51話 黒い陰謀(18)
「そうではなくて、可能なら教えていただきたいなと思っただけなのです」
そう、ほんの少し恥ずかしそうに微笑んだロイは凄く可愛くて、幸せそうに見えた。これって、恋してるっていうのだろうか。
そういえばロイは次期王妃筆頭候補……というか、クナルの言い方だとほぼ確定なんだっけ。殿下の一方的なものかも? と思っていたけれど、この顔を見ると実は両思いなんだろうか。
「我が君はお忙しいですし、少しでも心の休まる時間が持てればと。僕ではそのあたり、あまりお役に立てないので」
「何言ってんだ? あんたが少し褒めたりすれば殿下はその気になって仕事するし、甘やかせば喜ぶだろ」
「え? そんな、まさか。僕はただの側近ですよ? それはまぁ、小さな頃からお側にいますので少しは親しいと思いますが、そのようなことは」
あれ? えっと……これって。
「ルー様、苦労してるんだね」
「あ……ははぁ」
まさか、あれだけ態度に出てるのにそういう好意だとは受け取っていない?
「昔っからこうなんだよな、ロイは」
「まだ歩けない頃からお世話をさせていただいているのです。良くて兄のようなものですよ」
「殿下が聞いたら泣くと思うぞ」
呆れ顔のクナルもそれ以上は言わない。全部をほんわかした空気で流したロイはさぞ強敵なのだろうな……と、殿下が可哀想になってきてしまった。
「あの、料理を教えるのは勿論構いませんよ」
「え? いいのですか?」
「はい。とはいえ、宿舎の家政夫なのでそこでだったら……」
お仕事もあるから難しいだろうか。
と思ったが、なんとロイは二つ返事でOKだった。
「勿論伺います!」
「でも、仕事とか」
「正直、側に付いていることくらいしかないのです。政治的な意味での側近は他にもおりますので。最近では近衛騎士としてお側についているばかりで、会議では外されてしまいますし」
そういうロイはどこか寂しそうな顔をする。これ、本当はもっと側にいたいとかなんじゃないかな?
「黒い話は聞かれたくないんだろうよ」
「あはは」
ぼそっと小さく言うクナルの言葉を否定できない。殿下って、そういう部分ある気がするんだよね。味方なら心強いけれど!
「なんにしても元気にならなきゃじゃない?」
「そうですね」
ふわっと微笑んだ人の幸せを、俺も心から願った。
その時、ふとロイを包むように黒い靄が足元から上がってきた。
「え?」
「あっ!」
本当に一瞬で飲み込むみたいに立ち上った黒煙にまかれて、ロイは胸を押さえて苦痛の声を漏らした。
「きゃ!」
「ロイ!」
小さく悲鳴を上げる星那に、焦って助け起こすクナル。その中でロイは小さく体を縮めて胸を押さえて苦しんでいる。
黒い靄を吸い込んで蛇精は力をつけている。苦しめているんじゃない、これは……。
『ピュリフィケーション!』
「!」
悲鳴を上げていた星那が必死になって浄化魔法をかけている。靄は薄くなったけれど完全じゃない。その間にもロイは顔色を失って、徐々に胸元を握る力も弱まっている。
このままじゃ、殺される。
思うのに手が出ない。怖い。パニックにもなりそうで、俺に何ができるんだって思う。
そんな自分が、嫌いなのに。
―できますよ。
不意に、どこからか声が聞こえた。優しくて明るい女性の声がすごく近くでしたんだ。
「もぉ! 届かない!」
「くそ! しっかりしろ、ロイ!」
「っ!」
出来る? 本当に、俺で何か出来るのか?
考えろ。殿下達は見えないのが厄介だって言っていた。それなら見えればいいのか?
でも、見えても実体がなかったら俺達にどうしろって? 逃げられたらまた同じなのに?
それなら、見えて触れればどうなんだろう。
「ロイ!」
苦しそうに咳き込んで、口元が真っ赤になったのを見て俺は必死に手を伸ばした。胸に埋まっている蛇の体を力一杯掴んで、引っ張った。
「マサ!」
「は……なれろぉぉぉ!」
手に感触がある。少し冷たくて、ツルツルした感じ。直径が一〇センチはありそうな黒々とした蛇が徐々にはっきりして見えてくる。
「な!」
「んぎゃぁぁ!」
星那が悲鳴を上げ、クナルは目に見えているものが信じられない顔をする。真っ黒な蛇がロイの胸に食いついているんだから。
「ぐっ!」
「実体になったのか? それなら」
クナルの周囲が僅かに青白い光に包まれて、室温がドンドン下がっていく。夏の暑さを感じる季節を無視して室内のカーペットには霜が降りた。
『アイスフィールド!』
凍えるような空気が室内の壁やカーテンを凍り付かせ、天井からは氷柱が下がる。
震える冷気に俺も手がかじかんだ。だが蛇精は実体化したことでこの冷気を感じているのか動きが明らかに悪くなっている。そこに星那が手を添えた。
『ピュリフィケーション!』
金色の光が胸元を大きく覆い、蛇精は逃げるように蠢く。俺は掴んでいる胴体をもう一度掴み直して力一杯後ろへと引いた。
「んぅぅぅぅ!」
少し抜けてきた。でもまだ力が足りない。
その俺の手元にもう一組手が添えられる。振り向いたら後ろから腕を回したクナルが頷いてくれた。
「せーの!」
かけ声と共に後ろへと引く。ずるずる抜けてくる蛇精をもう少しと引きずり出していく。
「も……出てけ!」
力一杯叫びながら引っ張った時だ。ズルンと大きく動いたそれが頭を完全に出した。けれど後ろに倒れるくらい引いていた俺はその瞬間に後ろに尻餅をつき、蛇精は手からスルンと抜けて更に後ろの壁まで吹っ飛んでいく。




