒の森の奇跡(11)
「とにかく頭がいいから、主の言うことをよく聞く。厨房に入らないよう話せば聞くぞ。ただ、食堂内でお前が見える場所にはいるだろうがな」
「凄い!」
昔から動物は好きだし、ペットも少し憧れてはいた。実際、母の実家には老犬がいて、俺はよく抱きしめていた。
ただ、仕事が飲食に関わるからずっと飼っていなかったんだ。
そんなに言うことを聞いてくれるなら、側にいても問題なさそうだ。
「魔法も勝手に覚えるし、生まれて直ぐにある程度使える」
「すごいな。やっぱり、バリア的なもの?」
「使えないことはないだろうが、攻撃的なものが多いイメージだな。結界張るよりも先に叩くのが確実だから」
「あ……」
クナルの説明に、俺はちょっと苦笑い。見た目はとても綺麗で愛らしいのに、その性格はかなり攻撃的なようだ。
「なんにしても、これで二ヶ月後にクナルが離れてもとりあえず大丈夫か」
「え?」
腕を組んで明るい顔をしたデレクを、俺は驚いて見た。それと同時に心臓がドクンと大きく鳴った。
クナルが離れる? しかも二ヶ月後? それは、どうして。
「あと二ヶ月程で、今遠征部隊として出ている第一部隊が戻ってくる。そうしたら今度は俺達第二部隊が遠征部隊として王都を離れ、中継の町リーンの宿舎に行くことになる」
静かな声が隣でして、でも俺は半分くらい聞こえてこなくて、ドクンドクンと音を立てる自分の鼓動しか分からなくなる。
ずっと居てくれた、最初から。クナルが居てくれたから心強かった。甘えちゃ駄目だとか思いながら、何だかんだで甘えてしまって……ずっと、居てくれるものだと思っていた。
居て、欲しい。
思って、瞬時に否定する。これは俺の我が儘だから。クナルは仕事で……俺の護衛だって仕事で、だから居てくれるだけだ。少し甘いのも、世話好きなのも彼の優しさで、その優しさに甘えて縋ったらダメなんだ。
本当なら俺は一人で頑張らないといけないのに、いつの間にか居てくれるのが当たり前になって。当たり前に思っちゃダメなのに。
「マサ?」
「あぁ、うん。そう、なんだ。えっと……」
「第一部隊がこっちに戻ったら引き継ぎして、お前のことも第一部隊の信頼出来るのにまた護衛頼むって話だ」
ぼーっとして話を聞いてなくて、俺は慌てて誤魔化して笑った。そういう話をしていたんだ。理解した。
「分かった。ごめん、デレク。手間なのに」
「なーに、お前を引き込んだのは俺だしな。面倒くらい見るって」
「ありがとう」
そうだよ、こんなの贅沢だろ。初日から衣食住が保証されて、仕事も与えられて、不慣れな環境での生活にアドバイスや補助もしてもらって。至れり尽くせりじゃないか。
これ以上なんて望んじゃいけない。寂しいなんて一時の感情で我が儘を言っちゃいけない。そのうち慣れるから……大丈夫だ。
腕の中のカゴを思わずギュッと抱きしめる。そんな俺を、クナルは隣でジッと見ていた。
その日、戻ってからの俺はダメダメだった。馬車を降りるときにずっこけそうになるし、ずっと上の空で夕飯作る時に指を切った。慌てたグエンが俺の手首を持って宙ぶらりんにしてリデルのところに運んだのは……恥ずかしかったな。
開け放った自室の窓からは月が見えている。地球と同じ、今は少し欠けたものが。床に座って、月に向かって左手を伸ばしてみる。結構血も出たのに、今は傷跡もない。回復魔法は凄い。
何をしているんだろう。今も寝なきゃいけないのに眠れなくてこうしている。とっくに消灯時間は過ぎているのに。
膝を抱えて蹲る、この時間が嫌いだ。考える時間がある。やることで忙殺されてしまえば余計なことは考えなくていいのに。俺に余裕なんて、いらないのに。
抱えた膝に顔を埋めた、その時。コンコンというノックの音に俺は顔を上げて、のそりと動いてドアを開けた。
「あ……」
「あんた、流石に不用心過ぎるぞ」
訪ねてきたクナルが眉根に皺を寄せて渋い顔をしている。その顔を今は、きっと見たくなかった。またモヤモヤしたものが胸の中に生まれてしまう。
「まだ起きてたのか」
「あぁ、うん。もう寝るから」
「……少し、付き合わないか」
「え?」
心配させると思って言ったのに、引き留められた。迷って……俺は後ろ手にドアを閉めてクナルの後に続いた。
彼が向かったのは中庭だ。訓練が出来るくらい広いそこには良い感じの芝が生えていて、夏の夜の心地良い風が僅かに青臭い匂いを運んでくる。
そこに腰を下ろしたクナルに倣って隣に腰を下ろすと、抜けた満天の空が広がっていた。
「なに、悩んでんだ?」
「え?」
「怪我したって聞いた。馬車での会話のあとから上の空だろ」
「あ……」
まぁ、分かるよね。俺でも多分気づくくらいおかしいもん。




