152話 北国から、愛をこめて(2)
大きな手が優しく俺に触れて、指先が頬を撫でる。くすぐったいのと一緒に感じる痺れる感覚はきっと、俺もクナルが好きだから。好きな人に触れられるとこんな風に、嬉しくて痺れてしまうんだって最近知った。
幸せは時に苦しくて、時に甘く動けなくなるものだって、クナルが教えてくれたんだ。
だから、離れたくない。一緒にいたい。そう、最近の俺は我が儘を言うようになった。
このタイミングでノックされ、話が纏まったからと呼ばれた。
国賓を招く用の少し豪華な応接室には殿下とロイ、そしてもう一人真っ白い虎獣人の人がいて、クナルを見て明らかに驚いた顔をした。
「雪豹族がベセクレイドに!」
動揺したまま声に出ていた人は次にはパッと口を噤んだ。
そんなに珍しい事だろうか。確かに王都で雪豹族に会うことはほぼなく、居たとしても行商の人だったりした。
何があるんだろう。クナルと、フスハイムとの間に何が?
そんな疑念を抱いたまま、俺は使者と向き合った。
「お待たせいたしました、オレグ殿。こちらが我が国の聖人トモマサ、そして護衛騎士のクナルです」
「初めまして、智雅です」
「オレグです」
紹介を受けて正面に立ち、握手を交わして座る。その直ぐ後ろにクナルがついたのだが、オレグの視線はクナルへと向かっている。
「……すまないが、クナル殿はフスハイムの出身だろうか?」
「分かりません。幼い頃の記憶がありませんので。気づいたらこの国にいました」
「そうか……」
落ち着かない様子のオレグへと視線を向けたクナルはあまり興味もなさそうで、淡々と答えている。
それにしてもどうしてこんなに気にしているのだろう? 何か理由があるのかな?
「オレグ殿、トモマサにも説明をお願いします」
「あぁ、はい。事は一ヶ月と二週間ほど前でした。突如姫様が倒れ、その後起き上がる事が出来ず床に伏してしまったのです」
「突然、ですか?」
「えぇ。侍女によりますと、いつもと変わらず庭へと出られた所で突然悲鳴を上げ、倒れてそのままと」
そんな事ってあるのかな? 庭に出たって事は自分の足で歩いていたって事だよね? それが悲鳴を上げて倒れてそのままなんて。
「病状や、原因は?」
「分かりません。病状は熱と倦怠感、食欲の減退、手足の麻痺、失語です」
「それじゃあ、今ってほぼ動けないんですか?」
驚いて問えば頷かれる。本当に一刻を争う状況だ。
「……女神神殿の大神官が、日夜治療を行っているとありましたが。成果は?」
殿下が少し声を低くして問う。これにオレグは恐れたような顔をして、やがて首を横に振った。
「なんの病気かも分かりませんし、原因も不明のまま。日々熱を下げる治療を行っておりますが、成果はあまりありません」
「その神官に、不審な点は?」
「? ありませんよ」
問いかけの意味が分からないという様子のオレグだが、他は皆分かっている。殿下はその大神官を疑っていると。
「姫様は陛下の一人娘。既に王妃様もお亡くなりになっている今、姫様に何かあれば後継者がいなくなってしまいます。どうか、お力添えをお願いします」
深々と頭を下げるオレグは本当に困っているのだと思う。何より今も苦しんでいると思うとなんとかしたいとも思うのだ。
殿下を見て、クナルを見て、二人が頷いてくれたから俺も決断した。
「分かりました、ご一緒します」
「! 本当に! っ! あぁ、本当にありがとう。ありがとう」
大きな手で優しく包み込むようにして俺に触れたオレグは、薄らと涙ぐんでいた。
オレグとの会談を終えて、俺達は招かれるまま殿下の執務室へと戻ってきた。ロイがお茶を淹れてくれてそれを飲み込み、ほっとする。
「正直、状況はかなり悪いね」
「でも姫だろ?」
「あの国は少し状況が悪いんだよ。その姫が死んだらフスハイム王家の血は絶えるかもしれない。そうなれば内乱が起こるよ」
「あの、そんなにですか? 他に継げる人とかいないんですか?」
王族って子沢山なイメージがある。奥さんも沢山いたり。
でも殿下は首を横に振った。
「二十年以上前に内乱が起こって、兄弟同士が争ったんだ。それで今の王を残して全員が死んだ。加えて現王には側室もいるが、何故か子が産まれないまま第一子誕生後十年以上が経過している。一部の話によれば、もう子は諦めているとも言われている」
「え……」
想像していない話に驚き、困ってクナルを見る。けれどクナルは静かな様子でジッと殿下を見ているばかりだ。
「そもそも内乱の原因は先王にあるんだ。急な逝去で跡取りを決めていなかった」
「よくある話だな」
「本当に若かったんだ。まだ四十半ばくらいだな」
「そんなに若かったんですか!」
四十なんてあっという間に思える。何せ俺も今三十二だし。そりゃ、突然自分が死ぬなんて想像もしていないと思う。
「何故そんな若さで死んだんだ?」
「突然の魔物の強襲を受け、民や城の者、家族を守り切ったそうだ。その時の傷が原因でね」
「……やるせねぇな」
僅かに眉を寄せてクナルは呟く。俺も、なんだか悔しい思いだ。王として、きっと務めを果たしたんだろうと思う。これには殿下も静かに頷いた。
「先王には五人の子がいた。うち、第一王子と第二王子は仲が悪く方針も真逆と言っていいのに、野心家な部分だけは同じだった」
「つぶし合ったのか?」
「まぁ、そうだね」
王位を巡る兄弟間の内乱なんて、物語の中みたいだ。でもここではそんなに珍しくはないという。殿下とスティーブンだって、最悪そういう事になりかねなかったんだし。
俺の知っている動物社会でもリーダーは一人。下はついていくか、離れるか、不満を溜めながらいつか追い落とす機会を狙うかだ。
「現王は三男だった。穏やかで争い事を好まず、中立に立って両者の橋渡しをしようとしていたが、決裂。手を打てぬ間に両派閥の者を巻き込んだ争いが起こり、第二王子は死亡。第一王子はその時の怪我が原因で一ヶ月後に死亡している」
「ってことは、現王は棚ぼただったのか」
「でも、これだと兄弟二人残っていませんか?」
腕を組んで考え込むクナルと、数が合わない事を聞く俺と。
殿下は頷いて続きを教えてくれた。
「この兄弟を焚きつけたのが、現王の双子の弟で第四王子だった人物らしい」
「え……」
焚きつけたって……争いが起こるように立ち回った人がいた?
信じられずジッと殿下を見てしまう俺に、彼はフッと息を吐いて頷いた。
「元々不仲だったのに、立ち回って風潮して小さくぶつけ続けたと聞いている。そうした事が重なって、激化したんだ」
「なんだってそんな」
「上二人がつぶし合って弱れば自分が王位に立てると考えたのさ。双子の兄は穏やかで武を好まないから簡単だと」
「最悪だな」
嫌悪感すら滲ませるクナルの呟きに俺は頷く。俺は助け合っていきたいと思うから、誰かを押しのけてまで上に立ちたいっていう気持ちが分からない。
でも殿下は苦笑してしまった。
「第四王子では王位継承は難しいから、これ幸いだったんだろう。実際途中までは上手くいった。悪事がバレて現王が立ち上がり、捕縛しようとするまでは」
「立ち上がったんですか!」
穏やかな人を怒らせた。流石に見過ごせなかった?
これに殿下は頷きながら、僅かにクナルを見た。




