43話 黒い陰謀(10)
「一体どこで呪いなど。最初は確かに魔物の穢れだったのに」
「……セナ様が来られた翌日ではないでしょうか? ここに来られてすぐに浄化をかけていただいた時は確かに快方に向かっておりましたのに、翌日に悪化しましたから」
「数日か。心当たりはあるのか?」
「ありすぎて分からない、というのが現状でしょうか」
ユリシーズが肩を落として、殿下は憔悴して。
重く暗い空気が立ちこめる中声を上げたのは星那だった。
「それでもなんとかしようよ! まったく手がない訳じゃないんでしょ?」
「だが……」
「諦めていいの、ルー様! 諦めたくないから頑張ってるんでしょ! しっかりしなさいよ!」
力強い声に殿下の手に力が入った。その手に、ロイの手も触れた。辛そうに、だが微笑む様子を見た殿下は今にも泣いてしまいそうな顔をしたが、確かに頷いて星那と俺を見た。
「そうだな。私が弱気になってはいけなかった」
「そうだよ!」
カラッと笑う星那の存在はこんな時とても心強い。
前からそうだ。義父が亡くなって母が立ち直れなくなっていた時も星那が励ましていた。母が亡くなって追い込まれた時も星那が「一緒に頑張ろう」と言ってくれたから立ち上がれた。
そんな強さを持つ妹が俺の自慢だ。
「それなら、マサに飯作ってもらったらどうだ? 流石に菓子とお茶じゃ腹が減るだろ」
クナルの提案に時計を見るとお昼時を少し過ぎている。
殿下とユリシーズも苦笑して頷いた。
「そうだね。まずはやれることだ。トモマサ、構わないかい?」
「はい、勿論」
「良かった。厨房には話をつけてある。案内は」
「俺がする」
「頼む」
俺の隣にクナルがついてくれる。
こうしてひとまず、昼食を作ることとなった。
◇◆◇
廊下を出て更に奥へと行くと従業員用らしい階段があってそこを下った。
その間もクナルは黙っていて、目は真剣そのもの。深刻そうな表情を見た俺は小さく項垂れた。
「あの、さ。ロイさんって、誰かに恨まれてるの?」
聞いていいのか分からないけれど、気になってしまった。呪いをかけられるなんて普通のことじゃないから、そんなに恨まれているのかと。
見た目はそんな感じがしなかったのもあるし。
俺の問いにクナルは真剣に考えて頷いた。
「恨まれるような奴じゃない。真面目で穏やかで優しい奴だ」
「じゃあ」
「ただ、邪魔だと思う奴は多いだろうな」
「え?」
邪魔って……そんな理由で殺されそうになっているの?
平和ボケしている俺には理解できない。でも、そういう人もいるっていうのは分かる。ニュースの世界でもそうだ。悲しい事件の動機は大抵、「そんなこと?」と思ってしまうものが多い。
「ロイは現状、次期王妃筆頭だ。それを面白く思わない輩が多いんだろう」
「そうなんだ…………次期、王妃?」
思わずクナルを見てしまう。こんな状況なのに引っかかってしまった。
綺麗な人だけれど、王妃? 男だよね?
思って、数日前にリデルが話してくれたことを思い出す。そうだ、この世界は男でも子供が産めるから性別関係なく結婚できるんだった!
「あっ、その……二人って、そういう関係なの?」
「いや、ロイが鈍感すぎて殿下の空回りだが、あの人はとにかく執着が強いからな。そうと決めたなら諦めないし、そこに手を掛けられたら地獄を見るな」
「うわぁ……」
何かサラッと怖いこと言った! なに、地獄を見るって!
にっこり青筋立てながら微笑む殿下の顔が容易に想像出来てしまったのは内緒にしておこう。
「基本、殿下は公平な視点で人を見る名君の器だが、それは味方だからだ。皆あの人の本質を見失うんだよな。爪を隠しすぎててよ」
「そうなの?」
「怖いんだぜ、あの人は。敵とみなされた瞬間に全力で捻り潰される。牙を剥く者に容赦も同情もしない。まして命ほどに大事だと宣言する相手に害を及ぼしたら最後、深い絶望を味わいながら死ぬだろうよ」
「うっ」
怖すぎる、何それ。
ゾワゾワッと背中が寒くて腕を摩る俺を見て、クナルは苦笑してポンポンと頭を撫でた。
「大丈夫だって。味方にはとても良くしてくれるから」
「はは……」
本当に大丈夫だよね? 俺泣いちゃうよ。
そんなことを話している間に、俺達の前に大きな扉が見える。食堂らしいその扉の更に向こうにもう一つドアがあって、俺はそこをノックした。
「すみません」
声をかけてドアを開けると、まるで待ち構えていたかのように複数のコック服を着た人達がいた。
特に真ん中で腕を組み此方を睨む人は怖かった。
大柄で筋肉質な体をしたゴツい顔の人で、額の辺りが出っ張っている。こめかみの辺りからは角が出ていた。
「あの、本日からお世話になります相沢智雅です。お邪魔かと思いますが少しだけ、コンロ使わせてください」
「あぁ、聞いている」
ゴツい人が俺を睨み下ろしながら一歩前に出てきて、その迫力にこっちは逃げ腰だ。
でも俺とその人の間にクナルが立ってくれた。不機嫌そうだけれど。
「話はいっているはずだ」
「……チッ。こっちだ」
クナルの低い声に、ゴツい人は悪態をつきながらも案内してくれる。そうして連れて行かれたのは新しそうなキッチンの奥にある、古い場所だった。
「生憎だが練習用コンロとオーブンしか空いてねぇ。それと、使える食材もそこにある中からにしてくれ」
「ここにある物は全て使って構わないはずだが?」
「そうは言っても王族の食事に遅れをだしたり、食材を切らすわけにはいかねぇ。好き勝手されて足んなくなったらこっちの首が飛ぶんだわ」
お互い譲らぬ睨み合いで場の空気がピリピリする。そんな両名の間に立った俺はアワアワして、クナルの腕を引いた。
「あの、大丈夫です! ご親切にありがとうございます!」
「……フン」
鼻で笑ってノッシノッシと行ってしまう。その後ろ姿を睨みながらクナルもチッと悪い顔をした。
「草食獣が」
「あの、クナル態度悪いよ?」
ある意味想定通りだからね?




