61話 黒の森の奇跡(6)
額の汗を僅かに拭って、今度は二人で運び出した本を運び入れる。でもまだ本棚には戻さない。全てを床の上や机の上に置いて、俺は中の一つを手に取った。
「物語の本なんだ」
表紙には『女神アリスメリノの奇跡』とある。洒落た筆記体で書かれているけれど、所々金が剥がれてしまっているし、背表紙の角などは革の色が褪せている。
「復元、やってみるか?」
「うん」
俺の隣にクナルが座る。とても近い距離にいる彼と二人で一冊の本を覗き込んでいる。
「まずは革の変色からだな。元の革の色がこれだ」
人の手があまり触れていないのだろう場所は赤っぽい革の色が綺麗に残っている。
「この色を思い浮かべて、修復が必要な場所に触れるといい。呪文は『リコンストラクション』だ。一気に力を入れるんじゃなく、ゆっくりと流し込む感覚で」
「うん……ん?」
ちょっと待って、俺そもそも魔力の感じって分からない。
困惑顔でクナルを見ると彼も首を傾げる。何か不備があったかと考えている。
「あの、クナル」
「どうした?」
「俺、魔力の感覚って分からない」
「はぁぁ!」
これは流石に予想外だったみたいで、クナルは思い切りオロオロする。だが次には溜息をついて、何故か俺の手に触れた。
「いいか、今から俺の魔力をあんたに流す。痛かったり冷たかったら言えよ」
「うっ、うん」
少し緊張する。机の上に置いた俺の手にクナルの手が重なって、次にはゆっくりと何かが入ってくるのを感じた。
「わっ!」
「痛かったか!」
「違うよ! なんか、手から温かいものが流れてきて……変な感じ」
「それが俺の魔力だ。もう少し感じてろ」
言われて、俺は目を閉じた。すると体の中を温かいものが巡っていくのを感じる。明らかに自分のものじゃないけれど、優しくて、ほっとして……もっと、触れていたいなって思える感覚だ。
それらが順繰り入ってくると、急にドキドキしてくる。次には頭の中がぽや~んと浮いたみたいになって、背筋がゾクッとした。
「ふ……」
「マサ?」
「ん……なんかこれ、気持ちいい」
ひなたぼっこしてるみたいに温かいのに、背筋はゾクゾクして意識は浮いて、心臓はドキドキする。なんだろう、この感じ……知らないけれど、嫌いじゃない。
なのにパッと手を離されたら消えてしまって、そうしたら寂しく感じて隣のクナルを見ると何故か真っ赤になっていた。
「クナル?」
「あぁ、いや。気にするな。それより魔力の感じは掴めたか?」
「え? あぁ、うん」
もの凄く誤魔化された感じがする。でも首筋まで赤いクナルを見るとちょっと追求はできなくて、俺はさっきの感覚を頼りに自分の中に意識を集中させた。
すると確かに何かがある。体の中を巡っている流れが。それを指先から少しずつ外に出すように意識して、元の形に戻れって思いながら呪文を唱えた。
『リコンストラクション』
集中した指の先から巡っていたものがほんの少し抜けていく感じがする。ちょっと指先ゾクゾクして変な声が出そうになった。
「おっ、成功だな……って、少しやり過ぎか?」
「へ?」
目を開けてみると手の中には綺麗な赤い革の本がツヤツヤになってある。金の文字は今書かれたみたいだ。
ページをめくってみても長年の劣化による焼けた感じもなく、染みもない。まさに今買ってきました! みたいな新品ができた。
「凄い!」
「ははっ、おめでとうマサ。初魔法だな」
「あ! そうだね!」
そっか、これが俺の初魔法か。後からジワッと感じる実感と手の中のもの、腹の内側から湧いてくる興奮に鼻息も荒くなる。
そんな俺の頭をクナルが撫でて、笑って一緒に喜んでくれた。
「俺、魔法使えたよ!」
「おう!」
今日は最高の日になりそうだ!
◇◆◇
翌日、ロイが伝えてくれた通り城から馬車が来たけれど、黒塗りだけの馬車だった。それに俺と、俺の隣にはクナル、そして前にデレクが座る。そして二人とも少し様子が変だ。押し黙って、とても話をする雰囲気じゃない。
俺も自然と黙ってしまって、前と同じ大きな通りを馬車が進んでいく。前と同じ門の所で一旦止まった後は横に逸れることなく城の前で馬車が止まった。
「ここで?」
「あぁ」
デレクが降りて、次にクナル。俺も立ち上がって馬車を降りようとするとすかさずクナルが手を差し伸べてエスコートしてくれる。
いつもより緊張しているからか凜とした表情で、制服もきっちりと着ている。格好良さが数段上がって俺までドキドキする。
「ありがとう」
「いや。団長に付いて行ってくれ。俺は斜め後ろに控える」
「うん」




