60話 黒の森の奇跡(5)
緑色の風がサァァと部屋の中へ入っていくのが見えた。そして次にはクナルの手にある蜘蛛が緑色の葉に覆われて丸い球体へと変わり床へと落ちる。他にもボトボト天井から同じ球体が落ちてきた。
「これで蜘蛛は全て包みましたよ」
「これ、魔法ですか?」
「はい。私は木属性の魔法が得意なので、植物を操れるのです。ですが油断して触ってはいけませんよ? あの玉の中でまだ生きていますから」
「ひぃぃ!」
クスクスと笑いながらリデルは更に『ウッドマン』と声を発する。すると床から木で出来た三〇センチくらいの木人形が現れて、蜘蛛の入った玉を一つずつ抱えて何処かへ行進していく。その数二〇個以上。繁殖し過ぎだろう。
「これで中は安全です。虫はいませんよ」
「リデルさん、ありがとうございます」
「おい、俺はまだ近づけないのかよ」
「クナルもありがとう。でもお願いだから手を洗うまで近付かないで」
「……お前の顔に張り付いてたんだけどな」
「んぎゃぁ!」
今日はここまでとして、俺はいつも以上に入念に顔を洗うのだった。
◇◆◇
翌日、明るい中で訪れた書庫はかなりヤバイものだった。
床に堆積した埃はおそらく五センチ以上。壁に作り付けられている書架にも同じくらいの埃。そして天井にはげんなりするほどの蜘蛛の巣だ。
カーテンを開け、窓を開け放つと多少空気は良くなる。そして、それなりに本が沢山ある事を確認した。
ただ、どれも背表紙などの痛みが酷い。紙も所々変色して読みにくい。
「これ、修繕しないと読めないかも」
取りだした一冊を眺めながら言うと、クナルも難しい顔で頷いた。
「こういう書籍の修繕って、大変だよね。専門家じゃないとできないかな?」
この世界には活版印刷はない。本も手描きだ。そうなると凄く高価なものなんだろう。表紙や背表紙だって革に金色で文字が書かれている。
こういうものを大事にしないのはいかがなものか。ちょっとデレクに文句を言いたい俺がいる。
そんな俺の後ろから見ていたクナルがちょっと手を出す。染みになっている部分だ。
『リコンストラクション』
魔法を使う時の不思議な声。そしてクナルの指先からチカチカした光が弾けて、染みの部分が徐々に消えていく。元の文字が浮き上がり、紙もその一ページだけが白さを取り戻したみたいだ。
「復元の魔法だ。生活魔法下位だからマサでも使えるぞ」
「なにそれ! 教えて!」
「分かった。でもまぁ、その前に掃除だな」
途端に現実に戻されたが、目を背けるわけにもいかない。俺は腕をまくり、後ろのクナルに笑いかけた。
「頑張ろう!」
「あぁ」
笑った彼と腕タッチ。そうしてそれぞれ動くことになった。
ひとまず本を外に出さないことには掃除がはかどらない。
俺が本を運び出して中庭に広げた帆布の上に並べる間に、クナルは天井の蜘蛛の巣を箒で落とすことになった。万が一見たくないものが落ちてきたら俺が絶叫するからとの有り難い心遣いだ。
書架に本はびっちり入っていたけれど、その書架があまり多くないから俺でも運び出せる。そうして俺がバタバタ動いていると他の団員も首を傾げて話しかけて、手伝ってくれた。おかげで想定よりも早く終わった。
「それにしても凄いな……」
「マサ、これを掃除するの~」
サンズとフリートが中を覗いてげんなり顔だ。俺も気持ちは同じだけれど、心が折れたらそこで終わってしまう。
「頑張る」
「ん~、それなら少し手伝うね~」
入口に立ったフリートがまるで手の平のゴミを吹き飛ばすように一息吹くと、柔らかな風が部屋全体を撫でて埃を絡め取って窓の外へと運んで行く。さっきまでの淀んだ空気が嘘みたいになって、俺は呆然とした。
「得意なんだ~」
「すごい! ありがとうフリート!」
「マサにはた~くさん、お世話になってるしね~」
細い目でニコニコ笑ってクリクリ頭を撫でられて。俺は何度もお礼を言って書庫へと入っていく。
するとクナルは何だか少し不機嫌で、俺は首を傾げた。
「どうしたの?」
「……べつに」
「?」
バツが悪そうにフイッと視線を外されて、俺は首を傾げてしまった。
何にしても開始二時間で掃き掃除まで終わったことになる。バケツに雑巾、泡玉石を用意して今度は拭き掃除だ。クナルには埃っぽいカーテンを洗濯してもらっている。
みるみるうちに木本来の艶が出てきて木目も浮き上がる。それでもまだ古い紙の匂いは残っている感じがして、思い切り深呼吸。うん、問題なし。
床まで綺麗に拭き終わった所でクナルが来て、カーテンを付けると室内は見違えて綺麗になった。
「やっぱり別部屋だな」
「綺麗になったね」




