142話 東国からの要請(6)
「わぁ……」
本当に里山の原風景だ。行ったことはないけれど、なんていうんだろうこれ……白川郷みたいな?
印象としては畑が多い。その側に素朴な家が建っている。
畦道が真っ直ぐに続いた先は少し町っぽく、二階建てのものも増えるが規模としてはそれほど大きくはないし、木造に瓦屋根。派手な印象はない。
そうして続く道の先に、一際大きなお屋敷が見えた。
白い漆喰の塀に、大きな木造の門。脇にはちゃんと通用口のようなものもある。
砂利の前庭に飛び石。池も作られ、そこには椿と錦鯉。
正面には大きな白壁の建物がある。厳かというのが似合う、静かな風格を持つ建物だ。
白虎はその前にきて膝を折った。下りるよう猿之介に促されて立つと風が気持ちいい。どこかスッと背が伸びる感じだ。
クナルは辺りを珍しそうに見回している。ベセクレイドとはまったく違うからな、そうなるよな。
「まずはこちらに。直ぐに……」
「猿之介」
案内しようとする猿之介に声がかかり、全員がそちらを見た。
玄関の直ぐ脇にいつの間にか女性が立っている。凜と背筋の伸びた感じと、厳しそうな切れ長の瞳。髪は青みがかった緑色で、眼鏡をかけている。
その頭には黒い狐の耳と、四本の黒い狐の尻尾がついていた。
「雉丸」
「ご苦労だった。姫様もお前の帰りを心待ちにしていた」
厳しく、どこかビジネスライクな物言いではあるが温かみがないわけではない。それを猿之介も分かっているのか、ちょっと嬉しそうな顔をした。
そして次に彼女の目が向いたのは俺達だった。
「獣人国の聖人様と、従者殿だな?」
「はい。相沢智雅と申します。こちらはクナル。俺の護衛です」
「千姫様の従者をしている雉丸という。遠路遙々、我等が為にご足労を頂き感謝いたします」
きっちりと腰を折って礼をする彼女に、俺は手を差し伸べる。少し驚きながらも彼女の口元に僅かな笑みが浮かび、「よろしく」と握手をしてくれた。
中はもの凄く馴染みのある感じだ。入って直ぐの玄関で靴を脱ぎ、真っ直ぐに続く廊下を進む。部屋を仕切るのは障子や襖だ。
「この本殿は仕事の場で、色々な人の出入りもある。智雅殿とクナル殿は大事な客人。何かあっては事なので、奥院の離れに部屋を取ってある」
「ご配慮を頂き感謝します」
俺の少し後ろを進んでいるクナルがそう丁寧に返すと、雉丸は小さく笑った。
「礼節を重んじる者は好ましい。貴殿は高貴な者なのか?」
「一応末席にはいるが、しがない養い子だ。だが、騎士という職業上そうした方と接する事も多いので覚えたというだけのものだ」
「なるほど、私と近い。だがどうして、なかなかに好ましいな」
そんな話をしている間に中庭に掛かる連絡橋を進み、奥院へ。こちらはこの家の主や、主に許された側近、身の回りの世話をする人が住んでいる場所らしい。
そこへと通された俺達は更に奥へと進んでいく。そして、とても綺麗な襖絵の部屋の前に立った。
「千姫様、お客人を連れて参りました」
「入って頂いて」
軽やかで、どこか幼い少女の声がする。
膝をついて脇に避けた雉丸がスッと襖を引くと、そこは板間になっていた。そして一段高くなった所には御簾がかかっているが、そこが綺麗に開いていた。
その御簾の中にいたのは一人の少女だった。
腰までありそうな白い髪に白い肌。幼げな顔立ちに、切れ長の紫の瞳。美しい日本人形のような少女の頭には真っ白い狐耳と九本の尻尾が、まるで扇のようにあった。
どう見てもまだ十四~五という様子の彼女は俺を見て、コロコロと鈴を転がすような声で笑った。
「お初にお目にかかりますわ、獣人国の聖人様。私はこの国を預かる国主の娘、千と申します。訳あって今は父に代わりこの地を治めさせて頂いております」
「相沢智雅です!」
ほっそりとした手をついて丁寧にお辞儀をした彼女に慌て、俺も同じように板間に正座でお辞儀する。
