147話 東国からの要請(11)
今、俺に出来る事は何か。攻撃なんて想像もつかない俺に出来るのは、守る事だけ。
思わぬ反撃を食らった残り七つの首が怒って迫っている。俺はそこへ向かって両手を前に出して魔力を練った。攻撃も、衝撃も通さない……そうだ、紫釉の所で張ったクラゲみたいに柔軟な結界。あれなら。
「お願い、守れぇ!」
鋭い矢のように飛んで行く魔力が、今まさに紫色の液体を吐き出そうとしている八岐大蛇の前に展開する。金色の壁が巨大な蛇と逃げる二人の間に立ち塞がり、吐き出された液体は結界にぶつかってそのままの勢いで奴の顔面へと降り注いだ。
『シャァァァァ!』
空気を細かく激しく振動させるような音がして、この空洞のような空間全部を大きく震わせた。これにクナルも猿之介も耳を押さえて蹲る。俺にすら激しい耳鳴りに思えるんだ、耳の良い二人では行動不能になるほどのものだ。
「きゃぁぁぁぁ!」
「!」
そんな激しい魔物の悲鳴とは違う、もう一つの声がして俺はハッとそちらを見た。
このだだっ広い空間にただ一つある社。そこへと目を向けた俺はそこに、一人の少女を見た。
白いふわふわとしたセミロングの毛先、ピンと立つ白い狐耳の先、そして九つある尾の毛先が綺麗な朱色をした十五歳くらいの少女は社に縛られているのか身動きも取れず、痛みに悲鳴を上げている。
そしてその直後、さっきまでのたうっていた八岐大蛇の傷は見る間に塞がり、何事もなかったかのように頭を上げた。
「クナル!」
未だに動けないのか、さっきので耳をやられてしまったのか二人は蹲ったままだ。
俺が……俺が行っても駄目かもしれないけれど!
意を決した、その時。俺の肩を大きな手が押しとどめ、一つの影が灼熱のフィールドへと身を翻した。
「おう、随分苦しそうだな坊主。ちったぁ強くなってるはずなんだがな」
「シムルド!」
陸地に降り立ったシムルドは目の前の敵を睨むと、ニッと不敵に笑ってみせる。そして自らその巨大な蛇へと走り寄った。
「危ない!」
襲いかかる蛇の頭。シムルドはその最初の頭をいとも容易くかわし、上から拳で殴りつけて沈めてしまう。だが今度は跳躍した彼を狙った首が牙をむき、反対側からは紫の液体を放つ。が、彼の方が余裕だった。
「ほっ」
軽いかけ声のあと、彼は空中にいるにも関わらず更に加速を付けて上昇する。これには襲ってきた二つの首も対応できず、互いをつぶし合うようにして沈んだ。
「はっはぁ! こりゃいいぜ、体が軽い。智雅に感謝だな」
楽しげな声、ピンと張った耳。八つのうち三つがやられた事に激怒した八岐大蛇は残る全ての首をシムルドへと差し向けてくる。が、天狼と呼ばれる神格をもつ獣はそう簡単ではなかった。
「動きが単調だねぇ」
空中にも関わらず、シムルドは危なげなく全部の攻撃をかわしてしまう。その上で、体の周りに魔力を纏わせ一気にそれを放出した。
荒れ狂うような風の刃が八岐大蛇を襲い、逸れた分は岩肌へとぶつかる。大きな音を立てて揺れる洞窟が崩れたら!
