65話 黒の森の奇跡(10)
「っ、できません」
「……拒むなら、君の大切な者を私が腹いせに傷つけると言ってもかな?」
「!」
うつむけていた顔を上げて、殿下を睨んだ。真っ直ぐな視線とぶつかる。まったく動じない人を前に俺が負けてしまいそう。
星那にも迷惑をかけるかもしれない。クナルにも、デレクにも……もしかしたら他の人にも。俺はもう騎士団宿舎に戻れなくて、殿下の命令に背いた謀反人になって……。
怖い。この先なんの希望も見えなくなるかもしれない。ただ息をしているだけの一生かもしれない。
それでも、これをしてしまったら俺はきっと後悔する。見ず知らずの誰かの命を奪った重みに耐えられない。例え誰もが俺の行動や決断を称えたって、俺自身はずっと引きずって思い出して苦しむ気がする。
思い詰める俺の頭に、ふと手が乗った。まるで「頑張ったな」って言われてるみたいだ。
「殿下、その辺にしてください。マサが死にそうです」
背後の声にパッと顔を上げると、クナルは俺の頭を撫でながら止めようとしてくれる。
そしてロイもまた、諫めるような視線を殿下に送っていた。
そんな重苦しい中で、殿下は「はぁ~」と息を吐いた。
「分かったよ、もうしない。っていうか、私の確認は終わったしね」
「え?」
終わった?
ポカーンとする俺をよそに空気が明らかに軽くなる。次にはニッと悪い顔で笑う、知っている殿下に戻っていた。
「これで結構本気の演技だったんだけどな~。トモマサは案外頑固だね」
「え? え?」
「あぁ、その髪返して。それ、私のなんだよね」
「えぇ!」
思わず声を上げて、サッと拾って丁寧にお返しすると爆笑される。俺だけがまだ目を白黒させている。
それを見て、デレクが重い溜息をついた。
「確認したかったのは本当だが、演技についてはやり過ぎだ。悪いな、マサ」
「え? あの……」
「だって、本気で圧をかけないと分からないし。あぁ、安心して。君の処遇はそのまま。そのカーバンクルも今日から君の従魔だから」
「あの! え? 何が!」
結局、今のは何が分かったの?
オロオロする俺をひとしきり笑った殿下が少しだけ真面目な顔をして、説明してくれた。
「まず、君の祈りの力がどのくらい影響を他に与えるか知りたかった。結果、君が本心から願うならそれは叶えられることが分かった。範囲も癒やしや解呪にまで及ぶみたいだね」
「はぁ」
それはまぁ、実感がある。肩のカーバンクルを俺は癒したいと願って、そのための力が使えたわけだから。
「そして、君が本心では拒むことには発動されない。躊躇いや迷いがある事象は、例え命令でも力が発動しなかった」
「あ……」
そう、かも?
人を傷つける可能性のある魔物を癒すことが正しいのか、俺は迷ったし……正直、したくないと思った。
「そして、人間性。金や保身でも君は他を傷つけたり殺める行為を拒んだ。仲間を盾に取られた時は……まぁ、分からないけれど」
それは俺も分からない。そんなことにならないように祈るばかりだ。
「何にしても、君の人間性込みでひとまず様子見にするよ。他の危険は周囲が回避すればいいしね。ただ、人が良すぎて信じやすそうなのだけは気をつけて。世の中そんなに綺麗じゃないからね」
「はい」
「うん。じゃあ、今日はもういいよ。あっ、でも今度また呼ぶ。聖女の任命式には出なくても式典用の服は一つないとね。仕立てたいから布選びと形決めと」
「え!」
なんか、話が違う方向に飛んでいって俺は辞退しようとしたけれど、その前に殿下がニッと笑った。
「これは逃げられないから覚悟するように」
「そんなぁぁ」
思わず脱力。精神的にも疲労困憊の俺は皆に笑われて、丁重に宿舎に送り返されるのだった。
◇◆◇
カーバンクルに『キュイ』という名前を付けた。鳴き声からなんて安直だけれど、俺が考えるペットの名前がポチやタマというセンスの欠片もない、ある意味伝統的すぎる名前だからさ。それに、当人が案外気に入って頭を擦りつけてきたからこれでいいんだ。
餌は俺の魔力でも十分だし、自然界では木の実や果物が好きらしい。あと、小さな魔石なんかをあげると魔力が強まるそうだ。
新しい環境に馴染むまではカゴに入れて、側に置いておくと馴染みがいいらしく、元々入れていたカゴを貰った。今はこれに入れて馬車で移動中。俺の膝に乗っているせいか落ち着いて丸くなっている。
「それにしても霊獣が手に入るとは破格だ。これならマサの護衛にもいいしな」
「そんなに強いんだ」
デレクが顎を手で触って繁々と覗き込んでいる。キュイも気づいているのか、片耳がピクリと上がり片目が開く。でも、あまり気にしていないみたい。




