148話 東国からの要請(12)
「クナル?」
「っ! 情けないから、顔見せらんねぇ」
「え?」
情けない? 何が?
驚いて見ていると、唯一見えている口元が本当に悔しげに歪むのが分かった。
「あんたには、情けない姿なんて見せたくなかった。俺は何も出来てないだろ。こんなの、格好悪い」
そう、凄く苦しそうに言うんだ。
でも俺はそんな風には思わない。今回だってかっこよかった。
いや、違う。かっこよくても、可愛くても、例え本人が情けないという姿でも、俺はクナルが好きだ。この気持ちはどんな彼だって構わない。むしろ、少し嬉しい。
「クナルは格好いいよ」
「今回は」
「格好いいよ。お陰で猿之介さんは無事だよ。それに俺は、どんなクナルも好きだよ」
「!」
「格好いいクナルも、可愛くても、ちょっと弱ってても好きだよ。だから顔見せてよ。顔見ないと俺、安心できない」
伝えたら、そっと手がどいてこちらを見上げるクナルと目が合う。少し泣きそうな、弱い目をしている。それは少しだけ可愛いと思えて、俺はいつの間にか微笑んで頭を撫でていた。
「おーい、イチャつくのは時と場所選べー。なーんも解決してないからなー」
「!」
周囲の状況も考えず思わず甘い雰囲気になってしまっていて、俺は慌ててパッと手を離す。クナルは少しムッとして起き上がると、思い切りシムルドを睨んだ。
「おー怖。だが今回は俺の言う事が正論だ。んでもって、さっきぶった切ってやった奴はとっくに再生したな」
シムルドの言葉に二人は苦い顔をし、俺は俯いてしまう。これが何よりの厄介さなんだ。
「正直、今回の相手はアホ程強くはない。八方からの攻撃に毒を吐く攻撃、高い炎耐性があるのは厄介だが、ベヒーモスやエルダートレントほどの硬さもなければ、リヴァイアサンのような高出力な魔法もない」
これには俺も頷いた。
さっきシムルドが戦っている時にこっそり鑑定しておいた。それによるとステータスは全て上限の半分くらい。状態異常の部分に『半覚醒』とあった。
「だが厄介なのはあの再生能力だ」
「それなら再生出来なくなるまで刻めばいいんじゃないのか?」
クナルがふて腐れたまま言う。けれど俺は気づいていた。それは出来ないんだって。
「智雅、見えてたか?」
「うん。多分だけど、八岐大蛇が負った傷のダメージが社にいた女の子……多分、天狐様に向かってる。そしてその子の魔力を吸い取ってあいつは無限に再生してる」
「!」
「まっ、そういうこった」
大変面白くない。そんな様子でシムルドが行儀悪く頬杖をつく。これにはクナルや猿之介も困った顔をした。
「再生回数に上限はあるだろうが、それをやっちまうと先にくたばるのは瑞華……あそこにいた天狐の嬢ちゃんだ。そんでもって、あの子に何かあると違う奴が激怒する」
「違う奴?」
「俺等と同じ神獣の一角、エンシェントドラゴンだ」
「!」
これを聞いたクナルと猿之介が一瞬で目を見開きやや引いている。それだけ戦いたくない相手なのかもしれない。まぁ、戦う気なんてないんだけれど。
「瑞華は俺達の中でも一番末で、しかも女の子。アイツがとにかく目をかけてた。そんなのをみすみす死なせたってなれば、マジで手がつけらんねぇ」
「絶対に無事の救出だな」
「古代竜に攻め込まれたらこんな小さな島国一瞬で滅ぶ!」
そういうことで、できるだけ八岐大蛇を傷つけずに、瑞華に掛けられた厄介な仕掛けを解くという難解なミッションになったのだった。
けれど、具体的にはどうしたらいいのか。現状が把握できただけで突破口はまだ見つからない。
だがこれもシムルドが提案してくれた。
「おそらくだが、嬢ちゃんと蛇野郎とを繋いでいる触媒がある。そいつを取り除いて繋がりを絶てば再生できなくなるだろうよ」
「一瞬だが、社の周囲に黒い障壁のようなものが見えました。まるで牢獄のような」
「天狐様を外に出さない為の結界魔法だろうな。まずはこれを解かないとか」
これはなかなか厄介だ。あの陸地に逃げ隠れ出来る場所なんてほとんどない。なのに結界の解呪と、天狐様と八岐大蛇を繋いでいる触媒の除去。静止しなきゃ出来なさそうな事が多い。その間に狙い撃ちされたら終わりだ。
「正直、術の解呪は浄化が使える智雅に頼るっきゃない」
「俺!」
シムルドに言われて驚いた声を上げたけれど、冷静になればそうなるか。あそこに自分が立つ……考えただけで震えて足が止まりそうだ。そもそも自力でフィールドに立てないかもしれない。
でも、俺に課せられた役目なら。
「分かった」
グッと腹の底に力を溜めて頷いた。
その背中からクナルの腕が伸びて抱き寄せられる。髪が首筋に当たってちょっとくすぐったかったけれど、それ以上にクナルは元気がなかった。
「クナル?」
「俺が守ると、言えればいいのに。今回はそんな大口すら叩けねぇ」
「え?」
耳はぺしょんと折れて、尻尾はだらっと下がってしまっている。その様子に心配する俺だけれど、シムルドの方から声がかかった。
「情けないねぇ、坊主。不利なフィールドで自信喪失か?」
