153話 北国から、愛をこめて(3)
「実は、国民から最も支持されていたのは王子ではなく、第一王女だったんだ」
「女性?」
「あぁ。第一王子よりも年上で、この時は既に国の有力貴族に嫁ぎ子もいたらしい。聡明で穏やか。かと思えば争いで雄姿を見せる女性だったらしい。だが」
「?」
「第一、第二王子が争いだした頃に家族と僅かなお付きと共に亡命しようとして、行方が分からなくなった」
じゃあ、分からない間に誰かの手にかかって……もしくは魔物が。
クナルはこれをジッと聞いている。感情の分からない顔で。
「これも、第四王子の手によるものだったのですか、我が君?」
「噂によればね。むしろ現王を奮い立たせたのは王女の事だったらしい。慕っていた姉だったそうだよ」
「あの! その、第四王子は?」
死んだのだろうか。
俺の問いかけに殿下は難しい顔をしてしまう。腕を組んで、少し唸るみたいに。
「分からない。が、一番正しいかな。おそらく死んでいる」
「それは、どういう?」
「断罪されて逃亡し、複数人で追いかけて山中で滑落したんだ。底の見えない絶壁から落ちたらしい。それ以降、姿を見た者はいない」
「……」
なんとも呆気ない。そして、すっきりとしない終わりに俺は口を噤むのだった。
ここまで話して、殿下は本当に疲れたのかソファーの背もたれにだらしなく体を預けてしまう。これにロイは苦笑しか出なかった。
「さーて、忙しいな。明日には整えて、明後日には出られるようにしないと」
「そうだな。フスハイムまでは途中まで馬車を使っても一ヶ月かかる。今は十一月の始めだ。真冬の北国は厳しいんで」
「一ヶ月!」
思わぬ長旅に声を上げると、クナルが苦笑して頷いた。
「厳しいものがあるぜ、実際」
「マサは痩せてるから、余計にきつそうだね」
「冬は苦手です」
元の世界でも冬は苦手だった。水は冷たいし骨身に染みるし。
そんな俺の肩をやんわりと包んだクナルは笑っている。ドキリとしそうな様子で。
「その分、俺が温めてやろうか?」
「へ?」
「俺は北の出で、慣れてる。温めて寝てもいいぞ」
「あ……えぇ、と?」
「抱きしめていれば温かいだろ?」
ニッと嬉しそうな口元、僅かに下げた薄青い瞳、蕩けるように甘い表情。
あ、これ温めるとか抱きしめるだけで済まない奴だ。
「こーら、イチャコラしないの。それに残念、セナも一緒だからそーいうの出来ないからね」
「え? 星那?」
なんで星那の名前が? 疑問符だらけの俺に、殿下が懐から一枚の手紙を出して広げた。
「スティーブンから救援願が届いた。セナに行ってもらおうと思っているんだ」
「そんな!」
救援願なんて危ない事に違いない! 俺は手紙を手に取って内容を確かめて、更に血の気が引けてきた。
とても綺麗な文字で綴られていたのは、魔物の大発生を伝えるものだった。
「スタンピードか?」
「いや、それとも違う様子らしい。そこまでの数ではないけれど連日だって。今はレナウォンの人々と第一部隊でどうにかしているけれど、連日で疲労も酷く怪我人も出ている。押し切られそうだと」
「出ている魔物は狼型と熊、猪はよくあるが……フェンリルか」
厳しそうなクナルの視線。表情もやや曇っている。それだけ危険だって事だ。
「そんな危険な所に女の子の星那を行かせるのは! あの、俺じゃ」
「マサにはフスハイムの任務がある」
そう、ぴしゃりと言われてしまった。
フスハイムのお姫様が倒れたのはオレグが故郷を発つ二週間前。移動で一ヶ月。こっちから向かうにも一ヶ月。その間、耐えてくれているだろうか。
「この辺りにフェンリルの群が来るなんて、妙だ」
「北育ちのお前でもそう思うのかい?」
「奴等はもっと山の上にいるからな。数頭迷い込む事はあってもこの数は経験がない。むしろ、よく耐えているな」
「スティーブンが早々に結界を強化したからね。それに、秋のうちに食料をかなり蓄えてもいる。籠城もできるように」
「賢いな。あの人、本当に元に戻ったんだ」
感心したクナルはあまり心配もしていない様子で言う。俺は……正直まだ苦手意識がある。
スティーブンが心を操られていたのは知っている。元はまともな人だったと色んな人の言葉を聞いた。
