41話 黒い陰謀(8)
「お兄ぃ大丈夫? 本当に心配したんだから! 騎士団で困ってない? 無理してない? 寝不足とかしてない?」
「あっ、うん。大丈夫、良くしてもらってるよ」
「本当? 人がいいから私心配なんだけど」
相変わらずのマシンガン状態だ。
でも、俺も安心した。大丈夫とは聞いていたけれど、やっぱり顔を合わせると違うな。
俺とは似てない、ぱっちりとした二重の大きな目。小さな頭に、整った顔立ち。読者モデルをしていたくらい可愛い、優しくて頭が良くて努力家の自慢の妹だ。
「本当に仲がいいんだね。ちょっと羨ましいよ」
俺達の様子を見ていた殿下がクスクス笑って近付いてくる。
俺を支えてくれるクナルが改めてちゃんと立たせてくれて、俺はお礼を言って笑う。それを見ていた星那が首を傾げた。
「お兄ぃ、その人は?」
「あぁ。俺の護衛をしてくれているクナル。きた時から凄く良くしてくれているんだ」
ジッとクナルを見る星那の目が厳しくなる。それを受けるクナルもジッと見た後で、ニッと笑った。
「……まぁ、いい男かな」
「そりゃどうも。あんたもいい女みたいだ」
「当然でしょ? お兄ぃの妹だもん」
それ、胸を張るべきことなんだろうか。
「あの、クナル。妹の星那。似てないけど、ちゃんと血は繋がってるよ」
「第二騎士団副長のクナルだ。よろしく」
「星那でいいよ。こちらこそ、よろしく」
しっかりと握手を交わした両名を見て、俺はひとまずほっとする。
こうして自己紹介が終わったところで、殿下が俺の前に出てきた。真剣で、不安そうな様子で。
「急な要請に応えてくれてありがとう、トモマサ」
「いえ。あの、ロイさんの様子は」
問うと、彼は表情を曇らせる。それだけで状態が良くないのだと察した。
「意識はあったり無かったりだ」
「熱が引かないんだよ。それに凄く苦しそう。浄化も回復も掛けてるのに何かに邪魔されてちゃんと届いてない感じなの」
「トモマサ殿の食事を食べた後は幾分良いのですが、半日程度で少しずつ悪化してしまって」
そんなに状態が悪いんだ。
こんなの、俺がどうにか出来るのかな? そんな不安が込み上げる。でも、頼ってくれているなら応えたい。それも本当だ。
「まずは、会ってもらえるかな?」
疲れ切って苦笑する殿下の案内で、執務室の内扉から隣の部屋に移った俺はその異様な室内に足が止まった。
綺麗な部屋だ。開け放たれた窓からは新鮮な空気と柔らかな陽光が入ってくる。あまり飾り気のない部屋だが、使われている家具はいいものだと分かる。
けれど室内の空気は淀んで暗く、空気が肌に纏わり付いてくるような不快感がある。明るいのも、空気が入れ替わっているのも分かるのに。
そこにあるベッドに、その人はいた。
褐色の肌にほっそりとした体。短く整えた黒髪が今は汗で張り付いている。でも、そんな様子すらも色気に思える人だ。秀でた額から真っ直ぐ伸びた鼻梁。唇は薄く小さめで、ほんのりと色づいている。
耳はクナルと似ているけれど、此方は黒いヒョウ柄だ。多分、黒豹なんだろう。
「側近のロイだ」
力なく、辛そうに殿下は紹介してくれた。ベッドの端に腰を下ろし、汗で張り付いた前髪を指で払って。見つめる視線は悲しげで、そんな人を見ているのが辛く思えた。
「傷は脇腹と背中が特に酷かったのです」
「え?」
「ワイバーン二〇体の群が突如飛来し、応戦しておりました。小型とはいえ竜型の魔物で、群となると脅威でした。第二騎士団も戦いましたが、その最中のことです」
確かに背中と右脇腹の辺りが特に黒く俺の目に見える。傷が酷くて穢れが強いんだ。
「直ぐに聖水を掛けて回復魔法を掛けたのだけれど、思うように回復がかからなかった。傷が深いのと、穢れが強いのと。神殿に駆け込み、神官長に浄化も掛けてもらったのだけれどね」
沈む様子が痛々しい。それに、そこまでしても回復しなかったんだ。
「もう、手の施しようがないと言われたよ。魔物の穢れが体の深くまで入って、命を食らっていくと。苦しみが長引くよりは早く楽にしてやる方がいいなんて言う者もいたけれどね……どうして、諦められる。大切な者の命を、まだ生きようとしてくれている人の命を……この手に掛けるなんて出来るわけがない」
食いしばった殿下の顔は苦しそうだ。その気持ちは、とても辛そうだ。
俺は、やれるのかな。ただの料理屋の店主でしかなかった俺が、本当は無力な俺がこんな深い悲しみを救えるのかな。
込み上げる不安に尻込みしそうな俺の背中を、クナルがトンと支えてくれた。見上げて、目が合って、頷いてくれた。触れている背中がじんわり、温かくなった。
「あの」
「ん?」
「お茶を淹れます。それでも何か、効果があれば」
俺のスキルは俺の気持ちが反映されるみたいだ。具体的にどうしたらいいかは分からない。でもお茶一杯でも、俺がロイを救いたいと願って淹れれば何か効果があるかもしれない。
俺の思いが伝わったのか、殿下はほっとした顔で「あぁ、頼む」と言ってくれた。