これにクナルは驚いたが、千姫も驚いたようだった。
「あらあら、いけませんわ聖人様。貴方のような尊い方がそのような」
「この力は女神様から借り受けているだけなので。俺自身はそんな、偉い人間じゃありませんので」
一国の国王代理がここまで丁寧に頭を下げてきているのに、俺が頭上げてられるわけもない。
その様子を見てか、トントンと足音が近付いてくる。軽やかな、本当に体重の軽い人の足音。そして次に、俺の頭に手が置かれた。
「それでも、女神が選んだ尊い御心の持ち主ですわ。そして、私たちは助けて欲しい女神の民。貴方も十分、尊い者なのですよ」
思わず顔を上げたらとても近くにいて驚いた。
長い睫まで雪のように白い。柔らかそうな唇は化粧などしていなくても愛らしいピンク色。頬は少女らしくふっくらとしている。
俺の顔をジッと見た彼女は、次には小さく笑った。
「それに、弥彦様と同郷の方と聞いております。もっと言えば、我が国の食品を広めて下さっている宣教師様。聖人様でなくとも、国主の娘として歓待せねばなりませんよ」
「えぇぇ!」
思わぬ事に驚くと、千姫は側に控える雉丸へと視線を向ける。それに雉丸は頷き、側を離れてしまった。そういえばいつの間にか猿之介もいない。
ここに残されたのは千姫と俺、そしてクナルの三人になった。
「道中お疲れですわね。今、お茶の準備を致しますわ」
「あの」
「姫、俺は彼の護衛でクナルと申します。発言をお許し頂きたい」
俺の後ろに控えていたクナルが進み出る。それにも千姫はニッコリと微笑んで頷いた。
「クナル殿も、そのような硬い言葉を選ばずとも良いのです。猿之介から伺っておりますよ。とても男気のある御仁で、智雅殿の恋人でいらっしゃると」
「うぇ!」
そんな報告までされているなんて……。もぉ、恥ずかしい!
けれどクナルは気にした様子もなく、寧ろ堂々と頷いている。
その間にお茶の乗った足つきのお膳が出てきて、お茶とお茶菓子でもてなされた。
「餡子だ……」
出されたのは緑茶と羊羹。そう、小豆なのだ!
「どうぞ召し上がって」
「頂きます!」
手を合わせて言ってから竹の楊枝で一口分に切り、口に運ぶ。餡子独特の風味と甘みが広がって、もの凄く懐かしい気分になった。
緑茶も飲む。爽やかな新緑を思わせる香りとサラリとした舌触りでサッパリした。
「懐かしいですわよね」
「はい、とても」
「弥彦様の自伝にもそう書いてありました。食糧難だったこの土地に現れた聖人様は、浄化の力こそ弱いけれど農作物を改良、育成する農耕神の加護というスキルをお持ちでした。それを使い、この国と民を救って下さったのです」
それはきっと、その人自身がそういうベースを持っていたんだろうな。
「召喚された聖女の力って、そういうものもあるんだ」
「あぁ。召還時に何に困っているか、何を救って欲しいかを願うからな。それに適した人物が現れる事が多い」
「そうなんだね」
でも、お陰で俺は今米を食べ、醤油や味噌を使い、小豆を食べている。俺も感謝だ。
「それで、姫。ここで起こっている異変について聞きたい。おおよそは聞いているが、本当に共通した原因は思い当たらないのだろうか?」
低いクナルの声に千姫は深刻そうに頷く。白い着物の袖をギュッと握ってしまった。
「幾つか、共通する事はあるのですが……」
「それは?」
「この屋敷の直ぐ後ろは霊山です。古来、火の神である天狐様がお住まいになっているのです」
「天狐!」
これに俺は声を上げ、千姫は驚いた顔をする。が、俺とクナルにとっては探していた相手なのだ。
でも、そうなると……。
「もしかして、その天狐様にまつわる何かが共通点なのですか?」
「えぇ。ここから少し山に入った所に天狐様を奉るお社があり、そこに湧き水があるのです。神聖なもので、天狐様の住処より分けられていると言われています」
「その水か?」
クナルの問いに、姫はコクリと頷いた。




