2話 おまけのお兄さん(2)
「ったく、見栄っ張りの無能王子め」
頭が痛いと言わんばかりの様子でガシガシ癖の強い金髪を掻いた人は、その目を此方へと向けた。
「お前も災難だったな、巻き込まれたか」
「あの、今聖女だって連れていかれたのは俺の妹なんです! 乱暴なことは!」
「あー、そりゃ大丈夫だ。蝶よ花よともてはやされて、綺麗な服に綺麗な部屋に美味い飯食っていけるって」
「そう……なんですか?」
いや、確かにあいつらの扱いは丁寧だった。それならそうなんだろう。いや、でも自由はなさそうな気が。とにかくこのままで良いわけがない!
焦って動こうとして立ち上がって、少しふらっとした。貧血に近い感覚に足元が危ない俺を、虎獣人がしっかりと支えてくれた。
「っと、危ないな。お前も無理すんなって」
「すみません。でも妹を助けないと。どんなに良い生活が出来ても、それが妹の本意でないなら俺は」
「お兄ちゃんなんだな。まぁ、だが今は無理だろう。なに、手がないわけじゃない。順を追ってやっていこうや」
ニッカリと笑った虎獣人は先ほどの凄みが消えて、むしろ人懐っこい感じがある。耳と尻尾がついているというだけで、他は人間と変わらないんだ。
手を差し伸べられて思わず返すと、思ったよりも強い力で握られた。
「いでぃぃぃぃぃ!」
「おっ、悪い。力の加減間違ったか」
手の骨が折れるかと思ったわ!
でも今度はちゃんとやんわりと握って、その人は笑った。
「王国第二騎士団団長デレクだ」
「あ……相沢智雅、です」
「トモ、マサ?」
「言いづらいなら言いやすくしてください」
「おう、よろしくなマサ!」
言いながら丸っぽい虎耳がヒョコヒョコ、尻尾の先がご機嫌に揺れている。どうやら悪い感情は持たれていないようでほっとした。
「さて、場所移すか。俺の側離れんなよ。あと、心配しなくても牢屋になんて入れないからよ」
「ははっ、それは良かったです」
何だかこの人の登場で曖昧になってしまった。でもひとまず危険は脱したようだった。
落ちてきた部屋を出ると外は眩しいくらいの陽光と、整ったお城の廊下という様子の場所。重厚な音を立てて扉が閉じてデレクについていくと、少しずつ人とすれ違うようになる。
でもやっぱり皆尻尾があったり羽があったりだ。
これって、もしかしなくても獣人というやつなんじゃなかろうか……。
「えっと……デレクさん?」
「デレクでいいって」
「……デレク。もしかしてここには人間がいないのかな?」
この問いかけに、彼はにっこり笑って頷いた。
「ここは獣人の国だからな、人間はいない。人間の国も昔はあったが、滅んだしな」
「おぅふ」
人間、滅んでた。
そしてここは獣人の国で、間違いなく異世界であることが決定してしまった。
落ち込みそうな俺の肩をがっしと抱いたデレクが更に力強くドンドンと叩く。肩の骨砕けるんだが!
「まぁ、心配すんなって。さっきも言っただろ? 俺はお前の味方だってよ」
「はぁ……」
色々信じられない事も起こっているし、とても楽観できる状況じゃないように思うんだけれど、この言葉だけは信じられるから驚きだ。
少し力も抜けて、俺はほっと息を吐いた。
「信じます」
「おう、任せておけ。でぇ、だな。実は俺の方も助けて欲しい事があってよ」
「助けて欲しい事、ですか?」
思わず問い返す。自分に出来る事なら構わない。何せ助けてもらったし、これからも助けてくれようとしている様子。一方的に恩を受けるというのもむず痒いものだし、やれる事はやろうと思うのだ。
無理難題でなければだけれど。
デレクは何やら言いにくいのかなかなか切り出さない。首を傾げると、観念したように重い溜息をついた。
「実はな、俺達の宿舎の家政夫をして欲しいんだわ」
「家政夫?」
つまり、その家の家事を行ってほしいということだろうか。そのくらいは問題ない。今までも似たような事をしてきた。
義父を早くに亡くし、母は店をしていて妹は小さかった。母を助け、家事はだいたい俺の仕事だった。
「そのくらいなら構いませんよ」
「本当か!」
ガッシと両手で握ってきたデレクが俺を見る顔は、今にも拝みそうだ。
「もう、どうしようもなくてよ。確かに得意な奴なんて居ないと思ったけどよ、ここまでってのは想定外で」
「あの、そんなにですか? 俺で大丈夫かな……」
「大丈夫! 手伝いとかさせるし、一日で終わらせて欲しいとかじゃないから!」
「あぁ、はい」
人の多い出入口付近、デフォルトの声が大きいデレクのそれは響いていて周囲の人々が「なんだこいつ」みたいな目で此方を見てくる。いたたまれない俺は早くこの場から逃げたい気分だ。
「よーし! そうとなれば直ぐにでも宿舎行くぞ!」
「え? おわぁぁ!」
「レッツゴー!」
突然視界が上がって、気づけば荷物みたいに肩に担がれていた。
抗議する俺なんてなんのその、大柄でご機嫌な虎はのっしのっしと歩いていく。人に見られ、恥ずかしさから顔を隠す俺なんて気にもしないで気づけばお城の外。日差しは更に燦々と降り注いでいる。
こうして俺は異世界で、騎士団宿舎の家政夫になったのだった。




