46話 黒い陰謀(13)
一通り食べて、ほっと息をついたロイが俺を見て微笑む。熱があるらしく潤んだ目でそんな顔をされたらドキリとしてしまう。
「全部食べたね。具合は?」
頷いたロイがほんの僅か手を動かす。そして微笑んで、唇を動かした。
「おいし、かった……です。我が、君」
「!」
掠れて小さい声だけれど、絞り出すみたいにでた。そんな声すら久しぶりだったのだろう。殿下は驚いてサイドボードに器を置いて、ロイの体を強く抱きしめる。
ユリシーズも薄らもらい泣きして、ロイは嬉しそうで。俺もどこかほっとした。
何にしても食べ始めて、全てに殿下は驚いた。あっという間に食べ終えた人はそのあと深刻そうに項垂れて、次には俺を鋭く見た。
「レシピを売ってもらいたい」
「あの、普通に教えますよ?」
「ダメだ、買い取る。むしろ対価をもらわずに流通させないでくれ」
「はぁ……」
重要な任務でも告げる顔で言うことじゃないような……。
でも、全て落ち着いたらということで話がついた。
◇◆◇
腹も落ち着いたところで具体的な対策を話し合うことになったけれど、俺はここにいる意味があるのだろうか。戦えないし、浄化も自分の意志じゃ出来ないのに場違い感が半端ない。
正直重苦しい雰囲気の中、星那は空気を読まずに「はい!」と元気に手を上げた。
「漫画とかゲームみたいに、呪い返し! みたいなのって、出来ないの?」
「マンガ? ゲーム?」
うん、伝わらないよね! 俺は急いでこれらについて説明して、どうにか伝わった。伝わり切れたかは不明だけれど。
これを聞いてユリシーズは腕を組んで悩み、殿下も難しい顔をした。
「まったく不可能ではないし、現状それに近いことは行っているよ」
「そうなの!」
「セナがね」
「え?」
当の本人はまったく自覚がなく、自分を指差し首を傾げている。そんな様子に殿下は笑って頷いた。
「呪いに対して聖魔法は弱点なんだ。だから、セナがかけている浄化魔法が一応はその呪詛返しというものに相当するかな」
「じゃあ、なんでよくならないの?」
「返る先が祭器で、そこに術者が魔力を注ぐと再び戻ってきてしまうから。でしょうね」
「何にしても祭器を破壊しなければ現状を変えることができないということだ」
やっぱりそれなのか。
でもその祭器というのを見つけることが難しいという話だ。何かないものか。
「じゃあじゃあ! その蛇精? ってのを捕まえて案内させるとかは?」
「それについても難しいですね。何せ我々には蛇精が見えないのですから」
ユリシーズがなんとも苦い顔をする。どうやらこの『見えない』という状態が一番の問題らしい。
「魔法は見える、もしくは感知することで効果を大きく発揮するんだ。視認することで対象を絞り、そこに向けて魔法を掛ける。だから見えないという状態は一番厄介なんだ」
「対象を絞らない広範囲魔法ってのもあるがな。それは魔力の消費も激しいし、一律に効果を出すから個々には弱い。魔力量にものをいわせてとにかく全部ぶん殴るのは効率的とは言えねぇよ」
「呪いというのは被害者個人に多量の魔力を集中させているのです。それに対して広域の魔法で払うなんて、力負けしてしまいます。そうなれば効果は薄いものになります」
魔法は奥が深い。異世界人の俺と星那は三人の話を呆然と聞いているしかない。
「つまり、見えれば問題なし?」
「えぇ」
「見えるようにする方法はないの?」
「かなり難しいですね。蛇精も精霊の亜種。隠蔽魔法の精度は群を抜いています。これに干渉するには対象の精霊よりも強い力がなければ」
「うーん」
「……」
見えている俺って、いいのかな?
とは思うけれど、今はそこじゃない。実際俺には見えているし、それが必要なら力になる。今目の前にいる人達を助けられるかもしれない。
おずおずと手を上げると、皆が俺を見た。
「あの、俺……見えてますけれど」
「……んぅ!」
一瞬の沈黙。だがそれを破る殿下の声にビクッとする。ユリシーズまで驚いて俺に駆け寄り肩を掴んだ。
「見えているのですか!」
「あぁ、はい」
「実体のないものですよ!」
「あの、はい」
見えてちゃいけないものなんだもんね。こうなるよね。
呆然としている殿下はハッとして、俺の手を引いてロイの側へと近づく。その目は僅かな希望を宿していた。
「トモマサ、どのように見える?」
「えっと……蛇が二匹、絡んでいます。一匹は脇腹の傷に……多分頭を突っ込んでいて、上半身に巻き付いて首を絞めている感じです」
改めて見てもエグい光景だ。真っ黒く光る鱗の蛇が巻き付いているんだから。
でも星那の浄化魔法と、一応俺の料理? が仕事をしているみたいで今は動きが鈍い。
「だから上半身が動かなくて、声が出ないのか。今はどんな様子だい?」
「多分星那の魔法で痺れてる? 動きが鈍くて力があまり入っていない感じで緩んでいます」
「声が僅かでも出たのはそれか。もう一匹はどういう状態だい?」
「背中から出ていて、頭は左胸に埋まっています」
「……分かった」
何か手が打てるみたいだ。
殿下は頷き、ユリシーズは出ていく。その間に殿下の方から説明された。
「脇腹から出ているという蛇精を切り離し、捕獲する」
簡単に言うとそういうことのようだが、クナルは難しい顔をする。言う程簡単なことじゃないようだ。
「呪いを無理やり引き離せばロイが苦しむんじゃないのか。最悪死ぬこともあると聞くが」
「そうだね」
「!」
死ぬほど苦しむ。この説明にロイは僅かに震えた。でも、不自由な手をグッと握った。