「うっせぇ。力が出やしないんだよ」
睨み付ける目すら力がない。そんなクナルに向かい、シムルドは困ったように頭を掻いた。
「まぁ、確かに今のお前は蒼旬の加護も得て水、氷属性が極めまで上がってる。火属性強々のこのフィールドじゃ、実力は半分以下に落ちる」
「そういうものなの?」
問うと猿之介もうんうんと頷いている。
「属性効果はけっこう厳しいですな。水や氷と炎は対局。同格の属性魔力を持っていれば、フィールドボーナス受けられた方が圧倒的に有利になる」
「加えて、火属性の高い場所じゃ氷属性下位の方がフィールドからのデバフは少ない。逆言えば極めまで高い適性を持ってるとデバフかかりまくりだ。魔法攻撃は通らないし消費魔力も通常の倍。防御だって半分の効果。後、常に怠い」
思った以上に深刻な状態に俺の方がアワアワする。それじゃ辛くて当たり前だ。それでなくても熱さに弱いのに。
「あの、クナル無理しないで」
「いんや、無理して貰わないと困る。智雅の安全を確保するにはフィールド効果を受けてない俺と猿が囮や誘導、攪乱に回る事になるだろう。クナルにはしっかりと護衛についてもらわんとならん」
「でも!」
こんな状態では無理が過ぎる。
それでも、クナルは頷いて俺を見た。今も顔色、あまり良くないのに。
「壁くらいにはなる」
「クナル危ないよ」
「あんたに何かある方が嫌だ」
そう言われて、苦しくて切なくなる。何か方法があればいいのに。
「そこで、だ。智雅、そいつに加護を与えてくれ」
「加護?」
それって、どうすればいいわけ?
「お前は女神から多大な加護を受けている。そのお陰もあって平気だろ?」
「うん」
「それを短時間分けてやるんだ」
「具体的にはどうすれば」
「そいつを祝福する気持ちで濃いめのキスをすればいい」
「キ!」
スぅぅぅぅぅぅ!
アワアワする俺の隣でクナルは何故か耳がピンと立ち、次にはソワソワし始める。尻尾までピンと立ったままだ。いや、分かりやすいな!
「額とかは……」
「それでもいいが、その程度の接触じゃ数分だぜ? 今回は強めの効果が数十分は続かないと話にならんからな。唾液や血液を相手に入れるのが効果的だ」
「具体的にしなくていいから!」
いや、うん。嫌じゃないよ。絶対に嫌じゃない! ただ恥ずかしいじゃん、この人達の前で。
「マサ」
「うっ」
拒否られたと思ったのか、クナルの耳や尻尾がさっき以上にぺしょんとする。くそ、大きいのに可愛いってなんか狡い!
「……あの、ちょっとだけ席外してもらえませんか?」
シムルドに問うと彼はニヤっと笑う。が、猿之介は心得たのか立ち上がり、先に通路の方へと行ってくれた。
「おんや、素直だねぇ」
「下手に首を突っ込んで馬に蹴られちゃたまんないので」
腰に手を当てて嘆息したシムルドも先に行ってくれた。
俺は改めてクナルと向き合うけれど、視線がなんだか気になってしまう。こういうの、見られてると余計にしづらい。
「あの、クナル。目、閉じて貰ってもいいかな?」
「あぁ」
素直に目を閉じて待っている彼の唇を見て、凄くドキドキと自分の心臓が音を立てていく。濃いめのキス、しかも自分から。どう、したらいいんだろう。唾液ってことは舌を入れ……っっ!
ダメだ、想像したら余計にできなくなる。勢いに任せてしまったほうがきっといい。
唇に祝福を乗せて。クナルの事を守ってくれるように願ってすればいい。これはやましい事のない、必要な事なんだ。恋人同士のキスじゃないんだ!
よし!
クナルの前に座って、首に腕を回す。目、閉じてると余計に綺麗だな。睫長くて凄い。って、こんなジッと観察するみたいに見るなんて変態っぽい! 視線が五月蠅いよ俺!
自分も目を瞑って、祈りだ、祝福だ、加護だ! と念じまくって初めて自分からクナルの唇に触れた。柔らかくて、でも弾力もある。
あ、俺今自分からクナルにキスしたんだ。
そんな、妙な実感が込み上げてくる中、突然スルッとクナルの舌が俺の口腔へと押し入ってきた。
「んっ! ぅ……んぅぅ」
驚いて、でも次には蕩けるような気持ちよさが背に走る。クナルの舌は巧みに絡まって、俺の知らない気持ちの良いところを探ってくる。俺はそれに翻弄されて、一瞬で頭の中が真っ白になった。
「あっ、クナルっ」
息継ぎの合間に名前を呼んだ。でも……そうだ、俺……祝福を、加護を。
浮き上がりそうな頭の中をどうにか動かして願うと、不思議とクナルの中に俺の魔力が入っていく感じがある。それが混じって溶けていくのは、ちょっとエッチな気がした。
結局最後はクナルにしっかりやり返され、離れた時には呆然。頭の中ふわふわしてるし、腰も抜けていた。ぽやっとする俺を見て、クナルはなんだかご満悦だ。
「よし、補充も出来た」
「うん」
「絶対に俺が守る」
手を差し伸べられて触れる熱さと大きさ。引き上げてくれる力強さ。そこにはいつも通りのクナルがいて、俺は少し恥ずかしかったけれど、それ以上に良かったと思えるのだった。