「ば! バリア! バリア出ろ!」
こんな所で崩れたら生き埋めになる! 必死に壁際に沿って頑丈な壁ができるように願って地面に手をついた俺の体からごっそりと魔力が抜けた。でもこれは魔法がちゃんとかかった証拠でもあって、見れば抉れた壁も崩れる事なく固定された。
「おっ、流石だぜ。仕事できるな」
そう言って戻ってきたシムルドの両腕にはクナルと猿之介がいる。余裕の彼を見て、地に伏せた巨大な蛇を見て、俺は恐る恐る聞いた。
「倒したの?」
「……いや、ダメだろうな」
「え?」
地に足を付けたシムルドが背後を見る。それにつられて見た俺は、そこで傷が治っていく様を見てしまった。
「そんな……」
「一時撤退だ、智雅。広い所まで逃げてまずは回復するぞ」
倒せていない。けれど時間は稼げた。
促されるまま頷いた俺は、さっきまでいた手前の広い場所へと急いで向かった。
広くて明るい場所に戻れた俺達はフッと息を吐く。シムルドはクナルと猿之介を地面に寝かせてくれた。
「酷い……」
毒が当たったらしい猿之介の足は一部が焼け爛れ溶けたようになっている。そしてクナルもだが、耳から僅かに血が流れていた。
「回復しなきゃ」
傷が酷いのは猿之介だ。しかも浸食はまだ進んでいる。
「こっちは傷抉ってやんないとダメだな。智雅、まだ行けるか?」
「大丈夫です。痛くないように魔力流します」
シムルドは頷き、どこからか取りだしたナイフを握る。俺は膝から下に麻酔を流して痛みを遮断した。その目の前で、少し前に見たのと同じ事が繰り返される。
「……強くなったな」
「……戦えなくても、出来る事を全力でやらないと失うって、分かるので」
大事な人達がいる。守りたい人達もいる。俺なんかがその全部を守れるなんて思わないし、多分無理だ。でも、こんな俺でもやれる事はある。何よりも大事な人が側にいるんだ。負けられない。
「逃げは、ダメだって学んだんで」
黒の森から逃げた時、あのまま恐怖に負けて逃げていたら俺は、本当に大事な人を失っただろう。大事なら、がむしゃらに掴まないといけない事もあるんだ。
傍らで、辛そうにしているクナルを見る。
もう少し待っていて。必ず直すから。
猿之介の足の治療は無事に終わって、次は耳をと思って手を伸ばした所で何故かシムルドに止められて、俺は首を傾げた。
「そっちはポーションでどうにでもなる」
「でも」
「お前な、こいつ貰った時に坊主から何か言われなかったか?」
シムルドが俺の耳飾りを指差して言う。俺は少し考えたが、答えが出る前に投げ込まれた。
「耳は獣人系にとって敏感な場所で、家族や恋人にしか触らせない部分だ」
「あっ!」
そういえばそう言っていた。猿之介も天狐族だから、やっぱり気にするのか。
「逆言えば、恋人いる奴が他人の耳触るって浮気疑われるんだわ。まぁ、治療とかは別って考えもあるけど、やっぱいい気はしない。坊主が落ち込むぞ」
「!」
そっち!
いや、でも嫌……だよな。俺も浮気なんて疑われたくないし。
ここは大人しくシムルドの言う事を聞こう。
クナルの所に行くと、多分意識は戻ったんだと思う。手で顔を覆っている。
「クナル、痛いよね。ごめん、今治すから」
て言っても、多分聞こえていない。痛いのかずっと耳が下を向いているし、尻尾は股の下に入り込んでいる。顔色も悪い。
側に行って座って、クナルの頭を膝に乗せた。それに驚いたみたいだけれど顔は見せてくれない。そのまま、俺はクナルの耳の付け根に触れた。
鑑定眼で見ても酷い状態だった。鼓膜が破けたとか、そういうのを超えて破裂状態で、膜は三分の一くらいない状態。しかもその先にも何か傷がありそうだ。
そこに丁寧に魔力を流して、傷ついた部分が癒えるように願う。音がちゃんと聞こえるように。
こちらはそれ程魔力を消費せず、穴も綺麗に再生できて一安心。なのに、クナルは顔を手で覆ったまま見せてはくれなかった。
「クナル、聞こえる? 痛くない?」
問いかけに僅かに反応するから、聞こえているとは思う。でも、顔が見えないのはなんだか不安だ。




