54話 黒い陰謀(21)
「本当に体はもういいのかい?」
「えぇ、この通り。マサさんのおかげで呪いも解けましたし、セナさんが回復をかけてくれました。クナルは蛇精にトドメを刺して」
「蛇精に、トドメ?」
「あ……」
ほんわか言ったのに、しっかり反応した。にっこり笑ったままクナルを見る殿下の無言の圧が凄い。
「どういうことかな?」
「あー、まぁ、見てもらうのが一番分かりやすいです」
諦めたのだろうクナルが立ち上がり、隣室へ。そして壁際で凍り漬けになり、首を切られて死んでいる蛇精を見せた。
「……え? これ、蛇精ですよね? 実体化してる? 精霊って実体化するんですか?」
ユリシーズが軽くパニックになりながらオロオロする。そして殿下は真っ直ぐに俺を見た。
「なに、したの?」
「えっと」
「なに、したの?」
「いや、あの! ロイが突然苦しみだして、このままじゃ危ないと思って、見えないのが悪いなら見えたらいいのに……というか、更に触れたらなんとかなるかも? と思って手を伸ばしたらこうなりました?」
一瞬場が完全に静かになった。そして次には殿下の大きな溜息だ。
「本当に滅茶苦茶だな、君は」
「えっと……」
「精霊は本来実体を持たないことが強みなんだ。っていうか、可視できるかも見る者の才能や、精霊が許可するかでしか不可能なんだよ? それを実体化させて倒すなんて……君がしたことは本来のあり方に干渉して存在を改変したのと変わらない」
そう言われると……凄くおっかないことをした。
それって、俺が願えば他の生き物にも干渉出来て、思うままの改変が出来てしまうってことだよな?
そんなの、怖い……。
「まぁ、ここだけの秘密ってことにするけれどね」
「え?」
「ユリシーズ、個人の研究所になら持って帰っていいよ。表には出すな」
「はっ」
「ロイ、クナル。そしてセナも、このことは秘密にしてくれ」
「はっ」
「勿論!」
全員がにっこり笑ってくれる。それに俺はほっとして、クナルはニッと笑った。
「さーて、疲れたね。快気祝いは今度改めてとして、ぱっと夕飯食べて休もうか」
「あの、食事作ったんですが……」
「え! 食べる! 直ぐ運んで!」
慌ただしく準備が始まり、作っておいた食事が運ばれてくる。そこには殿下やロイの笑顔があって、ほっとしたユリシーズがいて、賑やかなセナがいて。
「おつかれ、マサ」
「うん。お疲れ、クナル」
みんなが笑っている食卓があるんだ。
◇◆◇
翌日、俺は改めて殿下の私室へと呼ばれた。
隣にはクナル、逆隣に星那。そして正面には殿下がいて、その後ろにロイが控えていた。
「改めてトモマサ、この度はとても世話になったね。おかげで私は大切な人を失わずに済んだ。礼を言いたい」
「いえ、そんな。ロイさんが無事で良かったです」
「ありがとうございます、マサさん。貴方にはどれほど感謝しても足りないくらいです」
本当に幸せそうに、朗らかに微笑む人を見ると此方も自然と笑顔になれる。これだけで嬉しいんだ。
「私個人としては君の味方だ」
「殿下、その言い方は」
クナルが隣で難しい顔をする。それに首を傾げると、正面の殿下が重く頷いた。
「ただ、私は一国の王太子であり、次期王という立場もある。場合によっては君に不利益なことを強要したり、危険なことを要請することもある」
「あ……」
鋭い視線は事実を述べている。そんな目で見られると俺は萎縮して、怖くなってしまう。
でも……多分この人の本心ではないと思うし、俺のことをこき使おうとか、不当に扱おうとか、そういうことではないんだと思える。
大事にはしたいけれど、覚悟もしておいてくれ。そういうことなんだ。
「頑張ります」
「怒らないんだね。逃げたくならないかい?」
「元の世界に戻る方法も分からないのに知らない場所に行くのも怖いですし、今は第二騎士団宿舎の家政夫でいたいです」
あの場所は賑やかで温かくて、俺のことも仲間でいさせてくれる。あの人達の力になりたいなって、俺が思うから。
そんな俺を見て、殿下はフッと力を抜いた。
「うん、分かった。私としても君を公にするつもりはないんだ。寧ろこのまま宿舎の家政夫をしていてくれると助かる」
「え?」
「では、今後の話をしようか」
思ったよりも此方の要望が通った。てっきりこのまま城に残れとか、俺の力について実験とか、そんなこともちょっとは考えたのに。
指を組んで此方を見た殿下は真剣な、けれど明るい表情で今後の予定について話してくれた。
「二週間後に、正式な聖女の任命式が王城で行われる。これは事前にセナに話していたから大丈夫だね?」
「うん、分かってるよ」
「けれどここで任命するのはセナだけ。トモマサについては聖女の実兄で巻き込まれて召喚された異世界人としては周知させるけれど、能力については伏せておく」
「あの、それでいいんですか?」
俺としては大いに助かる。目立つのも苦手だし、特別に扱われるのも慣れないから。
殿下はただ真っ直ぐに頷いた。




