57話 黒の森の奇跡(2)
「え?」
「昔からなんですよ。僕に怒られるような隠しごとをしている時はやたらと『大丈夫』って言うんです。あと、凄く優しくなるんですよ」
「あ……」
「まったく、見くびってもらっては困ります。これでもあの方がまだまともに話せない頃から面倒を見てきたのです。そのくらい、分かりますよ」
少しプリプリしたポーズで言うロイを前に、俺とグエンは顔を見合わせ苦笑した。これはもう、殿下は敵わないなって思って。
ロイもこれはポーズだけで、本気で怒っているわけじゃないと思う。なんだかんだで甘いのだろう。
それに、ちょっと分かるんだ。俺も星那の隠しごとは何となく分かる。何を隠しているかは分からないけれど、隠しごとをしているという事実は分かるんだ。きっとそれに近い。
「まぁ、今は騙されてあげます。そのうち隠しきれなくなるでしょうし、その時にはお説教ですね」
「あはは、お手柔らかに」
これを殿下が聞いたらどんな顔をするのか。ちょっと見てみたい気がする。
「それで、俺に用事っていうのは」
「あぁ、はい。実はこうして余してしまう時間があるので、マサさんの都合が良ければ料理を教えていただければと。できれば、甘い物が」
「あぁ!」
言ってたね、確かに!
まだロイが体調を崩していた時にそんな話をした。
「別に、お前さんが料理しなくてもいいだろ?」
「確かに奥院で食事に困ることはないのですが……僕の作ったものを、食べさせてみたいなと思ったのです」
恥ずかしそうに少しうつむいて、ちょっと居心地悪そうに指を遊ばせている。心なしか褐色の肌がほんのりと色づいているのを見て、凄く綺麗で可愛いなって思ってしまった。
恋をしているって、こういうことなんだろうなって思ってしまった。
「殿下は甘い物が好きなんですか?」
「はい。沢山は召し上がりませんが、お茶の時に少し。ケーキなどではなく、素朴な焼き菓子などが好きですね。あとは果物が」
「あまり時間をかけずに焼ける焼き菓子か……うん」
それなら手を貸せると思う。
時計を見てもまだ余裕がある。俺は立ち上がって、ロイに手を差し伸べた。
「今から作りませんか?」
「え! 今からですか? そんな急に」
「大丈夫! 後日レシピもお渡ししますね」
「あの、でも教えていただく際のお代などが」
「そういうの今度でいいんで」
「えぇぇ!」
慌てるロイの手を引き、グエンも楽しげに笑って一緒に厨房へ。何を作ろうかと考えたけれど、一番材料が簡単で揃えやすいものにしよう。
「ということで、ホットケーキを作ります! 材料はこちら」
小麦粉とふくらし粉、砂糖、塩、卵、牛乳。お菓子の基本みたいな材料だ。
綺麗に手を洗ったロイとグエンにボウルをそれぞれ持たせ、量った粉物を全部入れてまずは混ぜる。
「なんか、これまでの料理と違って雑だな」
「子供でも作れるレシピだから、そんなに難しくないんだよ」
ただ、粉物は案外重たいから泡立て器で混ぜる間に腕が怠くなる。お菓子はパワーだと俺は思うわけよ。
とはいえ流石獣人。余裕だった。
混ざったらこれに卵と牛乳を入れていく。俺としては何回かに分けて交互に入れる。一気に入れてもいいんだけれど、少しずつ数回に分けてその度に馴染ませて混ぜる方がダマになりにくい気がするんだよな。
「これ、意外と重たいですね」
「粉物に液体だから、馴染むともったりするんだな」
粉と卵、牛乳が混ざり合って少し黄色っぽくなってくる。ダマにならずに綺麗に混ざった所でフライパンを二つ。一度強火で温めて、濡らしたふきんに乗せて少し冷ましてからバターを溶かし込んだ。
「なんで熱したのに冷ますんだ?」
「フライパンの温度を一定にして、焼き上がりを良くしてるんだ」
バターも良い具合に溶ければあとは焼くだけ。火加減は弱火にして、お玉でひと掬いしたタネを落としていくと勝手に丸くなっていく。そうしてそのまま暫くすると表面にプツプツと気泡が出来てきた。
「これで合っているんですか?」
「順調です。中心辺りにもこのプツプツが出来てくればひっくり返しますよ」
ロイにはフライ返しを。グエンは流石の手つきで準備万端。中心まである程度火が通ったらスッと焼けた面にフライ返しを差し込んで。
「よっ!」
ぱったん! と綺麗にひっくり返ったらいい焼き色になっている。立ちこめる甘い匂いとほんの少しの香ばしさ、そしてバターの香りも合わさってなんともいえず美味しい気分になってくる。
「グエン、その方法格好いいですね」
「だろ? 俺、これでも料理人だしよ」
グエンは上手くフライパンを操って縁からホットケーキを軽く宙返りさせて返した。煽りというのだが、腕力と経験が必要でそれなりに大変だったりする。