それでも俺の中ではあの横暴な姿がまだあって、なかなか切り替わらない。
そんな俺を殿下はジッと見て、苦笑した。
「無理に納得しようとしなくてもいいよ、トモマサ」
「え?」
「トラウマだろ? 仕方が無いよ。数年、最低のクズであったのは否めないしね」
「でも」
「まぁ、クズで無能で最悪だった。操られていたって言われてどこか納得したな」
「私も兄として、どこかほっとしたよ」
溜息をつく殿下が笑う。すっきりとした顔で。
「セナにこの話を持って行く時、本当は気が咎めた。彼女もいい感情は持っていないだろうしね。でも、この状況は既に聖女の力が必要なレベルなんだ」
最悪、厄災になりかねない。今は頑張っているけれど、いつその頑張りが切れてしまうか分からない。だからこそ、今なんだろう。
でも、星那は嫌じゃないのかな? 危険だし。
心配する俺を優しく見た殿下が、やんわりと口を開く。
「改めて見極めたいと言ったよ」
「え?」
「まともになったと言われるスティーブンを、もう一度見極めるって。それで判断すると、彼女は言った」
「ほぉ、強いな」
「本当勇ましいよ。今も母上に剣と体術を習い、ユリシーズから魔法を教わっている」
「マジかよ……」
殿下の言葉にクナルは引きつった笑みを浮かべる。
殿下の母君と言えばクライド妃だ。とてもかっこよくて、サバサバした男の人で元は護衛騎士だったとか。
「正直、純粋な力ではトモマサよりも強いね」
「あはは……」
それはそうだよ。俺、物理攻撃なんて何も持っていないんだから。
苦笑いの俺の肩をクナルが叩く。慰められている気がするけれど、余計なお世話だっての! お兄ちゃんとして、ちょっと情けないよな……。
「クライド妃が育ててるなら、国の騎士団レベルだ。北の地でも問題ないだろうな」
「そういうこと。とっ、言う事で同行させたい。第一騎士団からも追加で人を出すから、現地に着くまではクナルが指揮を頼むよ」
「あぁ、分かった」
こうして俺達は予想外の同行者も伴って北の地へと向かう事になったのだった。
◇◆◇
殿下は宣言通り翌日には全ての準備を整え、依頼が来てから二日後の午前中に出発する事になった。
約束の時間に城に行くと大きな馬車の前に星那とクライド妃が居て、俺に手を振って迎えてくれた。
「お兄ぃ!」
「星那!」
軽やかに駆けてくる星那はとても元気で明るくて、何だかそういうのも久しぶりで癒される。兄として心配ではあるけれど、側にいる人がいい人だから任せてしまっているんだ。
笑顔で近付いてくる彼女を受けとめようと思っていた俺は、次に思い切り肩を掴まれた。あっ、あれ? なんか力、強くない!
「危ない事ばかりしてるんだって?」
「え?」
「凄く危険な事ばかりしてるって聞いた!」
「あっ、えっと……」
心配を通り越して怒ってる!
目が笑っていない星那が怖くてオロオロする俺を見て、ゆっくり近付いてきたクライド妃が可笑しそうに笑っている。そしてジッと、俺を見て口の端を上げた。
「逞しい顔になったな、トモマサ。幾つか修羅場も超えたか」
「いや、そんな」
やめて! 星那の手に力入ってる! 指食い込む!
焦る俺。それを見ていたクナルがやんわりと星那の手に手を重ねて苦笑した。
「その力で掴んでたら、マサが肩を痛めるから止めてやってくれ。確かに危険な所に行っているが、こいつなりに強くなっているんだ。それに、あんたの兄ちゃんは沢山の人を救っている。怒るんじゃなく、誇ってやってくれ」
穏やかに優しく諭すように言ったクナルの言葉に俺がドキドキする。そんな風に思っていてくれたんだ。俺も、クナルに認めて貰えていたんだ。
感じてはいた。でも、改めて口にされるとまた違う。耳がジワッと熱くなってくる。
「ほぉん、可愛いねぇトモマサ。それに、随分いい物付けてるじゃん?」
「え? あぁ! お兄ぃがアクセサリー付けてる! しかも綺麗!」
「あっ、えっとこれは!」
星那の手がパッと離れて俺の耳飾りを見ている。これにも驚いてちょっとオロオロする俺の肩をやんわりと、クナルが後ろから包むように抱きしめた。




