157話 北国から、愛をこめて(7)
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その夜、北国のおもてなし料理だというじっくり煮込まれたビーフシチューにほくほくのふかし芋がとても美味しくて凄く満足だった。
この辺りで取れる牛の魔物らしいけれど、肉質は柔らかくホロホロと解れるのに旨味が強くて凄かった。
毛皮も上等らしく、スティーブンは星那にこれで作ったケープとミトンを贈りたいと言っていて、星那も満更ではなさそうだった。
何となく睦まじくて、俺はほっこりと二人を見てしまう。今のスティーブンなら悪くないなって思っちゃうんだ。お兄ちゃんとしてね。
その夜、クナルは起きてジッと窓の外を見ていた。シンと静かな雪の夜は今もふわふわの綿雪が舞っている。軒先に吊されていたランプが暗い夜でもふわりと、オレンジ色の明かりを灯して幻想的だった。
「眠れないの?」
思わず声をかけると薄青い瞳がこちらを見て、寂しげな笑みを浮かべる。起き上がった俺は隣に行って腰を下ろした。
「この景色が、好きだったんだ」
「うん」
幻想的で綺麗な景色だ。俺も好きだ。
あっちの世界じゃ、こんな雪景色テレビでしか見た事がない。深いコバルトの夜空に小さな星まで散りばめたように輝いている。
でもやっぱり空気が張り詰めたみたいに冷たい。少し寒くて腕を摩ると、クナルは側から大きな毛布を持ってきて、二人でそれにくるまった。
「あったけぇ」
「本当だね」
クナルの体温が伝わってくる。とても近い距離にいる彼に、勇気を出して寄りかかってみる。それに気づいたクナルは俺の肩に手を回して軽く引き寄せた。
「爺さんと婆さんも、喜んでるだろうな。この町を守ってくれる人がきて」
「クナルのご両親? って、どんな人だったの?」
この場合、両親と言っていいか分からずちょっと疑問符。けれどクナルは気にした様子もなく思い出すように少し黙った。
「けっこう厳しかったかもな」
「そうなの?」
「爺さんが教育係で、勉強教えたり礼儀作法叩き込んだりで厳しかった。その分婆さんは甘やかしたな。俺が初めて獲物取ってきた時とか、俺を拾った日にはパイを焼いてくれた。林檎の」
「アップルパイ?」
問いかけに、クナルは懐かしそうに笑う。嬉しそうなその表情に、俺は心の中が温かくなる。
「この辺りは芋とか麦は育つんだが、果物なんてのはあんまりでな。少し先まで仕入れに行かなきゃいけないってのに。俺を、喜ばせようとしてくれたんだろうな」
そして次には少し泣きそうな顔をする。寂しそうに眉を寄せて。
「……今度、作るね」
「マサ」
「今度は俺が、大事な日に作るよ。思い出とはちょっと違うかもしれないけど」
クナルが拾われた日、聞かなきゃな。他にもお祝いの日には作ろう。そして二人で食べるんだ。
「ありがとな」
大きな手が俺の頭を撫でる。嬉しそうに、ニッカと笑って。
その時、クナルの耳が僅かに音を拾ったように素早く動き、彼自身も立ち上がる。さっきまでの笑みは消えて厳しく窓の外を睨んで。
「来た」
「クナル」
「悪いマサ、手伝ってくれ」
それだけで何が来たのかは分かった。俺は頷いて立ち上がり、防寒具を着て部屋の外へと出た。
クナルを追って屋敷の入口まで来ると既にフィンとスティーブン、他にも多くの騎士が出る準備をしていた。
「流石に早いな」
「俺も出る」
「マサの護衛だろ?」
「俺は前線には出ないので。怪我人とか、あと結界などの維持には出ます」
「申し訳ありません、トモマサ様。貴方のお力までお借りしてしまって」
スティーブンは申し訳ない顔をするけれど、その為に俺がいるんだから。
「んじゃ早速」
「私も行くわ」
不意に後ろで声がして、俺は勢いよく振り向いた。そこには準備万端の星那がいて、腰には剣を差している。
その姿に俺は焦って止めた。
「危ないよ!」
「この為に来たんだもの。大丈夫」
「大丈夫ではありません、セナ様! 貴方に何かあれば私はどのように償えばよいか」
俺と同じくらい焦って止めるスティーブンに驚くけれど、これが本来なんだろうな。俺以上に青い顔をしている。
でも星那はカラカラと笑ってドンと胸を叩いた。
「大丈夫! これでクライド妃からはお墨付きを貰っているし、ユリシーズからも強力な攻撃魔法教えてもらったから!」
「あっ、大丈夫だわ。寧ろ頼もしい」
「あのシゴキで生きてるなら頼もしいもんな」
「フィン! クナル! それでも女の子なんですよ!」
腕組みでGoサインの騎士二名を焦りながら止める王子様。やばい、クナルが人でなしに見えてきた。
そんなスティーブンに、星那は思い切り笑った。
「心配なら私を守ってね、王子様」
「! 分かり、ました。私も出ます」
「おいおい!」
意を決したスティーブン。だがこれに焦るのはフィンだ。思い切り苦笑いである。
「アンタ、めっちゃ弱いだろうよ!」
「物理はダメですが魔法は出来ます!」
「足の速い狼系がウロウロしてんだぞ!」
「私とて狼の端くれですよ!」
……なんか、面白いな。
「ふふっ、面白い。嫌いじゃないかも」
なんて笑っている隣の星那の手を握って、俺は彼女が守られるように祈る。俺にはこれしか出来ないから。
「来ます! 雪狼です!」
「!」
その報告に皆が気を引き締める。そしてクナルとフィンは部隊を率い、星那とスティーブンはその後を追いかけ。俺は全体が見える外壁の上に登って守って貰えるように祈りつつ、怪我をした人を連れて来て貰う事になった。
見晴らしのいい外壁から見える、白い毛並みの狼の群。ただの狼にしては体が数倍大きく、夜闇に目は爛々と光っている。唸り声は合わさって上まで聞こえてきた。
「来るぞ!」
クナルの声に討伐に出た皆が構える。その先頭に立ったのはクナルとフィンだ。
指輪から剣を取りだしたクナルの一刀は確実に巨大な白い狼の首を落とし、フィンの手からは真っ赤な炎が飛び出す。二人とも身が軽く、だが攻撃は素早く重い。瞬く間に数頭を屠った彼らの後を、他の者もついていく。
「凄い……」
こんな風に戦う姿を見た事はなかった。怖くて緊張して見ているのもハラハラするのに、クナルの雄姿がかっこよくて困る。
そんな中、別の方向から何か大きな影が近付いてきていた。狼達よりも大きくて、四つ足だけれどもっと重そうに走ってくる。
「熊だ!」
思わず叫ぶ。それに真っ先に反応したのは星那だった。
立ち上がったら四メートルはありそうな白い体毛の熊は星那を弾き飛ばす勢いで走ってくる。それに向かい合った星那を、俺は見ていられなくて目を瞑りそうだった。
でも、星那はとても軽く地を蹴ってその巨大熊よりも高く跳躍し、獲物を見失った熊の脳天に鋭い剣を突き立てたのだ。
「グォォォォォォォ!」
断末魔を上げて暴れる熊からサッと剣を引き抜いた星那は背後に立って手を前に構える。鋭く見据えて。
『ライトニングボム!』
白い世界に眩しいくらいの白い光を放つ球が熊めがけて放たれる。それは見事背中に当たり、熊は爆撃を食らったようになって倒れた。
「凄い……」
思わず呟いてしまう。俺が守ると思っていた妹はこんなに強くなったんだ。
「やるねぇ」
「流石クライド妃の秘蔵っ子だな。おっかない」
フィンが口笛を吹き、クナルは呆れる。スティーブンはほっと胸を撫で下ろしたが、直ぐにその耳が忙しく動いた。




